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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第37話 夜行

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1

 夜を行く。


 目指すはグラムの故郷たる廃村──スヴェルの村である。エルラフィデスの聖女とやらは、吸血鬼に滅ぼされたというまさにそのスヴェルの村をこそ、吸血鬼討伐の決起の地としてさだめたとのことで、次の満月の夜までに集ったものを率いて、彼の血族の根城に討ち入るのだという。


 私は疾風のごとく夜を駆けながら、ちらと空を見やる。そこには、夫婦月が仲睦まじく寄り添っており──もう月は満ちつつある。


 私は、すでにエルラフィデスの国内にいる。彼の教国は、私を目の敵にしているというから、真正直に入国するわけにもいかず──辺境伯領より大河を越えて、密入国したというわけである。


 黒鉄とロレッタには事情を話して、ひとまず私が先行している。二人は後から追ってくるというが──これほどの距離である。二人が合流する頃には、事はすべて終わっているやもしれぬ、と思う。


 グラムが向かうのは、真祖をして死地と言わしめるほどの、屍山血河の戦場である。私は、グラムの屈託のない笑顔を思い起こして──みすみす死なせるわけにはいかぬ、と地を蹴る足にさらなる力を込める。


 スヴェルの村跡は、エルラフィデスの北──北方との境となる山の麓に位置する。村跡に近づくにつれて、夜は凍てつく。やがて、雪までもがちらつき始めて──真祖の外套があるからこそ駆け続けられるものの、そうでなければ凍え死んでいたやもしれぬ、と胸のうちで伯爵に感謝する。


 そうして、いくつの夜を越えたであろう──気づけば、私はスヴェルの村跡を臨んでいる。見あげれば、夜空には満月が煌々と輝いており──どうにか間に合ったものと安堵の胸をなでおろす。昼夜を問わず駆け続けて、さすがに無理がたたったものか、私はその場にへたり込んで、肩で息をする。


「嬢ちゃん──まさか、吸血鬼討伐の志願者か?」

 そう問うのは、廃村の入口あたりにたむろする、冒険者の一団のうちの一人である。男は、厚手の外套を着込んで──それでもなお凍える身体をあたためるように、酒精の強そうな酒を口にしている。見れば、まわりの家々は朽ち果てており、寒さを凌げるところもないようで──男は、あたたまるための酒で、ずいぶんと酔っ払っている。


「こんな小娘が志願者なわけねえだろ」

 と、声をあげたのは、先に私に声をかけた男よりも、さらに酔っていると思しき男である。ふん、何とでも言え。酔っ払いの相手をしている暇などないのである。


 私は、げらげらと笑う彼らの横を通り過ぎて──すれ違いざまに、ちらとそちらを見やる。冒険者の一団は、相手が吸血鬼と知って、なお討伐に志願するだけのことはあって、手練れぞろいである。


 しかし──相手は並の吸血鬼ではない。伯爵曰く、彼の高祖には、真祖と同じく、直属の騎士がいるという。真祖の騎士たる青の実力を思えば──高祖の騎士はそれよりもやや落ちるであろうとはいえ──手練れの冒険者程度など、高祖に相対することすらできずに、道中で命を落とすであろう、と思う。


 私は、グラムの姿を探しながら、廃村を行く。村の中心に近づくにつれて、冒険者の数は増えて──先の一団よりも、さらに手練れの姿も、ちらほらと見える。


「──マリオン?」

 と、聞き覚えのある声に呼びとめられて。

「ずいぶんとまた早い再会だなあ」

 振り返れば──そこにはチェスローの街で別れたはずの絶影の姿がある。


「何だ──絶影か」

「何だとはご挨拶だなあ」

 探し人ではなかったから──私の口からはぞんざいな言葉が飛び出して、絶影は苦笑でもって返す。


「何でこんなところにいるの?」

「山を越えて北方に戻るんだから、こんなもん、行きがけの駄賃みたいなもんだろうよ」

 私の問いに、絶影は軽く返す。吸血鬼討伐を駄賃と言い切ることのできるものなど、そうはいまい。


「駄賃に命を賭けるとはね」

「武侠ってのは、そういうもんよ」

 言って、絶影は鼻を鳴らす。ま、確かに──これまでの言動からしても、その傾向はある。


「あれ、嬢ちゃん、確か──」

 と、またも聞き覚えのある声に呼びとめられて──振り返り、その姿を認めて、私は驚愕の声をあげる──いや、あげようとした、というのが正しいであろうか。


「け──」

 剣聖!と声をあげかけたところで、老エルフ──エヴァリエルは、ぬるりと私の懐に潜り込み、いつのまにやら口をふさいでいる。私の機先を制するとは──やはりこの婆さん、ただものではない。


「そいつは秘密にしておいておくれ。面倒ごとは嫌いなんだよ」

 エヴァリアルは、周囲を気にするように、そう言って──私が頷いてみせると、ようやくその手を放す。


「──何でこんなところに?」

「そりゃあ──吸血鬼の高祖を斬る機会なんて、長い人生でもそうそうあることじゃないからねえ」

 私の問いに、エヴァリエルは曲刀の柄を、ぽんと叩きながら答える。


 この世のありとあらゆるものを斬ることしか考えていないあたり、相当に物騒であることはさておき──先行きのあやしいこの吸血鬼討伐においては、これほど頼りになるものもおるまい、と思う。


「ねえ、二人とも──グラムっていう大男を見なかった? 凄腕の戦士なんだけど──」

 私は、グラムの姿形を説明しながら、二人に尋ねる。


「全員の名前を知ってるわけじゃないからなあ」

「腕のよいのはちらほら見かけるけど、あたしも名前まではわからないねえ」

 私の問いに、絶影もエヴァリエルも、かぶりを振って応える。

「そっか──ありがと」

 私は二人に、また後で、と告げて──再びグラムの姿を探す。


 私は村を行き──やがて、村の中心であろう広場にたどりつく。広場には、夜を焦がすような、大きなかがり火が焚かれている。かがり火に照らされて闇に浮かびあがるのは、崩れかけの教会である。かつては、この広場に村人が集い、神に祈りを捧げたのかもしれぬ、と在りし日のスヴェルを思う。


 と──不意に、視界の隅にグラムの姿をとらえたような気がして、私はかがり火の奥に目をやる。そこには──しかし、グラムの姿はなく、かがり火を前に暖をとる黄金色の髪の乙女と、それを守るようにつき従う二人の騎士の姿があるのみである。


 乙女の方は、件の聖女とやらであろう、冒険者の集う廃村には似つかわしくない、可憐な見目である。何とはなしに、聖女の動きを目で追っていると──突然、彼女は獲物を狙う獣のごとく、ありえない角度でぐるりと首をまわして──私を視界にとらえて、その瞳を爛々と輝かせる。

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