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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第33話 勇者

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227/311

3

「──ロレッタ!?」


 頭巾から現れたのは、見た目には壮年くらいの、髭面の男である。男は立ちあがり、ロレッタに駆け寄ったかと思うと、まるで父親が娘にそうするように抱擁する。


「ロレッタ! 久しいなあ!」

「おじさん、痛い──というか、髭が痛い!」

 男はロレッタに頬をすり寄せて──頬と一緒に髭もすり寄せたからであろう、ロレッタは悲鳴をあげる。

「おお、すまん、すまん」

 男はロレッタを放して、笑いながら詫びる。


「アフィエ()、知り合いかい?」

 オルテスは男に親しげに問いながら、ロレッタにはとろけるような笑顔を見せる。

「ああ、親友の娘でな。ちと席を外してもかまわんかな?」

「もちろんさ」


 オルテスの許可を得て、男は私たちのテーブルに席を移る。

「俺は──もう帰るところだからよ」

 赤ら顔は、気を利かせてくれたのであろうか、席を空けて、老女将に勘定を告げる。


「ロレッタのご友人かな?」

 男は私たちを品定めするように眺めて。

「俺はロレッタの保護者の一人──アフィエ()と申す」

 と、私の知るものとは異なる名を名乗る。


「何それ、偽名?」

「ま、念のためな」

 ロレッタと男とは、本当に家族のようなものなのであろう。

「家にいなかったから、会えないかと思ったよ」

「隠者の庵と言えい」

 二人は気安い会話を続けて──私たちの中で最年長であるはずのロレッタが、いくらか幼く見えて微笑ましい。


「あのう──」

 私は二人の会話に割って入り、もっとも気になっているところを問いただす。

「大魔法使い、アフィエン──さん?」

「──然り」

 男──アフィエンは頷いて、大魔法使いという二つ名には似つかわしくない、軽薄な笑みを浮かべる。


「俺のことを知りおるとは──さぞや長い旅路を経て、ここまでたどりついたのであろう」

 アフィエンは、わかっておるぞ、と頷きながら、勝手なことを言う。

「そんな大仰な」

「何を言う──俺の名を知るものなど、現世にそうはおらんぞ」

 ロレッタは笑い飛ばすのであるが、アフィエンは真面目な顔で返す。大魔法使いたる彼がそう言うのであれば、あるいはそうなのやもしれぬが──いまいち大業をなしとげたという実感はない。



 私たちは、ロレッタとアフィエンの再会を祝して、老女将に料理を注文する。


 料理を待つ間、私たちはアフィエンの話──具体的には、ロレッタの幼い頃の恥ずかしい話である──を肴に葡萄酒を味わう。葡萄酒は濃厚で、果実味が強く、さらには甘みも強調されており、私であっても飲みやすい。その味わいには深みがあり、連綿と受け継がれてきた伝統のようなものを感じるのであるからして、このあたりでは古くから葡萄酒づくりが盛んなのであろう、と思う。拝死教では酒は禁じられているというが、これほど上質な葡萄酒が出まわっているのであれば、厳格に戒律を守るのも難しかろう、と信徒にいくらか同情する。


「──あいよ」

 そうこうしているうちに、老女将がやってきて、大皿をテーブルに置く。

「おお、待ちわびたぞ!」

「赤毛の坊主のせいで、注文が重なってんだよ。文句があるなら、坊主に言いな」

 黒鉄の歓喜の声に、老女将が水を浴びせる。


 神代の化物にも屈せぬ黒鉄も、老女将には言い返す気にならぬようで、渋面のまま口を結ぶ。勇者の再来たるオルテスも、老女将にかかっては赤毛の坊主になりさがるのであるからして、この酒場で老婆に逆らうことのできるものなどいないのであろう、と思う。


「これはな、こうして食べるのだ」

 アフィエンは、大皿に盛られた肉の串焼きを、薄いパンのようなもので押さえる。そうして、櫛を引き抜いて、そのままパンで肉を挟んで、口に運ぶ。私はそれを真似て、パンで肉を挟んで口に入れて──初めて、それが挽肉を練ったものであることに気づく。羊肉の挽肉であろうか、私の知らぬ香辛料を混ぜ込んだと思しきそれは、慣れぬ味ではあるものの、パンに挟むと食べやすく、何とも言えぬ後味が尾を引く。


 私たちは、瞬く間に料理を食べ尽くして、追加を注文する。

「立て込んでるからね、少し待ちな」

 老女将は舌打ちしながら注文を受けて、私たちは神妙な顔で何度も頷く。老婆が去るや、私たちは緊張の糸が切れたようにいっせいに息をついて──それが何ともおかしくて、皆で笑いあう。


