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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第33話 勇者

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4

 アフィエンに乞われて、私たちはしばしエレグヌスにとどまることを決める。


 アフィエン曰く、黒騎士の襲撃があるのは間違いないから、それに備えてほしいとのことで──その程度であれば、勇者一行だけでも撃退できるであろうし、何より大魔法使いたるアフィエンがついているのであるからして、私たちがおらずとも何の心配もなかろうに、と思うのであるが。


「目立つのはブルムの担当でなあ。俺としては、あまり目立つことはしたくないのだ」

 隠者たるアフィエンとしては、自らの力を行使することなく、危機を回避したいということで──そのためには、勇者一行だけでなく、ロレッタの力も借りておきたいというのが本音のところのようである。


「仕方ないなあ」

 ロレッタはといえば、アフィエンに頼られるなど初めてのことであるらしく、まんまとやる気になっているのであるが──ま、件の黒騎士の企みが気になるのも事実ではある。


「でも、あたしたちも先を急ぐ身なんだから、そんなにゆっくりはしてられないからね」

「そんなにゆっくりにはならん」

 ロレッタの心配をよそに、アフィエンは自信たっぷりに続ける。

「俺を誰だと思うておる」


 そこまで言うなら、と私たちは、ようやく腰を落ち着けていた老女将を呼んで──たいそう大きな舌打ちが返ってきたのは、言うまでもあるまい──二階の部屋をいくつか借りることにする。



 深夜──私たちは、アフィエンの忠告により、眠らずにいる。二階の一室に皆で集まり、窓の鎧戸を開けて、暗い通りを見下ろしている。通りを行くものに気取られぬよう──と言っても、たまに酔漢が歩いているだけである──部屋の灯りも消しているのであるが、夫婦月も出ており、見張りに苦はない。


 やがて、月が雲に隠れて、いくらか夜の闇が濃くなったところで。

「──妙だな」

 絶影が声をあげて。

「どうしたの?」

「こんな夜更けに、巡礼者が街を歩くか?」

 絶影の言に、通りの隅を見れば──確かに、巡礼服をまとった男が歩いている。深夜であるから、ほぼ人通りなどないというのに、男は人目を気にするように周囲を警戒しており──あやしいこと、この上ない。


「ロレッタ」

「あいよう」

 私の声に応えて、ロレッタが魔法の糸を紡ぎ出す。不可視の糸は、あやしげな巡礼者に忍び寄り、その動向を感知している──はずである。


「どう?」

「街の門に向かってる──と思う」

 私の問いに、ロレッタは目を閉じたまま答える。


「あやしい動きをしたら、ふん縛って」

「もう縛ったよ」


 ロレッタによると、あやしげな巡礼者は、人目を避けて門に向かい、門を守る衛兵に背後から襲いかかろうとしたとのことで。


「あのおっさんの言うとおり──巡礼者になりすまして、街の内から門を開いて、略奪しようって腹みたいだなあ」

 絶影の言に──大魔法使いをおっさん呼ばわりとは、いかがなものかと思わないでもないが──皆が頷く。


 アフィエンの読みのとおり、街には巡礼者になりすました野盗──いや、黒騎士が潜り込んでいるのであろう。奴らは衛兵に襲いかかり、内から門を開こうというのであるからして、潜り込んだ偽巡礼者も一人だけということはあるまい。


「おじさん──動き出したみたい!」

 ロレッタは、あらかじめつないでおいた糸を通して、アフィエンに語りかける。

「言うたであろう、俺を誰だと──」

「それはいいから!」

 自慢げに語るアフィエンの言葉を、ロレッタが遮る。


「では──()()()どおりに」

 アフィエンは厳かに告げるのであるが──その声音が、いくらか落ち込んでいるように聞こえたのは、おそらく気のせいではあるまい。



 私たちは、ロレッタの糸を頼りに、街に入り込んだ偽巡礼者──黒騎士を屠っていく。黒騎士の主力は、街の外に展開する部隊の方であろうが、街の内と呼応されてはかなわぬから、優先すべきはこちらの方という判断である。


「街の外は大丈夫かなあ」

 ロレッタは不安そうに街の外壁を見やる。

「アフィエンおじさんが勇者様ご一行を連れて迎え撃ってるはずでしょ」

「そうなんだけどさあ」

 私の言葉でも、ロレッタの不安は払拭されぬようで──ま、それも無理からぬことであろう、と思う。


 街の内に潜んだ偽巡礼者が門を開いて、そこから一気呵成になだれ込むという黒騎士の目論見は阻止したものの──敵の本隊はすぐそばまで迫っている。時折、外壁を越えて飛来する火矢が、木造の家屋を焼いて──街のものは逃げまどい、幼子の泣き声は、さらに大きな悲鳴によって、かき消されているような有様なのである。


