表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第37話 夜行

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

262/311

8

『まさか、有象無象の中に、剣聖エヴァリエルがまぎれ込んでいようとは──』


 憎々しげにつぶやいて、高祖は親指の爪を噛む。その姿に先までの余裕はなく──剣聖エヴァリエルとは、吸血鬼の高祖をして、ここまで焦らせるほどの存在なのである、と認識を新たにする。


『あんなものは例外中の例外──いつまでも気に病んではおられん』

 次こそは、と高祖は絵画を見あげて──つられるように、私もそちらを見やる。


「──聖堂?」

 そこに映るのは、これまでに目にした、おどろおどろしくも艶美な意匠──ではない。華美を省いた実直な意匠は、どこか荘厳な印象すら与える。堂の奥には、神を模したと思しき像が鎮座しており、何か宗教的な意味合いを持つ場所であろうことを示している。


『意外かな?』

 高祖は、驚く私を楽しそうにみつめて。

『我々にも、祈るべき神くらい、いるんだよ』

 言って、絵画越しに、その神像に祈りを捧げる。意外なことに、そこに先までの不遜な吸血鬼の姿はない。あるのは──敬虔なる信徒の姿のみである。


『しかし──聖堂を訪れたものらは、外れであったなあ』

 祈りを終えて、高祖はおもむろに目を開いて──もとのとおり、邪悪に微笑む。

『我が血族は信心深いのでね。聖堂に集うものは多い』

 高祖の言のとおり──聖堂に並ぶ長椅子には、多くのものが座しており、皆一様に祈りを捧げている。あれらすべてが吸血鬼だとすると、その相手をするのは確かに難儀であろう、と思う。


 しかし──私のその想像に反して、居並ぶ吸血鬼をものともせず、颯爽と聖堂を行くものが一人。それは、もちろん──聖女アラエムその人である。


『あれが──噂に聞く聖女殿か』

 つぶやいて、高祖は食い入るように絵画をみつめる。

『聖女と、その後ろにつき従う聖騎士は──聖神の使徒、かな? ずいぶんと人間離れしているようだが──さて、我が血族とどちらが上か、見応えのある戦いになりそうだ』


 聖堂の奥──神像に向かって歩く聖女の前に、長椅子から一つの影が立ちあがる。影は、聖女の行く手に立ちはだかり──アラエムは、その影の力量を感じとったのであろう、警戒するように足を止める。


『──緋護の騎士』


 高祖が告げる──と、聖堂の窓から月明りが射し込み、その影を照らし出す。月光に浮かびあがるのは、()()()()を身にまとった、見目麗しき乙女である。


 聖女と──聖騎士は、目の前の乙女が並の吸血鬼ではないことを察したのであろう──聖騎士のうち、大柄な方はその背の大剣を抜き、小柄な方は腰から細剣を抜き放つ。


「まだ──ですよ」

 言って、聖女は二人を押しとどめて。

「猊下! 異端者ですよ、異端者!」

 と、聖堂の入口から一歩も動けないでいる大司教に向けて、無邪気に手招きをする。大司教は逡巡の色を見せながらも、ここで出ていかなければ自身の名折れとなるとでも思ったのであろう、配下の異端審問官に守られるようにして、聖女の隣まで歩み出る。


「猊下──異端の認定をお願いいたします」

 聖女は大司教の背を押して、その責務を果たすよううながす。

「──このものらを、異端者と認定する」

 大司教は震える声で、目の前の緋護の騎士と──聖堂に集うすべての吸血鬼に向けて、異端を宣告する。


「はい──ありがとうございます。それでは、お下がりくださいませ」

 言って、聖女は再び最前に歩み出て、後ろのものらをかばうように両手を広げる。その立ち姿は、明らかに先までの聖女ではない。絵画越しであるというのに、総身に力が満ちあふれているのがわかるのである。


『ふむ──あの聖女とやら、聖神に背く異端者を相手にするときのみ、その強大な力を行使できるというような制約があるのかな』

 高祖は、先の聖女の行動を分析して、そうつぶやく。


 なるほど──居並ぶ吸血鬼を前に、何を悠長なことをしているやら、と思っていたのであるが、そういうことであれば納得もできる。


「──ご加護を!」

 聖女はその場に跪いて、祈りを捧げる──と、彼女を中心として、周囲に光の膜が広がり、一行の身体をやわらかく包み込む。彼らの身体は、薄く発光しており──おそらく、いつぞやのフィーリやアフィエンの加護と同じようなものであろう、と思う。


