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「──降参します」
と──おもむろに聖女は両手をあげる。
黒鉄は、巨人の斧の暴風のごとき一撃を、聖女の首もとで、ぴたりと止めてみせる。
「今さら死ぬのが怖くなったというのか?」
「まさか──死ぬことなど、怖くありません」
黒鉄の問いを、聖女は鼻で笑う。降参すると言いながらも、眼前に迫った斧をおそれるそぶりは微塵もない。
「──黒鉄」
私の声に、黒鉄が斧を引く。
「あなた方になら──賭けてもよいと思ったから、降参するのです」
そう告げる、聖女の胸──旅神の矢であいた大穴は、すでにふさがりかけている。高位の吸血鬼を思わせるほどの、まったくふざけた再生力である。降参するなどと言い出さなければ、私たち四人を同時に相手どっても、勝負はつかなかったのではないか、と勘ぐってしまう。
「私たちに──賭ける?」
「──ええ」
弓を構えたまま問う私に、聖女は頷きながら返す。
「私は、聖神様の願いをかなえてさしあげたいと思っております。しかし──それがかなわぬのなら、せめて傷ついてほしくないとも思っております」
聖女は、両手をおろして、胸の前で祈るように組む。
「私の力では、聖神様の願いをかなえることはできません。そして、あなた方の力でも、それはかなわない──先まではそう思っておりました」
聖女の、その要領を得ぬ言を整理すると──つまるところ、私たちが聖神の願いをかなえられなければ、聖神は傷ついてしまう。ゆえに、聖神の命に背くことになろうとも、私たちをこの場で葬り去りたかった、ということになろうか。言葉にしてみると、何とも身勝手な理由で殺されかけたわけである。
「今は──考えが変わった? 私たちなら、かなえられる、と?」
私は、挑むように問う。
「さあ──どうでしょう。正直なところを言えば、かなわないだろうという気持ちは、まだあります」
聖女は、降参したという割には、挑発するように返す。
「でも──あなた方なら、きっと何とかしてしまうのでしょう?」
そして、聖女は少し──ほんの少しだけ、うらやましそうに私を見あげる。
聖女は、その目で私に許可を乞うて──私は頷きながら、弓をおろす。聖女は、その場に立ちあがり、長衣の汚れを払う。その顔に、先までの迷いはない。
「マリオン様のお知りになりたいことも、きっとすべてこの先にございます」
言って、聖女は聖殿を見やる。
「フィーリ様も──どうぞよしなに」
聖女は、念を押すように、フィーリにも声をかける。
はて──彼女にフィーリについて話したことがあったであろうか、と私はわずかに違和感を覚えるのであるが──彼女は、自らの役目を終えたというように、その身を脇に避けて、聖殿への道をあける。
「聖神様を──あの子をお願いします」
聖女は告げて──まるで慈愛にあふれる母のように、やわらかく微笑む。
「魔都」完/次話「旅具」