「敵の本隊は、まだ街には入ってきていない。私たちが勇者一行に合流すれば、街に侵入なんてさせやしない。黒鉄も絶影もいるんだから」

 私は諭すように言って──それで、ロレッタもいくらか落ち着いたようで。

「あ、その裏通りに一人」

 彼女は次の獲物の居場所を告げて、絶影がそれに応える。


「おいおい、姐さんはともかく、マリオンは働けよ」

 絶影は、壁際に追い詰めた偽巡礼者に透しを放ちながら、不満げな声をあげる。


 確かに──先から偽巡礼者に止めを刺しているのは、黒鉄と絶影ばかりなのであるからして、その不満も理解できなくはないのであるが──それはそれとして聞き捨てならぬ。


「姐さんはともかく──って、ロレッタにだけ甘くない? 何なの? 美人だから贔屓してるの?」

 私がずいと顔を寄せて迫ると、絶影は気圧されたように後ずさる。


「マリオンや旦那にくらべりゃ、腕に不安があるからだろが!」

「そうだよう、あたしはみんなほど強くないんだから──あ、通りの奥にもう一人」

 絶影の言に、ロレッタは頷きながら、新たな獲物の居場所を告げる。


「それはのう──あまり気にせんでよいぞ」

 黒鉄は、いつぞやのロレッタの獅子奮迅の働きを思い起こしているのであろう、遠い目でつぶやいて──つぶやきながらも、巨人の斧を振るい、通りの奥に潜んでいた偽巡礼者を屠る。


「え、何でだよ。危ねえだろ」

「何ででも」

 絶影って、存外にいいやつなんだよなあ、と苦笑しながら──私たちはロレッタの案内で、次の獲物に向かう。



 私たちは、あらかたの偽巡礼者を片づけて、街の門を目指す。


 通りには、突然の襲撃に逃げまどう住人、巡礼者があふれており、すれ違うものは皆、恐慌をきたしている。彼らが目指しているのは、門とは逆──おそらく、街の中心に建つ冥神の教会であろう、と思う。他の建物に比すると、いくらか頑丈であろうし、襲撃者の信仰心いかんでは、教会を打ち壊してまでの略奪は思いとどまるやもしれぬ──という淡い期待でもあるのかもしれぬが、それは楽観がすぎよう。相手は黒騎士──どんな魂胆があってエレグヌスを襲うやらわからぬからには、相手に期待する余地などあるまい。皆を守るためには、やられる前にやるしかないのである。


 門に近づくにつれて、すれ違うものも減り──代わりに、私たちと同じく門を目指す衛兵の数が増える。

「おお! 旅の冒険者たちか!」

 と、衛兵の長であろうか、一際立派な兜をかぶった男が、私たちに並んで、声をかける。

「そのようなもんじゃ! 助太刀するゆえ、指示をくれい!」

「──かたじけない!」

 黒鉄と男──隊長は、並走しながら続ける。


「門が破られたら終わりだ──俺に続いて、門を頼む」

 隊長は、言いにくそうに、しかし覚悟をもって告げる。つまるところ、一緒に死んでくれ、と言っているのと同義なのであるが。

「儂らが行く──ぬしが死んだら、衛兵を指揮するものがおるまい」

 黒鉄は隊長に下がるよううながす。別に死を決意したわけではない。私たちであれば、黒騎士どもに後れをとることはあるまい、という判断である。


「──恩に着る」

 私たちは、隊長に見送られて、門をくぐって──最後尾のロレッタが門を出ると同時に、扉は音をたてて閉じる。中から(かんぬき)をかける音がして、これでひとまずは安心──と、言いたいところではあるが、辺境の小さな街の門など、大したものではない。私たちがやられてしまえば、門が破られるのも時間の問題であろう、と思う。


 門の外では、すでに小競り合いがあったようで、敵味方を問わず、いくつかの死体が転がっている。見れば、街に攻め入らんとする黒騎士と相対するのは、オルテス率いる傭兵団である。


