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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第34話 教団

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232/311

2

 神殿に足を踏み入れると、長い通路が真っすぐに伸びている。


「私がご案内いたします」

 と──扉の脇に控えていたのであろう、声をあげたのは、私よりもいくらか幼いと思しき少女である。


匂菫(においすみれ)と申します」

 そう名乗る少女は、花のように(かんば)しい。

「花の名前?」

「はい、このあたりによく咲く花ですので、ありふれた名前でございます」

 私の問いに、少女は花のように──とはいかないまでも、わずかに微笑みながら返す。


 私たちは通路を行く。通路は、まるで迷路のように枝わかれしているのであるが、先導する匂菫は、脇道にそれることなく、真っすぐと進む。


 しばらく行くと、通路は突きあたり──その角を折れる手前で、匂菫は足を止める。

「ここより先は、マリオン様のみでお願いいたします」

 匂菫が告げて──黒鉄が目で警戒を示すのであるが、私は頷いて返す。


 黒鉄とロレッタは、突きあたりの手前の応接室のような部屋に通されて──私は一人で先に進む。角を折れると、すれ違う人もいなくなり──どうやら、ただ(びと)の入れぬところに通されているようである、と悟る。


 いくつかの扉を通り過ぎて──やがて、匂菫は黒い扉の前で足を止める。

「──どうぞ」

 匂菫にうながされて、私は扉をくぐる。


 どうやら、匂菫の案内はここまでのようで、彼女は私が部屋に入るのを見届けてから、おもむろに扉を閉める。


 部屋は想像よりも広い。調度も、華美ではないものの、質のよいものがあつらえられており──部屋の主は結構な重鎮であろうということがうかがえる。


「アシディアルと申します。お初にお目にかかります、マリオン殿」

 その重鎮──アシディアル翁は、長椅子から立ちあがり、歓迎の意を示すように、教団の作法であろう辞儀をする。


「リムステッラの巡察使、マリオン・アルダと申します」

 私は騎士の辞儀を返して──アシディアル翁にうながされて、長椅子に腰をおろす。


「ご来訪をお待ちしておりました」

 アシディアル翁のその言葉のとおり、テーブルにはすでに茶器が用意されている。

「世間では、冥府の茶などと呼ばれて珍重されておりますが──何、単に火吹山の麓でしか採れぬというだけのこと。現世の茶ですので、ご安心ください」

 そう言って、アシディアル翁は、私を安心させるためであろう、茶器を手にして、先に口をつける。


 そうまでされては、儀礼上、茶を飲まぬわけにもいくまい。私はうながされるまま、茶器に手を伸ばす──が、ここは、()()教団の本拠地なのである。考えなしに口にするわけにもいかぬであろう。


「それでは──」

 と、私は茶器をとり、その香りを楽しむ振りをしながら、わずかに指先を茶に浸し──その指をフィーリでぬぐう。

「毒ではありません」

 旅具のその判定を待って──私はようやく茶に口をつける。


 苦い──本当に毒ではないのか、とフィーリの所見を疑いたくなるほどに、苦い。アシディアル翁は平気な顔で飲んでいるのであるからして、特別に苦いものというわけでもないのかもしれぬが──私には大人の味にすぎる。早々に飲みほすことをあきらめる。


「ところで──どうして、私のことを?」

 私は茶器をテーブルに置いて、アシディアル翁に尋ねる。


 何故、私のことを知っているのか──その理由に、心当たりはある。私は、これまでに二度、教団の目論見を阻止している。一度目は百貌によるウルスラの暗殺、二度目は絶影による私自身の暗殺──となれば、教団の暗殺対象として、私の存在がアシディアル翁に知られていたとしても、不思議はない。そう考えて、身構えていたのであるが──。


