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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第5話 王都

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6

 王太后は、供も連れず、一人だった。


 慎ましく、慈愛にあふれていたという王太后の姿はない。その身は野心にあふれており、ありとあらゆるものを憎むような、おぞましい眼で、あたりを睥睨する。団長が──身近なものが、彼女を乱心していると評するのならば、おそらくそれは正しいのであろう。禍々しい、瘴気のごとき気配をまとう王太后は、およそ正気とは思えない。


「上の階に戻って」

 言って、幼王の背中を押す。目の前の王太后が、自らの知る母でないということはわかるのだろう。幼王は素直に階段をのぼる。


「お気をつけください」

 まるで、魔物に相対したときのように、フィーリが告げる。

「奴が結界の主です」

 言って、おっと、と訂正を加える。

「正確には、王太后の宝冠が、ですが」

「おや、そちらは首飾りか?」

 フィーリの存在に気づいたようで、王太后は探るように旅具をねめつける。


「どういうこと?」

 フィーリと王太后のやりとりについていけず、旅具に問いかける。

「おそらくですが、あの宝冠は、国政を補佐するような魔法の道具なのではないかと思います」

 旅具ならぬ政具とでも申しましょうか、と続ける。

「そういうことなら、問題なさそうだけど」

「マリオン、あれはウォルステラの遺物です。つまり『ウォルステラ』の国政を補佐する政具なのです。ウォルステラを滅ぼしたリムステッラにおいて、問題にならないわけがありません」

 旅具の癖に、主に向かって大きな溜息をつく。

「王太后は、あの政具たる宝冠に操られているのです」

「え、主を操ったりできるの?」

 旅具にも可能なのだろうか、と思わず疑いの目を向ける。

「主を操るなんてできませんよ。王太后はあの政具にとって『主でない』からこそ操られているのです」


「首飾りよ。そなたも古代の遺物であろう。ともに覇道を歩もうではないか。古代の力を結集して、ウォルステラを復興するのだ」

 宝冠は仰々しく呼びかける。

「興味ありません」

 旅具はぞんざいに返す。そうであろう。こやつは旅にしか興味はない。

「交渉は決裂か。まあ、よい。その人間を殺してから、じっくり話し合うとしよう」

 言って、王太后は、私に向けて右手を突き出す。

『──』

 王太后が何事かを発すると同時に、魔法の雷撃が走る。右手の動きをいぶかしみ、身構えていたこともあって、すんでのところで身をよじって、雷撃をかわす。雷は壁際に積まれた雑物を打ち砕き、さらには壁をも穿って、塔に風穴をあける。

「ほう。ただの人間ではないようだ」

 言って、王太后は、さらに左手をも突き出す。先ほどの雷撃は、かろうじてかわせたものの、連発されては分がわるい。

「フィーリ、王太后の言葉を訳して!」

 言葉を聞き取ることで、放たれる魔法に備えられるかもしれない。

「同時通訳ですか。多少のずれは、ご容赦を」


『雷撃よ!』

 唱えるとともに、王太后の突き出した両腕の延長に、再び雷撃が放たれる。雷を視認してから避けることはできない──が、突き出した両腕の先に放たれるとわかっているならば、そのかぎりではない。疾風のごとく身をかわし、王太后の背後にまわる。

「こざかしい」

 王太后が振り向く──までの間に、弓を構える。

 旅神の弓をもってすれば、おそらく宝冠を打ち砕くことはたやすい。しかし、最小の力で放ったとしても、矢は宝冠を打ち砕くと同時に、王太后の頭蓋をも貫くことだろう。王太后を傷つけるわけにはいかない。考え直して、弓をフィーリに預けて、腰の短剣を抜く。


「宝冠の紅玉を壊してください」

 紅玉が奴の本体です、と続ける。

「簡単に言ってくれるなあ」

 つぶやきながら、短剣を構えて、王太后に対峙する。


 王太后の魔法は脅威である。まともに雷撃を浴びれば、私の身体など一撃で打ち砕かれてしまうことだろう。しかし、一方で、王太后は私の速さにとまどっているようにも思える。結界とやらの力で私の位置をとらえているようではあるが、放つ魔法はわずかながらに私の正面から外れている。おそらく結界での知覚に肉体の操作が追いついていないのだろうと思う。速さで攻めれば、勝機はある。


 疾風のごとく駆ける。

 速く、速く、風よりも速く──王太后の知覚よりも速く駆ける。

『雷撃よ!』

 王太后が吠える。放たれた雷撃は、数瞬前の私の分身を射抜く。やはり、私の方が速い。確信して、さらに加速する。縦横無尽に駆けて、四つ身の分身をつくり、前後左右から王太后に襲いかかる。


『轟雷よ』


 それをこそ待っていた、というように嗤って、王太后は魔法を唱える。速すぎてとらえられないのであれば、分身ごと焼き尽くせばよい、と部屋中を埋め尽くすような轟雷を放つ。ほとばしる雷の奔流は、分身をことごとく打ち砕き、私の本体をも焼き尽くさんと迫る。避けることはできない──しかし、私にも予感はあった。賭けではあった。頼んだよ、と祈りながら、真祖の外套で全身を覆う。


 轟音とともに雷が部屋中を焼き尽くす。


 私は王太后の背後に立っていた。

 轟雷を受ける前と何一つ変わらず、無傷で立っていた。

 背後に立つ私に、結界の力で気づいたものか、王太后は慌てて振り向く。私は、王太后の振り向く側とは逆──死角にまわりながら短剣を振るい、宝冠に打ちつける。宝冠の紅玉が、音をたてて、ひび割れる。


 王太后は、崩れ落ちるように膝をつく。

「口惜しや……」

 呪詛のごとくつぶやきながら、私の足もとに這い寄る。

「魔法を防いだのではない……。魔法を、かき消しおった……」

 恨めしそうに真祖の外套の裾を握りしめて。

「古代の遺物ではない……。魔法の理の外にある、神代の遺物……」

 やがて、力尽きるように、床に伏す。


 竜の炎を防ぐと豪語していたからには、雷も防いでくれるのだろうと安直に考えていたのだが、王太后の言葉に考えをあらためる。伯爵──真祖の力は、古代の遺物をも凌ぐ、凄まじいものであったのだろう。もともと敵対するつもりもないのだが、怒らせることのないようにしようと心に誓う。


「出あえ……! 曲者ぞ……!」

 最後の力を振りしぼるようにして、王太后がつぶやく。その声は、傍らにいる私にさえ、かすかにしか届かず、とても兵を呼べるようなものではない。滅びゆく宝冠の最後の抵抗を、あわれに思いながら見下ろす。

「奴は思念で呼びかけています。宝冠の支配下にある兵には、呼びかけが届いているはずです」

 フィーリが不吉なことを言う。

「宝冠、壊したじゃない。解決じゃないの?」

「宝冠が壊れても、すぐに支配が解けるというわけではありません」

 支配の魔法は解けるまでに時間を要します、と続ける。

「早く言ってよ!」

 慌てて、入口の扉に鍵をかける。近くに積みあげられていた雑物を蹴倒して、容易に扉が開かぬよう妨害する。

 次いで、王太后の指から、印章と思しき指輪を抜き取る──と、フィーリの言のとおり、宝冠の支配下にあると思しき兵の足音が響く。近衛兵が大挙して押し寄せる。私は、逃げるように上階へと駆けあがった。

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