表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第39話 旅具

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

278/311

6

「私は──正確には、()()()()()()の旅具です」

 フィーリは神妙に告げる。


「異界──何?」

 しかし──私には、そもそものところからして理解できず、首を傾げる。


「マリオン──あなたは、どんなときも変わりませんね」

 フィーリはあきれるように返すのであるが──その声音にどこか喜びを感じるのは、おそらく気のせいであるまい。


「私は、旅具は旅具でも、この世界から異なる世界へと旅立つための旅具なのです」

 フィーリは、私にもわかるように、と言い直す。


「そして、マリオン──あなたの持つその弓こそ、世界の果てにおいて、世界の壁を穿つことのできる唯一の至宝──原初の神の神具」

 言われて、私は手もとの旅神の弓に目を落とす。


「フィーリの旅の目的って──」

「私は、神ならぬ身のものとともに、世界の壁を越えて──そして、それぞれの異神の故郷たる異界より、彼らを召喚し直すことを目的として、つくられたのです」


 そうして、私はようやく悟る。原初の神の神具たる弓、そして原初の神の現身たる旅具──これらは、その目的のための一対の道具なのである、と。

 旅神の弓の封印を解くための力ある言葉──今さらながらにその意味するところを思うに、古の盟約とは、異神を異界に帰すことを指しており、天外を穿つとは、世界の壁を穿ち、天の外──異界に通ずる穴をあけることを指しているのであろう、と思う。

 そして──その異界を旅するための旅具こそ、フィーリなのである。古の盟約を果たすために、原初の神の現身としてつくられた旅具──なるほど、どうりで何でもできるはずである、と納得する。


「この目的は──本当は、もっと多くの旅を重ねてから、打ち明けようと思っておりました」

 フィーリは残念そうに続ける。


「もっと!」

 私はあきれるあまり、思わず声をあげる。言うに事欠いて、もっと旅をしてからとは、いったいどれほどの旅を重ねれば満足するというのか。私がお婆ちゃんになってから打ち明けるのでは、遅きに失するであろうに。


「もっと旅を重ねたら、もっと旅の楽しさを知ってもらえると思って──」

 フィーリは恥ずかしそうにもじもじと返して──まったく、悠久の時を生きるものは困ったものであるなあ、と旅具を優しくなでる。


「どうか、マリオン──私とともに、異なる世界に旅立ってはくれませんか?」

 まるで、愛の告白でもするように、フィーリはおずおずと申し出る。


「答える前に、一つ聞かせて──どうしてこんなにまわりくどいことをするの?」

 私は単純な疑問を抱く。

「異界への旅は、神様の願いなんでしょ──だったら、そう命じればよかったのに。神様の命なら、一緒に旅立ってくれる人なんて、いくらでもいるでしょ」


 そう──喜んでついていくとまではいかなくとも、神命とあらば致し方なしというものはいたはずである。それこそ──聖神のためとあらば、聖女アラエムあたりは、命を捨てることさえ厭わないであろうに。


「原初の神は、神の願いだから、と異界から呼び寄せたものを異神として祀りあげて──今こういう状況になっているのですよ」

 同じことを繰り返すわけにはまいりません、とフィーリは殊勝に続ける。


 フィーリが原初の神の現身であるというのなら──原初の神というのは、どうしようもないほどに真面目で、不器用な神なのであろうなあ、と苦笑する。


「それに──我々の都合で、異界に迷惑をかけるわけにはまいりません。同行者は、心の清らかなものでなければならないと定められております」


 なるほど──となると、聖女のような類は、その定めに反することになろう。何せ、聖神のためとあらば、自身の命さえ顧みないのであるからして、異界の都合など一顧だにしないであろうことは、火を見るよりも明らかである。


 そこまで考えたところで──はて、と思い至る。

「私って、心が清らかなの?」

 私に同行を求めるからには、私は条件を満たしているということになろう。


「マリオン──あなたは優しい。楽しければ笑い、理不尽には怒る。弱きものが虐げられるのをよしとせず、そのためなら強きものにも立ち向かう」

 フィーリはすらすらと続ける。それは、私の普段の行いを述べているのかもしれないが、あらためて言葉にされるとこそばゆいこと、この上ない。


「あなたは人間です──私が、こうあってほしいと願って生み出した、人間そのものなのです」

 フィーリは、原初の神の現身らしく、慈しむように告げる。

「よく──わからない」

「端的に言えば──私は、あなたとの旅を経て、もっとあなたと一緒に旅がしたいと思ったのですよ」


 それならばわかる。異界への旅だとか何だとか、そんなことは放っておいて──フィーリが私と旅を続けたいと思ってくれていることは、たまらなくうれしい。


「この世界に戻ってくることができるかどうかは──正直なところわかりません」

 フィーリは神妙に告げる。

「あなたがこの世界を愛していて、ここに残りたいと願うのなら、無理に旅立とうとは言いません」

 フィーリの、その寂しそうな口調に、私は悟る。かつてのフィーリの主──私の祖先たる旅神エルディナは、愛するものとこの世界に残ることを選んだのであろう。


 フィーリは、決して強いることなく、ともに旅立ってくれる人を、ずっと待ち続けたのであろう──それは、とても数百年では足りぬ、千年、いやもっと──どれほどの長きにわたる孤独やら、私には想像もつかない。


 そして──フィーリがいまだこの世界に残っているという事実は、ともに旅立つことを願い出ては、断られ続けているということをも示している。


 フィーリは──彼は、いったいどんな気持ちで、どれほどの勇気を振りしぼって、私を旅に誘ったのであろう。私は、旅立ちの折、彼にかけられた言葉を思い出す。


「考える時間が必要なら──」

「いいや、そんなものいらないよ」

 私は苦笑しながら、フィーリの言葉を遮る。


 なぜならば──私の答えは、とっくに決まっているのだから。

「旅具」完/終話「旅神のご加護がありますように!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

以下の外部ランキングに参加しています。
リンクをクリックしてもらえるとやる気が出ます。


小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
答え合わせがぎっしり詰まってますね! そして召喚される側の物語が多いなか、召喚する側に回ろうとは思いもせず、脱帽です。 ああ、次回で終わりか…寂しいな… なお、前回の感想の一言は、普段、救いの手を伸…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