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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第37話 夜行

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7

『人間もやるものだね。こちらの全勝であろうと思っていたのに』

 高祖は、言葉とは裏腹に、まるで子どものようにむくれながらつぶやく。


 しかし──私は勝ち誇る気になどなれない。絶影は、本当ならば、負けていたのである。あれは、ロレッタの助力があったからこその勝利であり──裏を返せば、絶影ですら負けるほどに、高祖の騎士は強いということになる。


 甘かった──冒険者連中はともかくも、それ以外のそうそうたる面々に私を加えれば、高祖の騎士の相手くらいはできるであろうと思っていたのであるが──見誤っていたことを悟る。


『次はこちらの勝利といきたいものだね』

 高祖の言葉に、私は次なる絵画を見あげる。


 絵画に描かれているのは──塔である。その大きさからすると、おそらく主塔であろう。内壁をつたうようにして、螺旋状の階段が伸びており──階段のところどころにある窓からは、深い雪に閉ざされた峻険な山々を見渡すことができる。


 その階段をのぼりながら、まるで物見遊山にでも来たかのように、窓から外の景色を楽しんでいるのは、剣聖──エヴァリエルである。


『はて──あの老エルフ、どこかで見たような』

 高祖は、絵画のエヴァリエルを眺めながら、思案するようにつぶやく。さすが剣聖ともなると、その名は吸血鬼の高祖にまで轟いているのやもしれぬ──が、フィーリ曰く、年老いてその姿形はずいぶんと変わっているということであるから、気づかれることはあるまい、と思う。


 窓からの絶景を、ほう、と眺めるエヴァリエルのもとに──上階から、衛兵と思しき鎧姿が下りてくる。それは、おそらく主塔の見張りであろう。衛兵は剣を抜き放ち、エヴァリエルに迫るのであるが、老エルフはどこ吹く風──とっくに衛兵の存在に気づいているであろうに、窓から視線を離すことなく──衛兵が間合いに入った瞬間に、振り向きざまに抜刀する。


 衛兵は、おそらく何が起こったのかも理解していないであろう──神速で心臓を貫かれて、灰になりながら、階段を転げ落ちていく。エヴァリエルは、曲刀を鞘におさめて──再び窓の外に向き直る。老エルフにとっては、雑兵など景色以下の存在にすぎぬ、ということなのやもしれぬ。


『ふむ、すばらしい剣の冴えよな』

 高祖は感心するようにつぶやいて──やはり見覚えがある、と脳裏にその名を探すように思案するのであるが。

『とんと思い出せぬが──まあ、よい』

 やがて、あきらめるように嘆息をついて。

『老エルフが剣士というならば、我が血族きっての剣士でお相手いたそう』

 言って、高祖は今までと同じく、配下の騎士を呼び寄せるがごとく、その名を口にする。


『──()()()()()


 エヴァリエルが階段をのぼり切る──と、主塔の屋上には、()()()()を身にまとった痩身の男が待ち構えている。


「俺の相手がこんなおいぼれとは──我が主の命でなければ、即座に斬り殺しているところだぞ」

 痩身の男──血剣の騎士は、エヴァリエルをじろりとにらみつけて、聞えよがしな溜息をついてみせる。

「ご挨拶だねえ。年寄りは敬うもんだよ」

 エヴァリエルはそう返して、むくれてみせるのであるが──血剣の騎士は、返答すらもわずらわしいというように、無造作に腕を振るう。


「ほう──面白い()()を使うもんだねえ」

 と、明らかに間合いの外であるというのに、何かがエヴァリエルの頬をかすめて。

「あんた──血を操るのかい」

 言いながら、エヴァリエルは頬をつたう血を外套でぬぐう。

「──()()

 言って、血剣の騎士は、今度は両腕を振るう。


 血剣の騎士の手もとから伸びる何かは──おそらく血である。血は、まるで剣のごとく、硬く、鋭く──エヴァリエルに襲いかかる。二本の血剣は、まるでそれぞれが別の生き物であるかのように、縦横無尽に宙を舞う。エヴァリエルは、それを神速の抜刀で迎え撃ち──何と、そのすべてを弾き返してみせる。