「さて──」

 聖女はおもむろに立ちあがり。

「──まいりましょうか」

 と、宣戦を布告する。


 大柄な聖騎士と小柄な聖騎士──両名が、聖女を守るように、前線に躍り出る。彼らに立ちはだかるのは、緋護の騎士──ではない。吸血鬼の側もまた、緋護の騎士を守るように、他の吸血鬼が前に出て、二人の聖騎士を取り囲む。


 最初に動いたのは──大柄な聖騎士である。彼は、眼前の吸血鬼に大剣を振るって──それを腕で受けたはずの相手を、聖堂の端にまで吹き飛ばす。何たる膂力(りょりょく)。いつぞや黒鉄と戦った雄山羊の魔人とくらべても遜色のないほどの──いや、それ以上の剛力であろう、と思う。


 しかし──相手は吸血鬼である。いかな魔人の剛力であろうとも、それだけで滅することはできぬはず。聖女一行は、いかにして吸血鬼を屠るつもりなのであろうか、と絵画に目を凝らす──と、先に吹き飛ばされた吸血鬼の心臓を、どこから現れたやら、光の矢が貫いていることに気づく。


『──ほう』

 と、高祖が感嘆の声をあげて──その視線を追えば、そこには光で形づくられた弓矢を構える聖女の姿がある。

『聖神の力を弓矢に変えて撃ち出すとは──何とも器用なことをする』

 高祖が感心するように告げる──と同時に、心臓を射抜かれた吸血鬼は、灰と化して崩れ落ちる。


 聖神の力──それは、その名のとおり、聖なる力なのであろうか。そうだとすれば、邪悪なる吸血鬼どもにとって、聖神の使徒は天敵となりうる存在なのやもしれぬ、と思う。これまでの経緯を考えると複雑な心境なのであるが、今このときだけは、と私は聖神の使徒の応援をする。


 大柄な聖騎士が、群がる吸血鬼を薙ぎ払う──その隣を通り抜けて、小柄な聖騎士は、緋護の騎士に向かう。聖騎士の抜き放った細剣は、聖鋼の細剣であろう、矢のように鋭い銀光が、緋護の騎士の心臓を貫かんと迫る。


 緋護の騎士は、その(かんばせ)に妙なる微笑を浮かべて──小柄な聖騎士に向けて、おもむろにその手をかざす。それだけで──緋護の騎士の眼前に、緋色の障壁が展開されて、細剣の一撃はたやすく弾かれる。


 なるほど──あの緋色の障壁こそ、高祖の騎士の、その名の由来となっている「緋護」なのであろう、と思う。


 緋護の騎士は、その手をひらりと躍らせて──そのたびに、吸血鬼を守るように、次々と緋色の障壁が展開される。緋色の障壁は、大柄な聖騎士の大剣をもたやすく受け止めて──結果、聖騎士二人の猛攻が、すべて受け切られる形となる。その隙をついて、吸血鬼の群れが前線をすり抜けて、後方の冒険者と──さらにその後ろに隠れる異端審問官に襲いかかる。


 それは、一方的な殺戮であった。冒険者には、それなりの手練れもおり、まだ善戦している局面もあるのだが、異端審問官の方はというと、どうやら戦いの心得すらないらしく──ならば、なぜ同行したと問いたい──次々と無残になぶり殺されていく。


「猊下! 猊下! お助けを!」

 異端審問官は、吸血鬼から逃げまどいながら、大司教に助けを求める。その大司教はいずこに──と、見れば、いつのまにやら聖堂の入口まで逃げ戻っており、瓦礫に隠れるように、その身を縮こまらせている。まあ──前に出たとて、何もできぬのであろうから、正しい判断と言えなくもない。


「だから、()()()()()はいらないと申しましたのに」

 言いながら、聖女は後方に向けて、次々と光の矢を放つ──が、その狙いの精度は粗く、お世辞にもよい腕とは言い難い。

「聖女は狩人じゃないもんなあ」

 私は納得するようにつぶやく。


 時折、まぐれ当たりの矢で、吸血鬼が灰と化すものの、大半はあらぬ方向に飛んで、聖堂の壁をえぐるばかり。いかに聖神の力を宿した光の矢が強力であろうとも、技術が追いついていなければ、宝の持ち腐れである。


