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「マリオンだけずるい!」
私の予想のとおり──ロレッタは自らも祭祀に立ち会いたいと駄々をこねる。
「巡察使の特権だよ」
私が誇らしげに返すと、ロレッタは頬をふくらませてみせる。
私たちは、先の食堂で夕食をとっている。食堂は巡礼者で賑わっており──彼らの多くは、昼のうちに大祭壇に祈りを捧げて、すでに巡礼を終えているのであろう、皆一様に晴れがましい顔をしている。帰りの旅を残しているとはいえ、本懐を遂げたのであるからして、少しくらいはめを外すこともあろうというもの、店は昼よりも喧噪に包まれていて──そのいくらか粗野な響きが、私たちには心地よい。
「あいよう!」
昼と同じく、給仕のふくよかな女性が、私たちのテーブルに大皿を置く。皿には、やはり昼と同じく、肉の串焼きと薄いパンが盛られている。ロレッタ曰く、エレグヌスのものとは微妙に味が異なるとのことで──いつぞやの茹で団子と同様、食べくらべているというわけである。
「あんたら、アシディアル翁には会えたのかい?」
給仕は私たちの顔を覚えていたようで、ついでのように問いかける。
「おかげさまで」
私は礼を述べて──さらには、祭祀にまで参加できることとなった運びを伝える。
「そりゃあ、名誉なことだよ!」
給仕は、テーブルに手をついて、興奮気味に語る。
彼女の語るところによると、神殿で執り行われる祭祀は、拝死教団の秘奥であるという。よそものの立ち会いが許されることなど滅多にないというから──やはり、ロレッタが参加できぬことは、致し方ないことであろう、と思う。
「おうい! 姐さん、こっちにも頼む!」
「あいよう!」
よそのテーブルから呼ばれて、給仕は話を打ち切って、そちらに飛んでいく。
「それにしても──大丈夫なのかのう」
黒鉄が、何度目になるかわからぬ、不安の声をあげる。
拝死教団の、その信徒の集う祭祀に、私一人で出向くことが心配であるという黒鉄の気持ちは理解できる──とはいえ、もはや私も在りし日の旅慣れぬ可憐な少女ではないのであるからして、そこまでの心配は無用であろう、と思わないでもない。
「アシディアル翁は、例の告死とやらには属してなさそうだし──たぶん、大丈夫だと思う」
「儂らも神殿には赴くゆえ、何かあったら知らせるんじゃぞ」
黒鉄は、それでも保護者然として。
「心配性だなあ」
私はそんな不安を笑い飛ばすのであるが、黒鉄の食事の手は止まったままであり──その隙をついて、ロレッタが最後の肉に手を伸ばし、パンに挟んで、ぺろりとたいらげる。
黒鉄は、勝ち誇るロレッタに我に返り、給仕を呼びとめて、追加の皿を注文する。そうして、いつものように食費がかさんでいく。
翌日、私たちは皆で神殿に赴き──途中で別れて、私一人で聖域に向かう。
「こちらへ──」
案内するのは、先日と同じく匂菫である。長い通路を行きながら、長い沈黙に耐えかねて──私は前を行く匂菫に話しかける。
「今から執り行われる祭祀って、どんなものなの?」
そう尋ねると、匂菫は、そんなことも知らずに祭祀への参加を願い出たのか、と言わんばかりのあきれた顔をする。
「冥神様に供物を捧げる儀式でございます」
匂菫は、つんとした顔で答える。
「供物って?」
「──そのときどきでございます」
重ねての問いに、匂菫はいくらか言いよどみながらも続ける。
「前回は、火吹山で捕らえた豹でございました」
「──豹?」
聞き覚えのない名に、思わず問い返す──と、匂菫は、中原には豹とやらが生息せぬことに思い当たったのであろう、足を止めて思案する。
「豹とは──そうですね、中原の動物に例えると、巨大な猫のごとき、美しき狩人でございます」
猫は優秀な狩人である。豹とやらが、さらに巨大であるというのならば、さぞや狩りの達者な動物であろう、と思う。
「そんな獲物を捕らえるなんて、教団にはずいぶんと腕のいい狩人がいるんだねえ」
「ええ──我らの誇りでございます」
匂菫は初めて満面の笑顔をみせて──私もつられて笑顔を返す。
「では──私はここで」
聖域の入口までたどりついたところで、匂菫はそう告げる。聖域には、すでに多くの信徒が座しており──私は、その最後尾に座ろうとするのであるが。
「マリオン様は、真っすぐにお進みください」
匂菫にそううながされて──私は信徒をかきわけるようにして前に進み、最前にたどりついたところで腰をおろす。
聖域──その空洞の中央に、グリンデルが立っている。
グリンデルを囲むようにして、わずかな灯りがともされているのであるが、それでも洞はほの暗く──彼の身にまとう黒装束ともあいまって、その立ち姿は杳としている。
灯りの外には、ぐるりと信徒が座している。私は、賓客としてもてなされているからであろうか、その先頭に座しており、若干の居心地のわるさを感じないでもない。
祭壇の前に立つアシディアル翁が、おもむろに手をあげる──と、グリンデルのそばに控えていた楽士が、緩やかな旋律を奏でる。それは曲と呼べるようなものではなく、単調な旋律である。アシディアル翁は、その旋律にあわせるようにして、祈りの句を唱え始める。旋律に祈りの句が加わると、それは不思議と音楽として響き出す。
グリンデルは踊る。それは、いつぞやのように、おそらく物語になっている。神の啓示を受けたものが、神のために犠牲を捧げるという素朴な物語は──しかし、神に捧げるための踊りであるからか、あるいはグリンデルの類稀なる技量からか、尋常ならざるほどに胸に迫る。グリンデルの踊りは、今までに何度も目にしているというのに──私は言葉を失って、呆然と見惚れる。
やがて、アシディアル翁の聖句がやんで、あわせてグリンデルも動きを止める。私は、はっと我に返り──そして、周囲の信徒が消えていることに気づく。見れば、いつのまにやら彼らはさらに後方に下がっており、私だけが取り残されている。
すわ儀式の作法を見落としたか、と私は慌てて後ろに下がろうとするのであるが──グリンデルが笑みをたたえて、ゆっくりと近づいてくるに至って──いや、私が知らぬだけで、段取りどおりの進行なのやもしれぬ、と思い直す。
グリンデルは私の前に立ち──おもむろに腰の短剣を抜く。
「お嬢ちゃん──めずらしく察しがわるいなあ」
短剣からは──ぬぐいきれぬ死臭が漂う。
「これは、冥神様に供物を捧げる儀式。そして、その供物は──」
言いながら、グリンデルは目を見開いて、にんまりと笑う。
「──お嬢ちゃんさ」




