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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第37話 夜行

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9

「──ただいま戻りました」


 言って、大広間に姿を現したのは、高祖の騎士の一人──背信の騎士である。奴は、私の姿を認めるや、剣の柄に手をあてて──主に問うような視線を送る。


『そちらは客人よ。手は出すな──()()()()、な』

 高祖の意味深な言葉に、背信の騎士は頷いて──剣から手を放す。同時に、その刺すような殺気もおさまって──私は、ほう、と息をつく。まったく、剣呑な男である。


 背信の騎士は、高祖の背後に移動して、従者のようにその場に控える。その立ち姿は、一見すると気が抜けているようにも思えるのであるが──もしも、私がわずかでも高祖に近づこうものなら、奴はすぐにでも飛びかかってくるであろう。ま、こちらもすぐに一戦を交えるつもりはないのであるからして、今のところはこのままでよかろう、と思う。


 次いで──大広間に現れたのは、剣聖エヴァリエルである。

「嬢ちゃんが一番乗りかい?」

 エヴァリエルは、寄り道しすぎたねえ、と続けながら、高祖らの存在を無視したまま、私の近くに腰をおろす。のんびり主塔からの景色を楽しんでおいて、もう大広間にたどりついているのであるからして、その口ぶりとは裏腹に、ずいぶんと早い到着であろう、と思う。


「おう、豪勢だねえ──遠慮なくいただくよ」

 言って、エヴァリエルはテーブルに並んだ料理に手を伸ばす。彼女は、一目でそれらに毒が盛られていないと見抜いたのであろう、一切のためらいなく、端から料理を口に放り込んでいく。黒鉄を彷彿とさせるほどの食べっぷりである。


 最後に──扉が開いて、聖女一行が現れる。一行といっても、もはや()()を残すのみなのであるが──聖女は、その事実をさして心細いとも思っておらぬようで、足取りも軽やかに先陣を切る。そして、大広間に足を踏み入れて、私の顔を認めるなり、満面の笑顔を見せる。


「まあ、マリオン様、ご無事で何より──これも聖神様の思し召しですね」

 言って、聖女は私の向かいに歩み寄る。高祖らの存在に気づいているはずであるというのに、そちらに目をやることすらない。


「──そうかもね」

 聖女の圧を間近に感じて、私は短く返す。いくら清廉なる乙女の見目をしていようとも、先の戦いぶりを見るかぎり、彼女は想像を絶する化物である。今は親しげでも、いつこちらに牙をむくやらわかったものではないのであるからして、油断するわけにはいかない。


 やがて──いくらか遅れて、聖騎士と大司教も聖女のもとにたどりついて──これで、招かれざる客の、その生き残りのすべてが、この大広間に集ったことになる。


『この大広間にこれほどの客人を招いたのは、いつぶりだろうね』

 高祖は酒杯をテーブルに置いて、その場に立ちあがり。

『ようこそ──私の城へ』

 言って、吸血鬼の作法であろうか、古風な辞儀をする。


「お招きいただき、ありがとうございます」

 その高祖の歓迎に、最初に応えたのは──聖女である。彼女は、長衣の裾をちょんとつまんで、優雅な辞儀をして──城の主の許可も得ていないというのに、私の向かい、テーブルの真ん中あたりの席に腰をおろす。大司教は、聖女に続くべきか否か、逡巡の末──結局、彼女の席の後ろに控える。あれでは、どちらが大司教やらわからない。


『はは、本当のところを言えば、招いたつもりもないのだがね』

 と、高祖は聖女の辞儀に苦笑でもって返すのであるが──それについては、もっともである、と思わなくもない。


『──ともあれ、まずは料理でも楽しんでくれたまえ。せっかく用意したのだからね』

 言って、高祖は再び腰をおろす。


 高祖の言葉に従うように、聖女につき従っていた聖騎士──獅子の魔人も、テーブルの中ほどに腰をおろす。私は席を立って、その魔人の隣の席に移る。

「──グラム」

 私は彼の名を呼んで、その鎧を(つつ)く。

「──ばれちまったか」

 獅子の魔人──グラムは、悪びれることなく、舌を出してみせる。


「魔人に──なっちゃったの?」

 グラムの荒々しい総髪は、今や獅子のたてがみのごとく顔を覆っている。聖鋼の鎧の隙間からのぞく肌も、獣のような体毛に覆われており──明らかに過日のグラムではない。

「俺は──()を殺すためなら、何だってするさ」

 グラムは、高祖の後ろに控える背信の騎士に、むき出しの敵意をぶつける。奴は、その殺意に気づいているであろうに、興味なさげにあくびを噛み殺すばかり。


「久しいなあ──()()()()よ」

 そう呼びかけられて──初めて、背信の騎士はグラムを見やる。

「貴様──」

 リディル──それが背信の騎士の真名なのであろう、誰も知らぬはずの自らの名を言い当てられて、奴はグラムに怒気を放って。

「──グラム?」

 そして、ようやくその正体に気づいたようで、驚愕に目を見開く。


 二人のやりとりを耳にして──遅ればせながら、私にも事情が察せられる。先に高祖の語った、背信の騎士の滅ぼした村──それこそが、グラムの故郷たる、スヴェルの村なのであろう、と思う。