 聖女の力を存分に活かせず、かつ聖騎士の力を緋護の騎士の障壁に封じられている現状──後方の殺戮は続く。そう悟ったのであろう、大柄な聖騎士は踵を返して、冒険者と異端審問官を救うべく、彼らのもとに駆け出す。


「ああ、もう! また予定と違うことを!」

 言って、聖女は苛立ちもあらわに舌打ちをする。


 大柄な聖騎士の行動は、おそらく聖女の思惑とはかけ離れたものだったのであろうが──私としては、聖神の使徒にもひとかどの武人がいるものであるなあ、とその献身に好感を抱く。


「アンセルさん!」

 聖女は大柄な聖騎士を無視して、もう一方──小柄な聖騎士を呼ぶ。


 小柄な聖騎士──アンセルは、聖女の声に応えて、放たれた矢のように駆ける。そして、先と同じく細剣を突き出して──先と同じく、緋色の障壁に弾かれる。


「そう──その瞬間であれば、障壁はそこにありますものね」

 言って、聖女はにんまりと笑う。その手からは、すでに光の矢が放たれており──矢はあやまたず緋色の障壁に命中し、そして打ち砕く。その矢に追随して──アンセルの細剣が、今度こそ緋護の騎士の心臓を貫く。


「高祖の騎士──討ちとったり!」

 吠えて、アンセルは細剣をさらに押し込もうとして──そして、驚愕に目を見開く。それもそのはず、聖神の使徒たるアンセルが渾身の力を込めているというのに、細剣は逆に押し戻されているのである。


「私を、そこらの吸血鬼と同じと思ってもらっては、困ります」

 緋護の騎士は妖艶に微笑んで、眼前のアンセルを愛撫するように抱く。それは一見すると、やわらかな抱擁のようにも思えるのであるが──アンセルの鎧にひびが入るに至って、そんな生やさしいものではないことに気づかされる。緋護の騎士は、その細腕からは信じられぬことに、朱掌の騎士を思わせるほどの剛力で、アンセルを締めあげているのである。


「私に抱かれて死になさい」

 言って、緋護の騎士はさらに力を込める。聖鋼でできているはずの鎧兜は、まるでガラスのように打ち砕かれて、もはや絶体絶命──というところで、緋護の騎士は、顔を歪めながら、アンセルから離れる。


「まあ、()()()()()ですこと」

 緋護の騎士は、嘲るように笑う。見れば、打ち砕かれた鎧兜の下からは、甲殻に身を包まれた異形があらわになっている。


「言わば言え。だが──貴様の剛力でも、俺の甲殻は打ち砕けぬよ」

 アンセル──いやさ甲殻の魔人は告げて、その異形のまま再び細剣を構える。


 甲殻の魔人の細剣は、緋護の騎士を殺しきるに至らず──緋護の騎士の剛力もまた、魔人の甲殻を打ち砕くに至らず──両者の力量は拮抗しているのやもしれぬ、と私には思えたのであるが。

「──私の、()()?」

 言って、緋護の騎士は、こらえきれぬように、くつくつと笑う。

「私の武器は──そんなものではありませんよ」

 緋護の騎士は、甲殻の魔人の言葉を一笑に付して──自らの眼前に、緋色の障壁を展開する。いや──それは障壁ではない。見る間に、薄く、鋭く、引き伸ばされたそれは、()()()()となって、甲殻の魔人に襲いかかる。


「俺の甲殻を──」

 甲殻の魔人は、呆然とつぶやいて──見れば、緋護の騎士より放たれた緋槍は、魔人の甲殻をたやすく貫いており、そこから青い血があふれ出している。聖女の加護があってなお、それをものともせずに貫くとは──げにおそるべきは、緋槍の鋭さである。


「──アンセル!」

 大柄な聖騎士は、仲間の不利を見て取って──目の前の吸血鬼を吹き飛ばすや否や、慌てて取って返す。


 しかし──時すでに遅く、緋護の騎士は、すでに無数の障壁を展開しており、それらは先と同じく変容して、無数の緋槍と化す。緋護の騎士が手を振りおろす──と同時に、槍は甲殻の魔人めがけて、雨のごとく降り注ぐ。大柄な聖騎士は、それを目にして──もはや甲殻の魔人を助けることはかなわぬと悟ったのであろう、同じく槍の射程内に立ち尽くす聖女の前に身を投げ出して、その身をかばわんとする。