「我が名はオルテス!」

 オルテスは、自身に襲いかかる黒騎士を、一刀のもとに斬り捨てて──そのまま剣を高く掲げて、名乗りをあげる。

「死を覚悟したものから、かかってくるがよい!」

 オルテスは吠えて──単身、黒騎士の群れに飛び込む。

「勇者殿に続け!」

 叫んで、それに続くのは、見覚えのある女戦士である。傭兵団は、彼女の声に応えるように(とき)の声をあげて──両軍は正面からぶつかりあう。


「さあて、お手並み拝見といこうじゃないか」

 絶影は楽しそうにつぶやいて、街の外壁に寄りかかる。どうやら働く気はないらしい。

「ほう、やるのう」

 黒鉄が声をあげて──私は戦場に視線を戻す。


 見れば、オルテスの後ろには、黒騎士の骸で道ができている。オルテスの前に立ちはだかる黒騎士にも、それなりの使い手はいるように見えるというのに、彼らは二合と打ち合うこともできずに、斬り伏せられていくのである。


「おお」

 私は思わず感嘆の声をあげて、オルテスの業前が本物であることを認める。さすがにアルグスや絶影には及ばぬであろうが、それでも達人であると評するに足る剣の冴えである。


 しかし、敵もさるもの、幾人かは手練れが混ざっているようで、そのうちの一人──黒い頭巾と外套に身を包んだ大柄の男が、オルテスの剣を受け止める。男は、そのまま数合切り結び──オルテスの意識が剣に向いたところで、彼の腹を蹴り飛ばす。オルテスは地を転がり、しかしそのまま立ちあがって、男に向けて剣を構える。


「お頭! お頭!」

 オルテスの不利を見て、黒騎士どもは黒ずくめの男を囃したてる。その様からするに、男は黒騎士の頭目なのであろうが──それはそれとして、黒騎士どもよ、もとは騎士であろうに、すっかり野盗が板についてしまって。


「手練れは僕らに任せて──皆は他の野盗の相手を!」

 叫びながらも、オルテスは頭目から目を離さない。


 見れば、オルテスの相対する頭目以外にも、幾人かの黒ずくめの手練れがいる。彼らと対峙するのは、傭兵団の実力者であろう女戦士と騎士崩れの冒険者である。


「あたしたちは──?」

 どうすればいいの、とロレッタがつぶやいて──そのつぶやきが聞こえたわけでもあるまいが、オルテスは黒鉄に向けても叫ぶ。


「君たちは街を守ってくれたまえ!」

「心得た!」

 返して、黒鉄は門の前に立ちふさがるようにして、巨人の斧を構える。


 傭兵団は、先までとは打って変わって、劣勢に立たされる。オルテスらが手練れとの戦いに専念していること──何よりも、オルテスの指揮が失われたことが大きいのであろう、今や傭兵団は烏合の衆と化している。


 傭兵団の討ちもらした黒騎士の一団が、門を開かんと迫りくる。私とロレッタは、黒鉄の邪魔にならぬように、その後ろに隠れて。

「ぬうん!」

 吠えて、一閃──黒鉄は一振りで黒騎士の一団を両断する。


「旦那が討ちもらしたら、ちっとは働くつもりだったんだけどよ」

 絶影がつまらなさそうにつぶやいて。

「いらなさそうだねえ」

 私がそう返す間にも、黒鉄は斧を振って、黒騎士どもを屠っている。

「ええ、ほんとにい?」

 と、ロレッタだけが、いまいち安心しきれぬ様子で、おっかなびっくり赤剣を構えている。


「お──決まりそうだぞ」

 絶影が声をあげて──私はオルテスと頭目の戦況に目をやる。


 絶影の言とは裏腹に、オルテスと頭目の業前は拮抗している──ように見える。オルテスの巧みな牽制に幻惑された頭目は、しかし極端に間合いを詰めて体当たりをすることで危機を脱する。オルテスの方が剣による牽制が巧みで、頭目の方が戦いの幅が広い。そう見立てていたのであるが──どうやら絶影の方が正しかったことを知ることになる。


 オルテスは、先と同じく剣を小刻みに動かして、頭目を幻惑する。頭目はその動きにつられて隙をつくらされて、オルテスに打ち込ませまいと間合いを詰める。ここまでは先のとおりである──が、どうやらオルテスはそれを読んでおり、体をかわして頭目の側面にまわり、高々と跳躍する。


「おおお!」

 オルテスは、裂帛の気合いとともに、頭目に剣を振りおろす。


 それは必殺の一撃である。勇者の再来という評も、あながち間違いではないな、と納得するほどの一振りで──私は戦いの終結を確信する。

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