「くるとわかっていれば、不覚はとらないさ」

 言って、エヴァリエルは曲刀を鞘におさめる。

「そちらこそ、どういう手妻だ。俺の血剣を、そんななまくらで受けることなど──」

 そう問う騎士の前で、奴の自慢の血剣は、ぼろぼろと崩れ落ちて──エヴァリエルは血剣を受けたのではない、逆に()()()()()のである、と悟る。


「貴様──何ものだ?」

 血剣の騎士は、自らの血剣の強度によほどの自信を持っていたのであろう、それをいともたやすく斬り刻んだ得体のしれぬ老エルフをにらみつけて、警戒するように構えをとる。


「あたしが何ものか、なんて──どうでもいいことじゃないか」

 エヴァリエルは、無造作に間合いを詰めながら、そう告げる。

「でも──何も知らずに滅びてしまうのも、あわれなことだからねえ」

 思案するようにつぶやく様は、絵画越しには隙だらけに見えるのであるが──そうでないことは、血剣の騎士の顔を見ればわかる。

「──手妻の種くらいは教えてあげよう」

 エヴァリエルはもったいぶるように言って、一足一刀の間より、やや遠いくらいのところで足を止める。


「あたしほど剣を振るっているとねえ──どこを斬ればよいかは、()()()()()んだよ」

 エヴァリエルは宙に指を突き出して、それを剣のように振るいながら講釈を始める。

「相手の身体に──()が見える。そこをなぞるように斬れば、するりと肉は両断される」

 あんたのご自慢の血剣とやらも例外じゃないさ、とエヴァリエルは簡単なことのように続ける。


「ところが、弱いものときたら、身体中が線だらけでねえ。顔なんて見えやしないんだけど、あんたの顔は──ま、いくらかは見えるよ」

 言いながら、エヴァリエルは血剣の騎士の顔をまじまじとみつめて。

「斬り殺す相手の顔が見える──こんなにうれしいことはないねえ」

 と、童女のように笑う。


『まさか──いや、まさか、そんな』

 エヴァリエルの語る術理を耳にして、高祖はいぶかしむように目を凝らす。そして、エヴァリエルの老いた顔に、自身の知る彼女の面影を認めたのであろう。


『剣聖──エヴァリエル!?』

 高祖は、初めて驚愕の声をあげて。

『あのエルフ──とうの昔に死んだと思っておったのに、いまだに生きながらえていようとは──』

 と、憎々しげに老エルフをにらみつけて、その怒りのあまりとでもいうように、手にしたガラスの酒杯を粉々に砕く。


「何か──めちゃくちゃ仲がわるそうなんだけど」

「一頃、エヴァリエルは吸血鬼を斬るのを何よりの楽しみとしておりましたので、吸血鬼側からするとあのような反応となるのもやむをえないかと──」

 私の声に、フィーリがこっそりと答えて──さもありなん、と頷く。まったく、とんでもない婆さんである。


『あれを相手にするには──血剣では年齢が足りぬなあ』

 高祖は、大きく息をついて、うなだれる。


 その溜息を合図としたかのように──血剣の騎士が再び腕を振るう。その手もとから伸びる血剣は、今度は二本どころではない。四本──いや、もっと──無数の血剣が宙を舞い、まるで雨のごとく、エヴァリエルに降り注ぐ。


 対するは、先と同じく、エヴァリエルの抜刀である。その一閃は──確かに一振りであったはずであるというのに、無数の斬撃となって血剣を迎え撃つ。その斬撃は、私の目をもってしても、追うことができぬほどで──彼女に降り注ぐ血剣が千々にわかたれて、初めて無数の斬撃が迎え撃ったのであると理解できるほどの、極超の神速である。


 血剣の騎士は、手数で上まわればあるいは、とでも考えたのやもしれぬが、その手数でも負けて──血剣は、先と同じく、ぼろぼろと崩れ落ちる。


 エヴァリエルは、いつのまにやら血剣の騎士の背後に立っている。老エルフが曲刀を鞘におさめる──と同時に、今度は血剣の騎士の身体が千々にわかたれて──奴の首が、ごろりと屋上の床に転がる。


「六百年も生きるこの俺が──負ける、だと」

 血剣の騎士は、その首もとから徐々に灰と化しながら、驚愕に目を見開くのであるが。

「何だい、あんた、年下だったのかい」

 返すエヴァリエルの言葉は軽い。


「だから言ったろ──年寄りは敬うもんだってさ」

 エヴァリエルは、ふんと鼻を鳴らして──曲刀を振りおろす。

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― 新着の感想 ―
人の身の無手で打ち勝つ絶影もなかなかですが、 姐さんは底知れないですね。 次なるは…?
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