旅神のご加護がありますように!
「それで──マリオンはどうなったの!?」
「さあ、どうなったんだろうねえ」
続きをせがむ私に、母ははぐらかすように笑って──話はおしまい、と本を閉じる。
「ほら、休憩は終わり。そろそろ出発するんだから、さっさと準備しな」
言って、母は荷馬車から降りて、思いおもいに身体を休めていた一座の面々にも、出立の合図をする。皆が慌ただしく準備を始めて──私だけが物語に取り残されている。
私は「マリオン冒険記」が大好きだった。
旅芸人の母を持ち、一座とともに旅をする私にとって、それは聖典と呼ぶに等しいほどで──母からは大げさだと笑われたものである──マリオン教なるものがあったならば、信者となっていたかもしれないと思うほどに、私は彼女を敬愛していた。
「ねえ、マリオンは、どちらを選んだの?」
これ見よがしに出立の準備を始める母に、私はしつこく尋ねる。
一人で異なる世界に旅立ったのか、それとも愛する人々とともにこの世界に残ったのか。私には──冒険への憧れはあるが、母と別れることなど想像さえできない私には、どちらかを選ぶなんてできやしない。
「教えてくれたら、出発の準備するから!」
だからこそ、マリオンの選択が気になって仕方がなかったのである。教えてもらうまで動いてなるものか、と私は荷馬車にしがみついて、母に向かって再び問いかける。
「──どっちもだよ」
やれやれ、と溜息をつきながら、母は答える。
「マリオン様は、何で二者択一なんだって、たいそうご立腹だったようでねえ。一人で異なる世界に旅立つことを選ばず、かといって愛する人々とともにこの世界に残ることも選ばず──愛する人々とともに異なる世界に旅立ったんだとさ」
母の答えに、私は呆けたように口を開ける。
「じゃあ──黒鉄も、ロレッタも、異なる世界についていっちゃったの?」
「さあ、誰がついていって、誰がついていかなかったかは、記されてないからねえ」
母は先に閉じた本を見やって、そうつぶやく。
難しい選択を迫られて、しかしその選択肢を無視して、みんなで行こうよ、と笑うマリオンを想像して──それは何とも痛快で、彼女らしい選択ではないか、と私まで楽しくなってしまう。
「とってもマリオンらしいね!」
「あんたね──マリオン、マリオンって呼び捨てにして、そのうち罰が当たるよ」
「いいのよ。だって、マリオンがそう望んでるんだもの」
苦言を呈する母に、私はあっけらかんと答える。
マリオンは──旅神マリオンは、敬称を好まない。
私は母に急かされながら準備を整えて、一座はマリオンの故郷たる古都リムステッラを目指して出立する。
私は旅の無事と──そして、不謹慎ながら、ほんの少しの冒険とを願って、いつものように彼女に祈りを捧げる。
「旅神のご加護がありますように!」
「旅神のご加護がありますように!」完
toconoma「Hello goodbye」を聴きながら。
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長い間おつきあいいただき、本当にありがとうございました!
本編はこれで完結です!
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ここからは一風変わった物語として、その後を描きます!
いつもの冒険を続けて読みたい方は、外伝をどうぞ!
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