 甲殻の魔人は、断末魔の声をあげる間もなく、全身を緋槍に貫かれて、串刺しとなる。一方で、大柄な聖騎士は、射程の端に位置していたからであろう、聖女をかばいながらも、その傷は浅いようである。とはいえ、降り注ぐ緋槍に身をさらしたことで、聖鋼の鎧兜はそのところどころを打ち砕かれている。あらわになった荒々しい総髪は、たてがみのごとく顔を覆っており──おそらく獅子の魔人なのであろう、と当たりをつける。


 ()()()()


 待て、待て、待て。その顔に()()()がある──いや、見覚えがあるどころの話ではない。聖女をかばって倒れているその獅子の魔人こそ、まさに探し人()()()であると気づいて。

「──()()()!?」

 私は驚愕の声をあげる。


 聖女は、自らを守るように覆いかぶさる獅子の魔人──いやさグラムを押しのけて。

「ああ、もう──」

 と、不満げに唇を尖らせたかと思うと、おもむろに歩き出す。


 その緩やかな歩みは、とても敵の首魁のもとを目指しているものとは思えず──対する緋護の騎士も、困惑の顔で待ち受ける。とはいえ、さすがに無防備で待ち受けるわけにもいかず、聖女との間に緋色の障壁を展開するのであるが。


「──わずらわしい」

 言って、聖女は──何と()を振りあげる。それは、聖神の加護を受けているであろう、光り輝く聖なる拳である。


 緋護の騎士も、まさか聖女自身が肉弾戦を挑んでくるとは思ってもいなかったのであろう、彼女の拳を無造作に緋色の障壁で受けてしまって──次の瞬間、無敵の防御を誇るはずの障壁が、ガラスのように粉々に打ち砕かれる。


「あら──私としたことが、はしたなかったかしら」

 言って、首を傾げる聖女の拳は、緋護の騎士の胸をも貫いており──その手のひらには、脈打つ心臓が握られている。


「それでは──ごきげんよう」

 聖女は、笑顔でその心臓を握り潰して──緋護の騎士は、怨嗟の声をあげる間もなく、灰と化して滅する。


 聖女の長衣は、緋護の騎士の返り血を浴びて、真っ赤に染まる。あれでは、どちらが緋衣やらわからぬほどなのであるが、聖女はさして気にするそぶりも見せずに、その顔にこびりついた血のみをぬぐう。そして、倒れたグラムの身体をひょいと飛び越えて、聖堂の入口──吹き飛んだ長椅子の陰に隠れる大司教のもとに駆け寄らんとする。


 聖女の前には、吸血鬼の残党が立ちはだかる。しかし──彼女は、今まさに高祖の騎士を屠ってみせたのである。今さら並の吸血鬼など相手になるはずもなく、瞬く間に彼らを殲滅する。そのあまりの凄まじさに──私は、最初から彼女が肉弾戦を挑んでいたならば、さしたる犠牲もなく勝っていたのではなかろうか、と勘ぐってしまう。


「猊下──片づきましたよ」

 言って、聖女は笑顔で大司教に手を差し伸べる。

「あ、アラエム! 皆、死んでしまったぞ! 私とお前だけになってしまったぞ!」

 大司教はうろたえて、聖女の手を振り払いながら、彼女をなじる。


「最初から言っているではありませんか。そもそも私一人でも大丈夫だと」

 聖女は不満そうに腰に手をあてて、頬をふくらませながら続ける。

「単に肉の盾がなくなっただけ──ほら、まだグラムさんもおりますから、最低限の盾にはなってくださいますよ」

 聖女の言に──見れば、先まで倒れていたグラムが、いつのまにやら起きあがっていることに気づく。グラムは、よろよろと二人のもとに歩き、きっと聖女をにらみつける。

「誰が肉の盾だ」

 グラムは聖女の言に不平をもらす。どうやら文句を言うくらいの元気はあるようで、私は安堵の胸をなでおろす。

「あら、そんなこと言いましたっけ?」

 聖女はとぼけながら、再び大司教に手を差し伸べて──大司教は、渋々といった面持ちで、その手を取る。


「猊下には──最後までおつきあいいただきませんと」

 言って、聖女アラエムは、にっこりと微笑む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

以下の外部ランキングに参加しています。
リンクをクリックしてもらえるとやる気が出ます。


小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