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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第5話 王都

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4

 隠し通路から出た先は、食料の貯蔵室のようだった。幸いなことに、人の気配はない。


「完全に壁だね」

 振り向いてみると、今しがた通り抜けてきた通路は、跡形もなく消え失せている。壁に触れてみても、硬い感触が返るのみで、通路の痕跡はどこにもない。

「通路の存在を知り、かつ合言葉を知るものでなければ、通路に入ることはできません」

 ウェルダラムの秘密の通路のようなものです、と旅具が続ける。


 部屋には、ありとあらゆる食材があふれていた。夕食をとっていないからか、思わず食欲をそそられて──申し訳ないと心の中で謝罪しながら、豚肉の燻製と、冬用の蓄えだろうか、豚肉の塩漬けを失敬する。ダラムをはじめ、辺境の村々では、蓄えの足りていないところもあるだろうに、あるところにはあるものだなあ、と感心しながら腹を満たす。


 食糧貯蔵室の先は、厨房だった。夕食時を終えているからか、ほとんど人はいない。

「この食事、どこに運ぶんだっけ?」

 と、侍女だろうか、いくらかとうの立った女が、料理人と思しき女に尋ねる。

「ほら、ちょっと線の細い商人がいたでしょ」

 訳ありの、と料理人の女が声をひそめる。線の細い商人と聞いて、リュカを思い起こして、二人の会話に聞き耳をたてる。

「あ、あの人。なら、私が行く。ちょっといい男だもんね」

 言って、侍女は膳を手に取って、厨房を出る。


 ちょっといい男とやらに会うのが、よほど楽しみなものとみえて、侍女は軽やかな──膳から料理がこぼれやしまいかと心配になるほどに軽やかな足取りで歩き出す。私は、気配を消して、足音も消して、さらには真祖の外套を黒く染めて、灯りの届かぬ暗がりを歩きながら、侍女の後ろに続く。時折、近衛兵ともすれ違うが、私に気づく様子はない。私の潜行の技量のなせる(わざ)、と言いたいところだが、どうやら真祖の外套に認識を阻害するような力でもあるのではないかとも思える。


 侍女は、廊下を曲がって、最初の部屋の扉を叩く。

「失礼します」

 上ずった声で言って、侍女は扉の鍵を開ける。

 部屋に入って、膳を渡す──それだけのはずなのに、待てども侍女は出てこない。やきもきしながら待っていると、ようやく出てきた侍女は、室内の誰かに向けて、名残惜しそうに別れを告げる。

 侍女が扉を閉めて、鍵をかける。振り向いて、厨房に戻らんと歩き出して、鍵を着衣の隠しに収める──瞬間、私は疾風のごとく闇から出でて、隠しから鍵を抜き取る。侍女は、かすかに風を感じたようで、いぶかしげに振り向く。しかし、私は再び闇にひそんでおり、彼女が気づくことはない。


 再び歩き出した侍女が廊下の角を曲がるのを待って、扉を開く。

「リュカさん!」

 室内には、はたしてリュカの姿があった。

「マリオン?」

 リュカは長椅子に腰かけて、のんきなことに遅めの夕食を楽しんでいる。

「大丈夫!?」

 駆け寄って、無事を確認する。見たところ、痛めつけられたような、目に見える傷はない。

「大丈夫、ひどいことはされていないよ」

 リュカの言葉に、安堵の胸をなでおろす。確かに、落ち着いて見てみると、リュカに運ばれた膳は客人のものとして相応であり、閉じ込められていること以外は、それほどひどい扱いを受けているようでもない。

「私の傷薬のせいで、閉じ込められてるんじゃないの?」

「そんなことないよ」

 言って、リュカは私の心配を笑い飛ばす。

「傷薬については、行商先で知り合った商人から買ったってことにしてるんだ。僕に応対した文官には、その商人とは近々王都で会う約束があるって話してるから、僕はその商人とのつなぎのために、城に留め置かれてるってわけ」

 もう少し城内にとどまって情報を探ってみようと思ってさ、と軽い調子で続ける。まったく、どれほど心配したと思っているのか。

「私のこと、話せばよかったのに」

 傷薬の出どころは私である。私を王城に連れてくれば、リュカは帰れたはずなのに。

「僕は商人だよ。マリオンを売るなんて、そんな自らの儲けを捨てるようなことはしないよ」

 いたずらっぽく笑って、落ち込む私の頭をなでる。


「それにしても、どうしてこんなところに?」

 リュカに問われて、いきさつを話す。

「そうか。確かに、マリオンなら城内を探るのも適任かもしれないな」

 と、私の腕前を知るリュカは、無謀であると責めることもなく頷く。

「それなら、マリオンの腕を見込んで、頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと?」

 問い返すと、リュカは頷きながら続ける。

「食事を運んでくれる侍女にそれとなく聞いてみたんだけど、どうも彼女らは、西の塔には近づかないように言われてるみたいなんだ」

 そこに何かあるのかもしれない、とリュカは真剣な面持ちで語る──のだが、情報よりも何よりも、侍女のくだりの方が気にかかる。先ほどの侍女だろうか、それとも他の侍女だろうか。何にせよ、兄のように慕っていたリュカに、意外にも女たらしの素質があるようで、驚きの念を禁じえない。まったく、男ってやつは。


「何かあるのかもって、どういうこと?」

 気を取り直して、本題に戻る。

「もしかしたら、西の塔には、国王が幽閉されているのかもしれないってこと」

 あくまでも、かもしれないってことだけどね、と続ける。

「僕のことは気にしなくていいよ。さしあたって、身の危険が迫っているわけじゃないからね。マリオンには、何とか西の塔の様子を探ってみてほしいんだ」

 言って、やわらかく微笑む。先ほどの侍女なんかは、きっとこういう笑顔に弱いんだろうな、と邪推する──おっと、またも話がそれている。


「任せて」

 胸を叩いて答えて──外の様子をうかがいながら部屋を出て、リュカには申し訳なく思いながら、扉に鍵をかける。次いで、さも侍女がうっかり落とした、というように扉の前に鍵を落として──私は西の塔を目指す。

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