「こんなところまで──追いかけてきたのか!」

 言って、リディルは変わり果てたグラムの姿をつぶさに見る。

「そんな有様になってまで、僕を殺そうだなんて──」

 リディルは、グラムから視線をそらすようにうつむいて。

「──()()()()()()()()()

 おもむろに顔をあげて、下卑た笑みを浮かべる。


「──滑稽だ?」

 それが、グラムの逆鱗に触れた。

「貴様が──かつてトリスティアを愛した貴様が、彼女のための復讐を滑稽だと笑うのか?」

 グラムは獅子のごとく吠える。

「滑稽以外の何ものでもない! トリスティアに選ばれもしなかった男が、彼女のための復讐なんて言葉を使うんだからね!」

 言って、リディルは品なく舌を出して、グラムを嘲る。


「──貴様!」

 グラムは、椅子を蹴倒して立ちあがり、大剣の柄に手をかける。リディルも同じく、応えるように剣の柄を握る。


 もはや一触即発──というところで、聖女は溜息をつきながら、後ろに控える大司教にささやく。

「猊下──()()の認定を」

 聖女にうながされて──彼女の背中に隠れるように身を縮こまらせていた大司教は、おそるおそる背筋を伸ばして、高祖とリディルを視界にとらえる。

「このものらを──異端者と認定する!」

 そして、精一杯の威厳を示すように、声を張りあげて──再び聖女の背中に隠れる。


「あ、アラエムよ、私のことは守ってくれるのであろうな?」

 大司教は、聖女の耳もとで、懇願するように問いかける。

「もちろん──」

 言って、聖女は振り返り、大司教に向けて手をかざす。その手から、あたたかな光が放たれて、大司教をやわらかく包み込む。


「──ここまでくれば、もう十分です。お役目、ご苦労様でした」

 聖女は慈愛に満ちた微笑を浮かべて、大司教の頬を優しくなでる。大司教は、その聖女の微笑に、まるで神の御姿を目にしたかのような、恍惚とした表情で応えて──そのまま、ゆっくりと目を閉じる。


「聖都に帰ったら、()()()()()を探しませんと」

 聖女がつぶやく──と同時に、大司教はその場に倒れる。


「おやおや、あのお嬢ちゃんも、大概だねえ」

 エヴァリエルは食事の手を止めて、ふん、と鼻を鳴らす。そう言われて初めて──私は、聖女が大司教を()()()のだと悟る。


 確かに──大司教の身を守りながら戦うとなれば、思うように動けぬのは事実であろうが、まさか大司教すら駒のように使い捨てようとは思ってもおらず──私は、聖女のその冷徹さに、畏怖の念さえ抱いてしまう。


 私はエヴァリエルの席に近づいて、声をひそめて尋ねる。

「エヴァリエル──高祖に線は見えてるの?」

「おや──さっきの、聞いてたのかい?」

 のぞき見とは感心しないねえ、と続けながら、エヴァリエルは突き匙を皿に置いて。

「まったく見えない──ということはない」

 と、酒杯を傾ける高祖に目をやって、そうつぶやく。


 神ごときものが相手となると、さすがにそんな線が見えることもないのであろう、と思っていただけに──私は驚いて、ほう、と声をあげる。


「見えるけど、そこに目をやると、その線はするりと消えてしまう」

 エヴァリエルは、指を突き出して、その線をなぞるように振るう。おそらく──その指は、彼女の想像の中で、曲刀に置き換えられているのであろう。


「何て──何て斬り甲斐のある相手だろうね!」

 言って、エヴァリエルは、高祖を斬り刻むように、何度も指を振るう。やはり物騒な婆さんである。


 そうしているうちに、エヴァリエルは、どうやら我慢の限界に達したようで、おもむろに立ちあがる。

「聖女さんや──ひとまず、その()()は任せてもいいかい? そっちの()()()()は、奴に因縁もあるんだろう?」

 そして、聖女を名指しして──背信の騎士リディルを顎で指す。高祖の騎士たるリディルでさえも、剣聖エヴァリエルにかかれば坊や扱いである。


「勝手なことを──」

 聖女は不満の声をあげながらも、ちらとグラムを見やる。グラムは、すでにその大剣を抜き放っており、今にもリディルに飛びかからんとしていて。

「もう──仕方ないですね。グラムさんがそんな輩に固執するからですよ」

「わりいな。こればかりは譲れないもんでよ」

 聖女の制止も空しく、もはや戦いは避けられそうもない。


『せっかくの料理だというのに、誰も楽しんでくれぬとは──』

 高祖は、今にも始まらんとする戦いよりも、料理の減り具合の方が気になるようで、残念そうにそうこぼす。

「あたしは楽しんでたけどねえ」

 と、エヴァリエルが返すのであるが──高祖は、どうやら聞こえない振りをしている。


 高祖は、おもむろに立ちあがり、私に語りかける。

『マリオン殿──私と敵対するということでよろしいかな?』

「もとよりそのつもりだよ」

 返して、私もその場に立ちあがる。


『それは重畳──であれば、真祖に恨まれる筋合いもなし』

 言って、高祖は妖艶に微笑む。

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― 新着の感想 ―
高祖は飄々として面白いキャラですね… 自分が滅びるなどと微塵も思ってないからなのでしょうが。 みんな血気盛んだなぁ… いや、そうじゃないと困るというか…なんというか…
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