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「逃げるぞ!」
絶影は声を張りあげながら。
「──え?」
事情の呑み込めぬ私の手を引く。
「暗殺者はまだそこら中にいる! 新手が出てくる前に逃げるんだよ!」
「ちょ──っと、待って!」
今にも駆け出そうとする絶影の手を振り払って──私は床に転がった異界の短剣を拾いあげて、腰に戻す。
アシディアル翁は、闇のグンダバルドの敗北が信じられぬようで、いまだ呆然としている──が、信徒の群れの中に、他にも暗殺者がまぎれているとなると、いつ老翁の命により新手が襲いかかってくるやらわからぬ。確かに、逃げるにしくはなかろう。
私たちは聖域を飛び出して、長い通路を駆ける。私は遠慮なく疾風のごとく駆けて──絶影は、先の透しの要領であろう、平然とそれについてくる。
火吹山より出でて、通路に窓が現れたあたりで──私たちは振り返り、追手のないことを確認して、速度を落とす。
「二人の勝利だな!」
絶影は、私に向けて、右手を掲げて。
「いいや──三人だよ」
言って、私はフィーリをなでながら、絶影と手を打ちあわせる。
フィーリがいなければ、私は胸を貫かれて死んでいたであろうから、最大の功労者と言っても過言ではあるまい。
「そういえば──フィーリって、絶対に壊れないの?」
北壁で落とした折にもそのようなことを言っていたな、と思い出して、私はフィーリに尋ねる。
「私の外装には時間という概念がないのです」
フィーリは簡単なことのように返すのであるが──当然わけがわからない。
「長い──長い旅をするための旅具が、劣化して壊れてしまっては、本末転倒でしょう。そのため、私の外装は、魔法により時が止まった状態となっているのです。時の止まったものを壊すことはできません」
「──そんなことができるんだ」
いくら魔法の力とはいえ、そのようなことができるとは、にわかには信じられず──私は思わずそうこぼすのであるが。
「特別な旅具なので」
返すフィーリの言葉は軽い。
「ちょっと──困ります! お待ちください!」
と、不意に──通路の先の突きあたりの角から声が飛んで、そちらに目をやる──と、現れ出でたのは黒鉄と、その黒鉄を何とかして引き留めようとする信徒の群れである。
「おお! マリオン、ここにおったか!」
黒鉄は、自らに群がる信徒をものともせず、そのまま引きずるようにして、こちらに駆けてくる。
「──どうしたの!?」
私は足を止めて──黒鉄と、その後ろを駆けてくるロレッタを待つ。
「緊急事態なんじゃ!」
黒鉄は信徒を振り払いながら告げる。
「こっちも──」
緊急事態だよ、と返しかけたところで──黒鉄の後ろから、ひょっこりと顔を出した愛らしい黒猫の姿を認めて。
「──エリス!?」
私は驚きの声をあげる。
エリスは黒鉄の後ろから飛び出して、私の腰にすがりつく。黒猫は上目で私をみつめる。その瞳は涙で潤んでおり──ただ事ではない何かが起こったであろうことが知れる。
「ルジェン様が──」
エリスは震える声で続ける。
「ルジェン様が──さらわれてしまったのです!」
「教団」完/次話「災禍」




