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私は、先代への挨拶もそこそこに、団長に引っ立てられるようにして、王城に連れられる。その間、黒鉄とロレッタは、私の旅の仲間として先代にもてなされるのであろうから──もっとも割を食ったのは、先触れとして王城に走らされたリュカであろう、と思う。
私は団長にうながされるようにして、王城の応接室に通される。そこには、いつぞやのように王太后と宰相が待ち構えており──部屋の隅では、先触れに駆けたリュカが肩で息をしている。
「お姉ちゃん!」
「お姉さま!」
と、声をあげて、私のもとに駆けてくるのは、幼王と幼王妃である。二人は、私の足もとに抱きついて、目を輝かせながら、上目でみつめる。
「僕のお姉ちゃんだよ」
「私のお姉さまですわ」
二人はそのまま、何ともかわいらしい言い争いを始めるのであるが──私が原因で国家を揺るがす夫婦喧嘩となっても困る。
「ちょっと、二人とも落ち着いて──ゆっくりお話してあげるから」
「子どもに好かれておるのう」
二人をなだめる私の困り顔を眺めながら、団長はにやにやと笑って──私は団長に舌を出して応える。
「ただいま──遅くなって、ごめんね」
「お姉ちゃん、ずっとリムステッラに戻らずに、いったいどこまで行ってたの?」
私はそう謝りながら、幼子らの頭をなでるのであるが──幼王は、私の足にすがりついたまま、頬をふくらませながら返す。ううむ、一度も国に戻らず旅を続けていたという負い目があるだけに、そこを突かれると弱い。
「手紙は──どこまで届いてるの?」
私は、遅い帰還にむくれる幼子らをなだめながら、団長に尋ねる。
「北方の英雄──アルグス殿が届けた分まで」
「おお、ちゃんと届けてくれたんだ。さすがはアルグス、義理堅い」
団長の答えに、私は胸のうちでアルグスに感謝を捧げる。
砂都アスファダンで別れたアルグスとラディ──二人は今頃、アルグスの故郷で祝言をあげているのかもしれぬ、と想像して、私は一人にんまりする。
「英雄アルグス殿が、お前のことを友と言うておったが──」
「まあ、友だちと言えば友だちかなあ──戦友、みたいな?」
半信半疑というように問う団長に、私はいくらか誇らしげに返す。
「いや──アルグスとラディの縁を結んだわけだから、恩人と言っても過言じゃないのかも?」
「それは過言でしょう」
私の胸もとでフィーリが異を唱えるのであるが、聞こえない振りをする。
アルグスの手紙が届いているのであれば、旅のあらましは伝わっていると思ってよかろう。私は頭の中で旅の道順を思い起こす。
「お姉ちゃんはねえ──」
そして、大きく息を吸い込んで。
「リムステッラから、西方のドワーフの国を目指して、そこから北上して、北方をめぐって、すんごく高い山の、さらにその上に浮かぶ空中都市にたどりついて、その空中都市が南方の砂漠に墜ちちゃって、そこから東方をぐるりとまわって──ようやく帰ってきたの」
と、一息で告げる。
「すごい! 世界を全部めぐったの!?」
言って、幼王は先までむくれていたことをもう忘れたかのように、尊敬の眼差しで私を見あげる。
「いやあ、全部じゃない──世界はまだまだ広いと思うよ」
「おっしゃるとおり」
私の言に、フィーリがなぜか誇らしげに同意を示す。
「そうそう──ウルスラを狙ってた悪い奴らも、私がやっつけといたからね」
「──やっつけた?」
ウルスラの頭をなでながらそう告げる私に、彼女は聞き間違いでもしたかのように首を傾げてみせる。
「何とおっしゃいました?」
と、そこに苦笑しながら割って入るのは、宰相である。
「東方の深き闇と謳われる──あの教団を? やっつけた?」
「うん、闇ごとやっつけた」
よほど信じがたいようで、何度も尋ねる宰相に、私は大きく頷いて断言してみせる。フィーリのおかげとはいえ、闇のグンダバルドをぶっ飛ばしたのであるからして、嘘はついていないといえよう。
「あ、そうだ──オレントス王からの預かりものがあったんだった」
話が教団に及ぶに至って、私はオレントス王から書状を預かっていたことを思い出す。リムステッラの王に渡してくれと頼まれていたものであるが、この場にいるものなら、誰が読んでもかまうまい──と、私はフィーリから書状を取り出して、団長に差し出す。
「オレントスというと、東方の強国の一つの──」
団長は、書状を受け取ろうと手を伸ばしながら、いささか古い東方の情勢をつぶやきかけて。
「違う、違う──オレントスは強国の一つじゃなくて、東方を統べる国になったの」
私はその認識を訂正する。
そう──今やオレントス王は、覇王レクサールの遺志を継いで、東方を統一した初代の王となったのである。傾国の魔女に篭絡されていた姿からは想像もつかぬ偉業であるが──ま、実際のところ、覇王にもっとも近い男と呼ばれるだけのことはあるし、何せ東方を未曾有の危機から救ったのであるからして、その手腕に不安を抱くものもない。当然の結果といえよう。
「そういう重要なものは早く出さんか!」
団長は、ひったくるように書状を奪い取り──ついでに私の頭に拳骨をくらわす。
「ちょっと!」
団長といい、村長といい、私への扱いがひどいのではないか、と抗議の声をあげるのであるが、団長はどこ吹く風──書状を開いて、黙読を始める。
「それで、書状には何と?」
宰相は、書状に目を走らせる団長に、急かすように尋ねる。
「──東方を統べる新たな覇王からの、我が国の巡察使に対する最大の賛辞と感謝──そして、我が国と東方との恒久的な和平の申し入れについて」
団長は淡々と告げて──宰相はそれを聞いて、言葉を失う。
「いったい何をしたらこうなる?」
団長は、書状をひらひらと躍らせながら、盛大な溜息をついてみせる。
「話すと長くなるんだけど──」
「それを話すのがお前の仕事ぞ」
団長は、ずい、と迫って凄んでみせて──私は、うへえ、と情けない声をあげる。
「わかりました。ちゃんと話します」
私は観念して両手をあげる。
「だったら──お姉ちゃん! 今晩はお城に泊まるよね!」
「お姉さま! もっと旅のお話を聞かせてくださいませ!」
「──仕方ないなあ」
団長に滞在を乞われるのはうれしくなくとも、幼子らに滞在を乞われるのは、わるい気はしない。私は相好を崩しながら屈み込んで、二人をぎゅっと抱きしめる。
「それでは──お召し物を着替えさせていただきませんと」
と、たおやかに微笑みながら、私に近づくのは──見覚えのある勇ましき侍女である。いつのまにそこにいたやら、私に気取られずにここまで接近するとは──この侍女、ただものではない。
「いや──着替えなんて、必要ないでしょ」
私は、いつぞや胴を締めあげられた苦痛を思い起こして、かぶりを振ってみせるのであるが。
「王城では、それなりの格好をしていただきませんと」
侍女に一切の容赦はなく──そうして、私は再び補正下着を締めあげられて、悲鳴をあげることとなる。