 私たちは、料理を待つ間、葡萄酒を片手に、再び語らう。

「しかし──見違えたな。ブルムに聞いたとおりだ」

 アフィエンはロレッタをみつめて、感慨深そうにつぶやく。

「親父に会ったの?」

「ああ──ナタンシュラが墜ちた後にな」


 アフィエンによると、彼とブルムとは定期的に顔をあわせているのだという。空中都市ナタンシュラが墜ちた折、すわ何事かと北壁に転移すると、いつもと変わらず茶を飲んでいたブルムは、ロレッタがやった、とうそぶいていたそうな。勝手なことを。


「そも、ブルムを北壁まで転移させたのも俺よ」

 アフィエンは、ふふん、と鼻を鳴らして、誇らしげに語る。


 勇者ブルムを北壁に転移させて、おそらくはナタンシュラに訪れる危機に備えていたのであろうが──そう考えてみると、一つの疑問がわいてくる。


「親父とおじさんは──いったい何をしているの?」

 ロレッタも同じ疑問を抱いたのであろう、覚悟を決めたようにアフィエンをみつめて、真摯に問う。


 アフィエンは、そんな彼女の頭を愛おしそうになでて。

「ロレッタも一端(いっぱし)になったというからな、そろそろ話してもいい頃合だろう」

 と、酒杯をテーブルに置いて、おもむろに口を開く。


 アフィエンの語るところによると、古より勇者ブルム一行は、まつろわぬ異神や、それに準ずる神ごときものを鎮めるために、世界を旅していたのだという。言わば、調停者のようなもの、とはアフィエンの談である。


「多くのものと死に別れた。もはや生きているものは、ブルムと俺くらいのものだろう」

「──()()にもおりますよ」

 と、不意に割って入ったのは──私の胸もとのフィーリである。


「何と!? おぬし、フィーリか!?」

 アフィエンは驚愕に目を見開いて、私の胸もとに顔を寄せる。近い。

「親友の娘だけでなく、かつての友にも出会えようとは──ということは、こちらのお嬢さんがエルディナの末か!」

 アフィエンは、今度は私に、ずいと身を寄せて。

「よく見れば、気づかなかったのが不思議なくらいによう似ておる」

 私の顔を、しげしげとのぞき込む


 眺められるだけならかまわないのであるが、先のロレッタのごとく髭をすり寄せられてはかなわないから、と私は若干身を引きながら、アフィエンに尋ねる。


「フィーリのことをご存知なんですか?」

「ご存知も何も、エルディナとフィーリは、一時ではあるが、旅の仲間であったのだ」

 アフィエンは懐かしそうにそう語るのであるが──初耳である。そういうことは話しておいてよ、と旅具を指で弾く。


「レフスクル、エルディナ、エヴァリエル──皆、懐かしい名よ」

 アフィエンは遠い目でつぶやいて──私をそのつぶやきに覚えのある名を聞く。

「エヴァリエル殿は、ご存命でしたよ」

「何と!?」

 フィーリの言葉に、アフィエンは再び驚愕の声をあげて。

「エヴァリエルも相当な婆さんだろうに、まだ剣を振るっているとはなあ」

 自らの長命を棚にあげて、あきれるように続ける。

「もう千年は死にそうにないくらいに元気じゃったぞ」

 言って、黒鉄は剣聖エヴァリエルに斬られた腹を押さえて、苦い顔をする。


「すまん──話がそれたな」

 アフィエンは話を本筋に戻して、再び自らのなしてきたことを語り始める。

「俺とブルムは、多くの仲間たちと、ずいぶんと長い間、旅を続けて、数々の脅威に立ち向かってきてな──その甲斐あって、()()()()の脅威は去った」

「──ほとんど?」

 わざわざ「ほとんど」と断るアフィエンに、私は思わず聞き返す。アフィエンは、よく気づいたと言わんばかりに片目をつぶってみせて、もったいぶりながら続ける。


「残る脅威は、三つ」

 アフィエンは、三本の指を立てて。

「まずは──魔神」

 言って、指を一つ折る。


 魔神──異界からの侵略者たる悪魔の、さらに上位種である魔神は、確かに脅威であるといえよう。ゆえに、アフィエンはブルムを北壁に送り、奴らの狙うナタンシュラを監視させていたということなのであろう、と思う。