「実を言えば、マリオン殿がリムステッラの巡察使であることは、今しがた知りました」

 アシディアル翁は、からからと笑いながら、そう答える。

「先般、イオスティより使いがまいりましてな。冥府の試練に挑戦するものがおるから、よしなに頼む、と」


 その言葉を素直に信じるならば、アシディアル翁は暗殺業に関与しておらず、私のこともイオスティ王の使いより聞いて初めて知ったということになろうが──まだ、信ずるには足らぬ。


「よしなに、ということは──ご協力いただけるのですか?」

「ええ、我らの協力がなければ、試練に挑むこともままならぬでしょうから──」

 私の問いに、アシディアル翁は想定外の答えを返す。

「冥府の入口は、神殿の最奥にございますので」

「──え?」

 アシディアル翁の言に、私は少なからず驚く。冥府の入口は、火吹山にあるのではなかったか──私は、情報の出どころたるフィーリを指で弾く。

「私も正確な位置を知っているわけではございませんので」

 あしからず、と旅具は無責任に結ぶ。


「聖域ゆえ、本来であれば、人の立ち入りはご遠慮いただいているところですが──イオスティの紹介とあらば、断るわけにもまいりません」

 アシディアル翁は、苦笑しながらも、聖域への立ち入りを許してくれる。


 冥府の入口が、正しくは教団の聖域とやらにあるのだとすれば──まずアシディアル翁を訪ねたことには、先見の明があったといえよう。


「今からでも試練に挑むおつもりですか?」

「いいえ──少し身体を休めてからにしたいと思います」

 アシディアル翁の問いに首を振って──また後日あらためて、と続けようとしたところで、ふと思いつく。


「あ、でも──よろしければ、まずその聖域を見せていただくことはできますか?」

 私の提案に、アシディアル翁は、もちろん、と頷いて。

「それでは、先のものに案内させますので、お仲間にはお待ちいただいて、聖域をご覧になっていってください」

 言って、アシディアル翁は、話は終わりとばかりに、茶をぐいと飲みほす。


「あのう──」

 と、私は思わず、立ちあがりかけたアシディアル翁に声をかける。

「ちょっとお答えしづらいことかもしれないんですが──」


 このようなことを尋ねる機会など、もう二度とないかもしれぬ。相手を怒らせることになるやもしれぬが──それでも聞いてみる価値はあろう、と決意する。


「──拝死教団が暗殺を請け負っているという噂は、事実なのでしょうか?」

 私の問いに、アシディアル翁の笑顔が凍りつく。


「拝死教団に、死を司る機関──()()があるのは事実です」

 アシディアル翁は、再び長椅子に腰をおろし、その長い髭をもてあそびながら続ける。

「告死は、教団の一部というよりは、独立した機関でして、私もその存在の全貌を知らぬのです」


 アシディアル翁の語るところによると、告死とは目に見える組織ではなく、そこに属する個々人の間で緩くつながる共同体のようなものなのであるという。その全貌を知るものは、告死を司る長のみであり、それ以外のものは、誰が告死であるかも知らぬ──すぐそばにいる信徒が告死であってもわからぬというのであるからして、徹底した情報の統制が敷かれているのであろう、と思う。そういう組織であるならば、アシディアル翁が私を暗殺の対象とみなさなかったことにも納得がいく。私はいくらか警戒を解いて、アシディアル翁の話に耳を傾ける。


「私も、告死の教義のすべてを是としておるわけではありません」

 アシディアル翁は、苦悩もあらわに、そう続けて。

「しかし、誤解なきよう、これだけは申しあげておきます。告死は、誰彼かまわず殺しているわけではございません。告死の教義にもとづいて、悪のみを屠っておるのです」

 と、心苦しそうに結ぶ。


 アシディアル翁が、本心からそう信じているのか、それともそう信じたいだけなのかはわからない。しかし──告死とやらは、ウルスラを暗殺せんと百貌を差し向けたのである。ウルスラのような少女を悪と断ずる教義であれば、その正当性もあやしいものであろう、と私は再び気を引きしめる。

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死を告げる…とはまたなんとも言い得て妙な組織名ですね。 告げられる方はたまったものではありませんが…
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