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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第33話 勇者

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226/311

2

「たぶん──あの酒場だと思う」


 私たちは、先の酒場を後にして──件の勇者様のご尊顔を拝むべく、ロレッタの糸を頼りに、別の酒場の前までたどりつく。

 エレグヌスの東端にある古い酒場──死の舞踏亭は、よく言えば老舗という風情の酒場である。外観からするに、二階は宿──おそらく巡礼宿となっているようであるが、酒場の客層は巡礼者だけではないようで、店からもれる喧噪には、明らかに粗野な響きが混じっている。


「儂好みじゃの」

 言って、黒鉄は、やはり止める間もなく、酒場に足を踏み入れる。


 酒場は満員と言ってよいほどの入りである。一見したところ、空いた席がみつからず、私たちは給仕の案内を待つ。


「マリオン──あれ」

 ロレッタの声に、私は酒場の中心に視線を向けて──その一際大きなテーブルに陣取っている、燃えるような赤毛の青年こそ、勇者の再来と謳われる、オルテスその人であろう、と思う。テーブルには、他にも数人の連れがおり──どうやら勇者ご一行は、酒杯を片手にご歓談のご様子。


 オルテスの隣には、とても女とは思えぬほどに鍛えあげられた戦士が座っている。彼女は勇者の肩を抱きながら、まるでドワーフのように豪快に酒杯をあおっている。

 その向かいでは、女戦士とは対照的に、寡黙な剣士が料理を食している。その食事の作法や所作を見るに、騎士崩れの冒険者かもしれぬ、と思う。

 そして、その騎士崩れの隣では、さらにもう一人──頭巾を目深にかぶった男が、ちびり、と酒杯を傾けている。かろうじて男であることは知れるものの、何を生業(なりわい)とするものやら判然とせず──その体つきからして、戦士ではないであろうということがわかるくらいである。


「あんたら、四人かい?」

 と──酒場をしげしげとのぞく私たちを客とみなして、店の女将であろう老婆──老女将が問う。

「相席でもいいかい」

 老女将は返事も待たずに私たちの背を押して、店の奥のテーブルに追い立てる。

「相席、頼むよ」

 老女将の愛想のない声に応えるように、テーブルの隅の赤ら顔が酒杯を掲げる。


「婆さん、こんなおんぼろ酒場が満員たあ、勇者様々だねえ」

「余計なこと、お言いでないよ!」

 赤ら顔の軽口に、老女将は拳骨で返して。

「おお、痛え」

 赤ら顔はうめきつつも、からからと笑っているのであるからして、あれでも客商売としてなりたっているのであろう。不思議なものである。



 私たちが老女将に葡萄酒を注文して──その酒杯がテーブルに並ぶのを見計らったかのように、勇者オルテスが立ちあがる。

「みんな! 僕らがいることで、店が騒がしくなって、すまない!」

 言いながら、手にした酒杯を高く掲げて。

「お詫びに──今晩の支払いは僕が持とう!」

 高らかに宣言すると同時に、客はわっと歓声をあげる。あちらこちらで注文が飛び交い──そのたびに老女将の拳骨が飛ぶ。


「勇者様、気前いいねえ!」

 次代の勇者たるロレッタが言って、急ぎ酒を飲みほさん、と酒杯をあおる。ロレッタからすれば、勇者を詐称されているようなものであろうに、それでよいのかと思わなくもないのであるが、幸せそうに酒杯をあおる彼女を見るに、それでよいのであろう、とも思う。


「勇者っていうよりは、貴族のお坊ちゃんに見えるけどねえ」

「実際、貴族の次男坊の類であろうのう」

 私の見立てに首肯しながらも、黒鉄はすでに酒杯を空にしており、さっそく追加を注文する。ただ酒となると機敏である。


「まあ、確かに腕は立ちそうではある」

 絶影は、オルテスを品定めするように眺めて、そう評する。

「とはいえ──俺としては、あっちの姉ちゃんの方が気になるがねえ」

 次いで、絶影は女戦士を見やって──私は、だらしなく鼻の下を伸ばす好色漢に、冷たい視線を送る。


 女戦士は、急所を守るように鎧を身に着けているものの、それ以外の部分のほとんどを露出している。つまるところ、鍛えあげられた褐色の肌が、際どいところまであらわになっており──酒場の男どもは、目の保養とばかりに、彼女の肢体に舐めるような視線を這わせているというわけである。とはいえ、女戦士自身は、男どもの下卑た視線に気づいているであろうに、気にするそぶりも見せずに笑っているのであるからして、その豪放さは本物なのであろう、と思う。


「勇者様より強いんじゃねえのかなあ。一戦、手合わせ願いたいもんだねえ」

 絶影は唇を舐めながらつぶやくのであるが。

「どうせ夜の手合わせをお願いしたいとか考えてるんでしょ!」

 ロレッタの指摘は手厳しい。

「考えてねえよ! 姐さんの方が考えてるんじゃねえか!」

「あたしはそんな破廉恥じゃありません!」



 醜い言い争いに発展しそうな二人を放置して──私はフィーリから取り出した花の酒を舐める。

「あんたらも、勇者様のご尊顔を拝みにきたのかい?」

 と、相席の赤ら顔が、私の方に椅子を寄せながら尋ねる。

「そう──噂の勇者様がどんな人なのか見てみたくて」

 素直にそう答えて──私は赤ら顔と酒杯を打ちつける。


「オルテスさんって、何で勇者の再来って呼ばれてるの?」

 私は花の酒をぺろりと舐めて、赤ら顔に尋ねる。

「オルテス様は、もとはこのあたり貴族のご子息だったんだけどねえ──」


 赤ら顔の語るところによると、オルテスは覇王戦争の折に没落した貴族の出なのだという。彼の親兄弟は、新たな支配者となったオレントス王に恭順の意を示して、かつての地位を取り戻すべく、新興貴族に取り入ろうと今も奮闘しているというのであるが──オルテスだけは違った。

 オルテスは、覇王戦争における王権の空白期に、野盗や魔物が増えてしまったことをこそ憂いた。そして、民のため、貴族の務めを果たさんと決意して、その討伐の旅に出たのだという。

 最初のうちは、彼の奮闘は人々の噂にものぼらなかった。しかし、次第にオルテスという若者の活躍が知れ始めると、人々は彼の赤毛にかつての勇者伝説を見るようになった。そうして、彼を慕うものたちが集まり──今や勇者一行は、傭兵団さながらの規模となっているというのである。


「じゃあ、オルテスさんのテーブル以外の、酒場にちらほら見える(いか)つい連中も──」

「オルテス様のご一行さ」

 私の疑問に答えるように、赤ら顔は続ける。へえ、と返しながら、私は周囲を見渡す。なるほど、巡礼宿を兼ねる酒場であるというのに、巡礼者よりも傭兵然とした連中の方が多いのは、そういう理由からであったのか、と納得する。



 私は赤ら顔に礼を述べて、ロレッタに向き直る。彼女は、ようやく言い争いを終えたようで、酷使した喉を酒杯で潤している。

「オルテスさん、どうやら人格者みたいだねえ」

「本物の勇者はそうでもないのにねえ──」

 感心する私に、ロレッタは誰かを思い起こすように続いて──そして、何かに気づいたように、酒杯を置く。


「どうしたの?」

「いや、あの勇者様と話してる頭巾の男、どこかで見たことあるような気が──」

 言いながら、ロレッタは頭巾の男をみつめて、目を細めて。

「──あ!」

 と、不意に大声をあげて立ちあがり──酒場の視線が、いっせいに彼女に集まる。


()()()()!」

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