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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第38話 魔都

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269/311

3

 石畳の下には、地の底まで続くかのような、深い穴が口を開けている。


 老爺に案内されるまま、縄梯子を下りると、穴は次第に大きくなり──やがて、通路のようなところに降り立つ。

「──水路?」

 わずかなせせらぎが耳に届いて、思わずつぶやく。


 フィーリの魔法の灯りで、周囲が明るく照らし出されて──どうやら地下水路に降り立ったようであると知る。前にも後ろにも、水路はどこまでも伸びていて──私の目をもってしても、先を見通すことはできない。


「──こちらへ」

 言って、老爺が前を行く。その手には、フィーリのものほどではないにしろ、魔法のものと思しき灯りが浮かんでおり──どうやらこの老爺もただものではないらしい、と思う。魔人から私をかくまったからには、敵ではないのであろうが──その目的が知れるまでは、油断もできぬ。何が起こってもすぐに反応できるだけの間合いをとって、老爺の後に続く。


 水路は、それほど水量がないとはいえ湿っており、歩きにくいであろうに──老爺の足取りに不安なところはない。普段から歩き慣れているであろうことが、うかがい知れる。


「驚きました。この水路は──古代の聖都のものですよ」

 老爺の後ろに続いて、水路を眺めていると、フィーリが感嘆の声をあげる。

「すっかり埋まってしまったものと思っていましたが、まだ現存していたとは」


 フィーリの言に、私はあらためて水路を見やる。先に話題にあがった、古代の聖都──そう言われてつぶさに見たものの、水路はあちらこちらで崩れかけて、瓦礫に埋もれており、期待していたような感慨はない。


「水路としては、もうほとんど機能してないみたいだね」

 私はフィーリにそう返す。


 それほど水量がない──どころではない。先の水路はまだ水が多かったほどで、進むにつれて水は枯れているのである。


「おっしゃるとおり、聖都の東側の水路は、もはや機能しておりません──が、先に進めば水源も近くなり、かつての姿を見ることもできましょう」

 前を行く老爺が──フィーリに返した私の言を、独り言だとでも思ったのかもしれない──振り返りながら答える。話してみると、その物腰はやわらかく、温和な印象を受ける。


「さあ──こちらにどうぞ」

 言って、老爺は水路を折れる。


 老爺の魔法の灯りが、ふわり、と飛んで──私たちの進む先で止まる。灯りに照らし出されたのは、どうやら小部屋である。奥の壁に梯子がかかっているところを見るに、もとは地上への出口であったのやもしれぬが──今や瓦礫に埋もれており、見る影もない。


()()、お連れいたしました」

 老爺は、小部屋の奥に呼びかける。


 見れば、そこにはさらに年老いた老爺が座している。

「──ご苦労であった」

 猊下と呼ばれた老爺は、労いの声をかける。その声ゆえに、老爺の生きていることが知れるのであるが、そうでなければすでに死していると確信するほどに、その身は枯れ枝のごとく瘦せ細っている。


「巡察使殿──私は、もはや動くこともかないませぬ。申し訳ないのですが、こちらにおいでいただけませぬか」

 痩身の老爺は、そう告げる。


 見た目には、生きていることさえ不思議な状態である。当然、動くことなどできようはずもなかろうから──と、私は老爺に近づく。罠かもしれぬ、という思いもあったのであるが、老爺からは悪意のようなものがまったく感じられず──私は歩みを進める。


 私は老爺のそばまで寄って──フィーリに命じて灯りを消す。眼前に灯りがあってはまぶしかろうという配慮からの行動であったが、老爺は目をそらそうともせず──もしかすると、(めし)いているのやもしれぬ、と思う。


「ようこそおいでくださいました──ここまでくれば、ひとまずは安心でしょう」

 盲いた老爺は、私を安心させるように、そう告げる。それは、ここまでくれば、魔人も追ってくることはできぬということを意味しているのであろうが──私はともかくも、仲間たちが無事に逃げ切ることができたかどうか──私にはそちらの安否の方が気にかかる。


「ご安心ください。お連れの方々も、我々の仲間が保護しているはずです」

 と──老爺は、まるで私の心を読んだかのように、そう続ける。


 この感覚──まさか本当に心を読んだわけではあるまいが、どこかこちらを見透かすようなその瞳には、覚えがある。この老爺──祖父に似ているのである、と気づいて、私は警戒を解く。わるい人ではない。そう確信して、その場に腰をおろす。


「聖神に仇なすもの──リムステッラの巡察使たるマリオン殿の噂は耳にしておりました」

 老爺は、盲いた瞳を私に向けて、語りかける。

「仇なすものって、大げさな」

 私は、買いかぶりである、と謙遜するのであるが──老爺は首を振る。

「大げさではございません。あの魔人どもに、どれほどの仲間が無残にも嬲り殺されたことか──マリオン殿は、我々の希望なのです」


「あなたたちは、いったい──」

 エルラフィデスにありながら、魔人と敵対するものたち──その正体は杳として知れず、私は老爺に問い質す。


「私たちは、真なる神──原初の神を奉ずるもの。聖神を奉ずるものからは、嘲りからでしょう、()()()と呼ばれております」

 老爺は自嘲するように告げて──それで、ようやく合点がいく。


 いつぞや辺境伯領でフィーリの語ったところによると、エルラフィデスでは、かつて原初の神を信仰の対象としていたはずである。しかし、この数百年──いつからか教義が歪められて、聖神を信仰するに至ったというのが、フィーリの見立てであった。なるほど、その見立てのとおり、何の疑問を抱くこともなく聖神を信ずるようになったものもいたのであろうが──原初の神への信仰を捨てなかったものもいたのであろう。それが、彼ら──旧教徒というわけである。