「しかし、この脅威については、ぬしらの活躍もあって、今は差し迫ったものではない」


 そう──異界の神を呼び出して、この世界を蹂躙せんとする魔神王の策謀は、ロレッタによって打ち砕かれたのである。


「残るは──()()()()よ」

 アフィエンは残る二本の指を揺らしながら続ける。


「ブルムには、まつろわぬ異神たる聖神の動向を見張るため、エルラフィデスに出向いてもろうておる」

 聖神──それは、幾度となくその名を耳にした異神の一柱である。自らの使徒たる魔人を操り、何やらよからぬ策謀をめぐらせているようではあるが──ブルムが見張っているとなれば安心であろう、と思う。となると、残る冥神を見張るものこそが、目の前に座すアフィエンということなのであろう、と納得する──が。


「脅威って──冥神も?」

 黙って話を聞いていたロレッタが、疑問の声をあげる。

「冥神は旧神なんだから、まつろわぬ異神のような脅威にはならないんじゃないの?」

「言うとおり、冥神自体が脅威というわけではない。旧神は世界を愛しておるからな」

 ロレッタの疑問に、アフィエンは、よく知っておるなあ、と子煩悩な親のように返しながら続ける。


「ただ、冥神との契約により呼び出される死者の軍勢──あれは、非常に()()()

 アフィエンは眉根を寄せながら、苦い顔をする。

「死者の軍勢っていうと、覇王が東方を征服するために呼び出したっていう──」

「本来はそんな程度のことに用いるものではない。死者の軍勢であれば──世界すらも征服できようぞ」

 ロレッタの言葉を、アフィエンは強い口調で遮る。


「じゃあ、その死者の軍勢の出現を見張る調停者様が、何だって隠者の庵を出て、こんなところにいるのさ? しかも、勇者一行の一員だなんて」

 ロレッタは自身の発言を遮られて、いくらかむっとしたのであろう、不満げに唇を尖らせる。さらに言えば、大好きなおじさんをオルテスに盗られたようで面白くないのであろうが──その様は、まるでへそを曲げた幼子のようで、何とも微笑ましい。


「すねるな」

 アフィエンは苦笑しながら、ロレッタの額を突いて。

「──近頃、どうもきな臭くてな」

 と、事情を語り始める。


 アフィエンの語るところによると、エレグヌスの近郊では、野盗の類の出没が増えているのだという。戦時であり、かつ前線から遠い地であることを考えると、野盗が増えること自体は理解できぬでもない。


「それに、野盗がエレグヌスを襲う道理も──まあ、ないとは言えぬ」


 アフィエンが言うには、冥神は宝石を好むのだという。拝死教では、宝石には死者の魂が宿ると説かれて、尊ばれているというのであるが──実際のところは、信仰の対象たる冥神の好みによる教義であろう、と彼は語る。

 その教義ゆえに、巡礼者は大なり小なりの宝石をもって、死の都を目指す。それらの宝石を、死の都の祭壇に奉納することで、冥神の覚えめでたく、死後の寵愛が得られると信じられているというわけである。


 なるほど、その宝石を狙うというのであれば、確かに野盗がエレグヌスを襲う道理はある。個々の巡礼者を狙うのは効率がわるくとも、この街を狙えば一気に宝石が手に入るのであるから。


「しかしなあ、このあたりに出没する野盗というのが、ただの野盗ではないのだ」


 アフィエンによると、その野盗は烏合の衆ではないらしい。頭目を中心に組織だって行動しており、略奪だけではない目的があるようにも見えるというのである。


「──()()()

「ほう──知っておるか」

 つぶやいた黒鉄に、アフィエンは感心するように返す。

「黒騎士とは、先頃ひと悶着あってのう」


 黒鉄は、黒騎士と密書の騒動について、アフィエンに話して聞かせる。黒騎士が出没し、手紙を奪っていたこと。それは、戦況を揺るがしかねない密書を奪うためであったこと。密書が届けば、同盟がなり、同盟がなれば、戦が終わる。それを阻止すべく暗躍していたのが黒騎士であろう、と黒鉄が結ぶ。


「ふむ──となると、()()が戦を長引かせようとしておるのかもしれんな」

 黒鉄の話を聞き終えて、アフィエンは顎髭をさすりながらつぶやく。


「誰か──って?」

「──わからぬ」

 ロレッタの問いに、アフィエンは首を振って。

「大魔法使いなのに?」

「大魔法使いとはいえ、神ならぬ身なのでな」

 重ねて問うロレッタに、アフィエンは苦笑でもって返す。


「黒騎士の襲撃に備えて、わざわざ噂の勇者殿ご一行を引き連れてきたのだが──奴らの目的がその程度のことであれば、俺が出張る必要もなかったかもなあ」

 言って、アフィエンは苦笑するのであるが──しかし、本当にそれだけであろうか、と私の胸にはしこりが残る。

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