5
硬質的な音をたてて、オルテスの剣が宙に舞う。
「──嘘!?」
まさか、あの必殺の一撃が弾かれるとは思ってもおらず、私は慌てて頭目を見やる。もしや、頭巾の下に聖鋼の兜でもかぶっていたのであろうか、と目を凝らす──と、斬られた頭巾の下から現れ出でたのは、想像だにしていなかった、しかし見覚えのある──仮面であった。
「──操具!?」
私は驚愕の声をあげる。
そう──それは見紛うことなく、クラウディレの仮面卿の身に着けていた仮面──操具である。見れば、頭目だけでなく、手練れの黒騎士は皆、操具を身に着けており──複数の仮面卿を相手にするとなると、いかなオルテスらといえども、手には負えまい、と思う。
「これは──ちょっと、勇者様、まずいんじゃない?」
私の視線の先──オルテスは立ち尽くす。宙に舞った剣は、彼の目の前に落ちているのであるが、それを拾うこともできずに、呆然と頭目に相対している。
私は弓を構えて、頭目の仮面に狙いをさだめる。
「やらんのか?」
すぐに矢を放たぬ私に、黒鉄が疑問の声をあげる。
「うん──勇者様のご登場みたいだから」
答えて──私は迷った末に、弓をおろす
オルテスと頭目の間に割って入ったのは──赤剣を構えるロレッタである。彼女の剣先はわずかに震えているのであるが、それでもなお退くことなく、頭目と対峙する。
「これは──ちと面白いのう」
黒鉄は髭をもてあそびながら、言葉のとおり、楽しそうに笑う。
「手伝ってあげて」
「任せい」
私の頼みに答えて、黒鉄は巨人の斧を肩にかついで、ゆるりと戦場に向かう。
ロレッタは、頭目に向けていた赤剣を──おもむろに大地に突きたてて。
「おじさん! ちゃんとみんなを守ってよ!」
アフィエンに向けて叫んだかと思うと、その応えも待たずに、きっと頭目をにらみつける。
『轟雷よ!』
唱えると、ロレッタを中心にして、雷がほとばしる。
雷は彼女の周囲の黒騎士どもを焼き、その奔流はオルテスらにまで迫る──ように思えたのであるが、それを魔法の障壁が阻む。
背理の障壁──アフィエンによるものであろう、何ものをも拒む障壁が、オルテスらを守っている。力ある言葉もなく、これほど多くの障壁を展開してみせるとは──その飄々とした態度から忘れてしまいがちであるが、あらためて大魔法使いであることを実感させられる。
「ロレッタ! 操具には、魔法は効きづらいぞ!」
今までどこにいたのやら、いつのまにかアフィエンは私の隣に立っており、ロレッタに向けて叫ぶ。その言葉のとおり、操具を身に着けた頭目は、雷をものともせず、ロレッタに迫る。
「雷は効かなくとも──これならどう?」
ロレッタの指が糸を弾いて──頭目の動きが止まる。
「──うまい」
私は思わずつぶやく。
ロレッタは、轟雷を放った直後、戦場に魔法の糸をはりめぐらせたのであろう。その糸にからめとられて、頭目はわずかに動きを止めて──しかし、すぐに操具による剛力で縛めから逃れて、再びロレッタに迫る。
「遅い!」
ロレッタは、そのわずかな隙に、すでに赤剣を振りおろしている。
頭目は、その振りおろしを打ち落とさん、と赤剣を狙うのであるが──さすがに神具が相手では分がわるい。頭目の剣は、赤剣に触れただけで、半ばから折れて、行き場を失い──赤剣は、無防備の頭目を、その操具ごと、いともたやすく両断する。
「一人!」
数えて、ロレッタは他の黒騎士を探す。操具を身に着けた黒騎士は、今しがた彼女の屠った頭目をあわせて──三人。
「ロレッタ! 次、行くぞ!」
黒鉄が吠えて──見れば、不倒のドワーフは、倒れた女戦士をかばうように、操具を身に着けた黒騎士と対峙している。
女戦士は、かなりの手練れのはずであるのだが、さすがに操具には敵わなかったものとみえて、傷だらけで地に伏している。息はあるようだから、致命傷は避けているのであろうが──やはり戦場で肌を露出するものではないなあ、と思う程度には、切傷が残っている。
黒鉄は、まるで棍でも扱うかのように斧を振りまわして、黒騎士に打ちつける。黒騎士は、操具の力であろう、一合、二合、と耐えてみせるのであるが──途切れることなく襲いくる斧の連撃に、やがて剣は折れ、鎧はひしゃげて、しまいには吹き飛ばされて、ロレッタの足もとに転がる。
「二人!」
ロレッタは、叫ぶと同時に赤剣を振りおろして──なおも起きあがろうとしていた黒騎士の操具を両断する。
操具を壊せるのは、旅神の弓と赤剣くらいのものであろうから、止めをロレッタに任せるという黒鉄の判断は正しい。
二人の連携を目の当たりにした絶影は、なるほど、と得心したようで──外壁から離れたかと思うと、放たれた矢のように駆けて。
「姐さん! こいつも頼まあ!」
言って、操具を身に着けたもう一人の黒騎士に向かう。
絶影は、まさに斬りつけられんとする騎士崩れの冒険者を突き飛ばし、代わりにその剣の前に身をさらす。眼前に迫りくるは、操具による達人の一撃──しかし、それを迎え撃つ絶影も、私が舌を巻くほどの達人である。
絶影は、その神速の一撃を、何と剣の腹に手をあてて払い──そのまま無防備となった黒騎士の懐に潜り込んで、透しを放つ。それは、狙いすまされた精妙な一撃であり──黒騎士は、あやまたずロレッタの待ち構える先に吹き飛ぶ。
「三人!」
ロレッタは、飛来する黒騎士に向けて、中空で赤剣を振るい、操具ごとその身体を両断する。わかたれた身体は、ロレッタの左右に落ちて、どう、と音をたてて──戦場に静寂が訪れる。
「──終わった?」
剣戟の音が止んだからであろう、門をわずかに開いて、年若の衛兵がおそるおそる顔を出す。
「終わったよ」
言って、私は前がよく見えるよう場所を譲り、衛兵の背を押す。
彼は見たであろう。月明りの下、神剣を血振るいして鞘におさめる、勇者の神々しい姿を。
「──おお」
そして、彼は語り継ぐであろう。この長き夜の結末を。
衛兵は、皆に勝利を告げるためであろう、踵を返して街に戻る。彼の報を受ければ、黒騎士の襲撃に脅える住人も、巡礼者も、心を安んじて眠ることができるであろう──エレグヌスの長い夜は、ようやく終わったのである。