「申し遅れました。私は先の大司教──ルストラと申します。先の、と申しますのは、聖神を奉ずるようになる以前の、という意味にございます」

 老爺──ルストラは、はにかみながら告げる。なるほど、それで猊下、と私はようやく納得するのであるが──となると、目の前の老爺は、いったい何百歳になるのであろうか、と愕然とする。


「お気になさらず──今や、ただの爺にございますれば」

 ルストラは、照れくさそうに、そう続ける。皺だらけの顔ではにかむ老爺には不思議と愛嬌があり、とてもそんな高位の聖職に就くものとは思えない。確かに──愛らしいお爺ちゃんである。


「それで──何で私を助けたの?」

 私はルストラに問う。私を追う魔人に、この隠れ家をみつけられたならば、自らの身をも危険にさらすことになるのであるからして、用もなく助けたということはあるまい。


「お願いが──あるのです」

 ルストラは、いくらか逡巡しながらも、その重い口を開く。


「神が、まさに目の前に顕現したならば、人はそれを信じましょう」

 しかし──語るのは、その願いについてではない。その意図するところはわからぬが──おそらく、聖神のことを話している。


「それは──よいのです。悲しいことではありますが、信仰を捨てるものはおります」

 聖神が顕現したことで、原初の神への信仰は薄れた──それは仕方のないことである、とルストラは続ける。


 確かに──顕現せぬ神よりも、顕現した神を信ずるというのは、心情として理解できなくもない。私とて、以前は神への信心など漠然としたものにすぎなかったというのに、海神や冥神を目の当たりにした今では、その存在を疑うこともない。


「しかし──聖神を信仰するからといって、原初の神を蔑むことは、道理から外れておりましょう」

 ルストラは、その棄教とも思える行為に憤りを覚えているのであろう、ほんのわずかに声を荒げる。


「聖神自体は、善でも悪でもございません。彼の神は、顕現すれども、下界のことにそれほど興味はない様子。この国を──かつての信仰を蝕んでいるのは、聖神の使徒たる魔人どもです。彼奴らは、聖神のためという大義を掲げて、暴虐のかぎりを尽くしておるのです」

 かつての大司教は、その聖職者という立場からであろう、言いながらも、必死に憤りを抑えようとしているのであるが──それでも拳は震えている。大勢の仲間が魔人の手にかかったというから、無理からぬことであろう、と思う。


「いや──おったのです、と言うべきやもしれません」

 ところが、ルストラは拳の震えをぴたりと止めて──よもやそれが演技とは思ってもおらず、私はお茶目なお爺ちゃんにいくらかあきれる。

「彼の魔人どもの多くは、マリオン殿とそのお仲間に討ち果たされて、もうほとんど残ってはおらぬのです」

 ルストラは、思いもよらぬことを告げる。


 はて──そう言われるほどに魔人を屠った覚えはないのであるが、と記憶を遡る。雄牛の魔人──辺境伯アウルス・アルジナスとの戦いを皮切りに、雌蠍、双頭、雄山羊の魔人を討ち果たしたのは確かである。しかし、甲殻の魔人を屠ったのは高祖の騎士であるし、聖女は健在であるし──言われるほどでもないな、と苦笑したところで──獅子の魔人を、グラムを殺したのは私であった、と胸の痛みとともに思い出す。


「不躾な願いであると理解しております。聖職者にあるまじき願いであるとも」

 ルストラは、ようやく本題を切り出す。


「どうか──どうか残る魔人を討ち果たし、エルラフィデスに光を取り戻していただきたいのです」

 そう告げて、ルストラは恥じ入るように目を伏せるのであるが──その願いは、彼らの境遇からすれば、何ら恥じることのないものであろう、と思う。


 私は思案する。聖神のもとにたどりつくまで、いちいち魔人の相手などしてはいられない──ルストラの願いを聞くまでは、そう考えていたのであるが。


「私は──聖神に聞きたいことがある」

 とはいえ、降りかかる火の粉は払わねばなるまい。

「聖神のもとを目指せば──道中、()()()()()()()こともあるでしょ」

「──ありがとうございます」

 私の答えを肯定と受け取って、ルストラは神にそうするように祈りを捧げる。


「聖神は、聖都の中心──聖殿に座しております」

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― 新着の感想 ―
ふむふむふむ、原初の神と異界の神も大きなテーマのひとつでしたね。 このように関わってきましたか。 「聖」とは何か、正義とは何かと考えさせられますね。
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