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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第35話 災禍

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2

「逃げて!」

 フィーリが大声で叫ぶ。


「逃げてください! ここから早く離れて!」

 フィーリの叫びも空しく──ルジェンを中心として、()()()()()()


 世界は、まるで塗り替えられていくかのように、その姿を変える。聖域は、瞬く間に夜の荒野となり、天には巨大な月がのぼる。空に星はなく、闇は深いのであるが、蒼白い月光に照らされて、かろうじて夜目は利く。


 私はフィーリから旅神の弓を取り出す。そして、この異変の元凶たるイオスティに向けて狙いをさだめて、まさに矢を放たんとした、その瞬間──狂王は凄まじい速さで遠ざかり、私の射程から逃れる。


 いや──違う。イオスティが逃げたのではない。ルジェンを中心として、凄まじい勢いで世界が広がっているのであると悟って──私は愕然とする。これほどまでに世界を塗り替えてしまうような異常な現象など、私は()()しか知らない。


「次元──回廊?」

「──冥神の力による次元回廊です」

 私の疑問に、フィーリが苦い声で答える。

「そして──()()()()()

 フィーリの言に──私は遠く、ルジェンを見やる。


 彼女の足もとの土くれが蠢いているのは、見間違いではなかろう。土くれは、まるで生き物のようにのたうったかと思うと──次第に人の形をとり始める。いや、人だけではない。魔物もいれば、巨人もいる。ありとあらゆる種の、無数の死者の群れである。


「死者の──軍勢」

 私は呆然とつぶやく。


 私の見守る中──ルジェンの隣で、アシディアル翁は歓喜に打ち震えているようで、おもむろに両手を広げて、顕現した死者に、無防備に近づいていく。


 アシディアル翁の接近に最初に気づいたのは、今まさに土くれから形を取り戻した魔物である。見たこともないような、そのおぞましい魔物は、アシディアル翁を、むんずとつかむと──そのまま頭からむさぼり喰らう。魔物の口からは、噛みちぎられた手や足がこぼれ落ちて──その食べ残しに、他の魔物が群がる。


 私の見間違いでなければ、喰われる寸前、アシディアル翁は笑っていた──今まさに魔物に喰われようとしているというのに、何の抵抗をすることもなく、最後まで笑っていたのである。


 もしかすると、拝死教徒にとって、死者の軍勢の手にかかるということは、冥神によって死を与えられることと同義なのやもしれぬ、と思い至り──アシディアル翁は、自らの望むとおりに、信仰に死したのであろう、と思う。


「おお──」

 顕現した軍勢と──アシディアル翁の死とを目の当たりにして、恍惚とした声をあげるのは、年老いた信徒である。


 先の祭祀のために聖域に集っていた老信徒たちは、アシディアル翁と同様に冥神による絶対の死を求めたものか、祈りを捧げながら死者の軍勢に向かって歩き出す。一方で、いくらか若い信徒たちは、行くべきか、それとも行かざるべきか、逡巡するように、その場から動けないでいる。


 見たところ、死者の軍勢は、そのすべてが顕現したというわけでもないようで、いまだ土くれのまま蠢いているものも少なくない──動くならば今である、と覚悟を決める。


 私は、ぐるりと周囲を見渡して。

「これ──どのくらいの範囲が次元回廊に呑み込まれてるの?」

 胸もとのフィーリに問う。


 かつての海神の次元回廊は、漁村を覆う程度のものであったが──どこまでも続く荒野を見るかぎり、そのような規模に収まらぬことは明白である。


「おそらく──死の都はすべて。ひょっとすると、エレグヌスのあたりまで届いているやもしれません」

 フィーリの推測に──私は、ごくり、と喉を鳴らす。


 次元回廊がそれほどの広範囲に及ぶとなれば、どれほどの民が呑み込まれているやら、想像もつかない。


「あんな軍勢──さすがに儂らだけでは相手できんぞ」

 黒鉄が、首を振りながら、そうつぶやく。


 それもそのはず──かつてダヴィアの地で、一人で聖堂騎士と渡りあった黒鉄をして、そう言わしめるほどに──死者の軍勢は桁違いに数が多いのである。民を守りながら、万を超える軍勢と戦うなど、いくら私たちでも無理であろう、と思う。


 ひとまず──次元回廊が広いというのならば、軍勢から遠く離れて、時間を稼ぐこともできよう。


「いったん退こう」

 私の提案に、皆が頷いて──私は周囲のものにも声をかける。


「私たちと一緒に逃げる人はいる?」

 呼びかけるのであるが、若い信徒から反応はない。彼らは、信仰と命とを天秤にかけて、逡巡するばかりである。


「仕方ない──行こう」

 私は信徒を残して、逃げることを決める。この場に残れば、いずれ死者の軍勢が進軍を始めた折には、間違いなく死するであろうが──それはそれで、彼らの望むところでもあろう。



 私たちは、立ちすくむ信徒を残して、撤退を始める。

「──」

 と、岩陰から、かすかなうめき声が聞こえて──そこに横たわる小さな影を認めて、私は足を止める。


「絶影、グンダバルドを運んで」

 言いながら、私は足もとの影を見下ろす。それは、今や虫の息の暗殺者──闇のグンダバルドである。


「え──こいつを!?」

「グンダバルド、あなたも死にたいの?」

 驚きの声をあげる絶影をよそに、私は屈み込んで、グンダバルドに問いかける。

「残念ながら──おいら、それほど敬虔な信徒じゃないもんでね」

 グンダバルドは、ほとんど瀕死であろうに、虚勢を張って笑ってみせる。


「絶影」

「ああ、仕方ねえなあ、もう!」

 私は繰り返して、絶影は文句を言いながらもグンダバルドを背負って──私たちは脱兎のごとく逃げ出す。

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