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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第32話 傾国

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220/311

8

 傾国の魔女。


 フィーリの語るところによると、彼のものは歴史に七たびその名を記し──そして、()()()()()()()()()()()()()のだという。


 あるときは隣国から嫁いだ正妃として、またあるときは王に見初められた村娘として、それぞれに王の寵愛を一身に受けて──そして、いつのまにやら国の実権を奪い、富をほしいままにして、すべてを奪い尽くすと、まるで煙のように姿を消す。


 最初に気づいたのは、画家であったという。


 ある地方貴族の娘の美貌が噂となり、それが都まで届くに至り、王はその肖像を欲して──王命を受けて、国一番の画家が、娘のもとを訪れる。

 彼は老齢の画家である。彼の祖国が滅び、この国に落ちのびた折、その類稀なる画才を認められて、宮廷画家として取り立てられて──以来、多くの絵を王に献上してきたという。


 その熟練の画家の絵筆が、娘の目もとを画布に写しとろうとしたところで、ぴたりと止まる。


 画家は、祖国を滅ぼした村娘の肖像も描いている。その村娘と、目の前の貴族の娘、似ても似つかぬはずの二人の、その目もとだけが──男を虜にするかのような()()()()だけが、どこか似かよっているのである。

 それは、画家の直感にすぎなかった。しかし、画家はその直感に従い、老齢により絵筆が震えると偽って、宮廷画家の職を辞して──逃げるように国を去る。

 画家は、その国が滅びたことを、死の間際に知り──息子に、国を滅ぼしてまわる魔女の存在を知らせる。


 それからというもの、人々は国が滅びるたびに──そこに女の影を見るたびに、その()()()を確かめる。それは、市井のものの戯れであり、仮に女の目もとに共通する特徴が見て取れたとしても、それだけで同一の人物であるという確たる証左にはならない。


 しかし、少なくとも、現存する七枚の絵画に描かれた女たちは──皆、同じ目をしているという。



「私も、二度ほど、彼女を描いたという絵画を目にしたことがあります」

 離宮への道すがら──傾国の魔女について語り終えたフィーリは、そう続ける。


「──似てたの?」

()()()

 私の問いに、フィーリは短く答えて──私は先に王城で見たイヴァ妃の目もとを思い起こす。


 あの、目──淫靡な目は、見るものの心をとろかすような、魔性の目であった。イヴァ妃に見すえられた折、もしもフィーリを身に着けていなければ、私も魅了されていたやもしれぬ、と思い返して、ぶるり、と震える。


「傾国の魔女は、その美貌で七人の王をたぶらかしたと伝えられていますが──イヴァ妃は少なくとも魔法を使うようですから、その武器は美貌だけではないとお考えください」

 フィーリの警告に、皆に緊張が走り──その空気に気圧されるように、ロレッタが、ごくり、と喉を鳴らす。



 離宮は、深い森のそばにある。


 その森は、おそらく王領であり、そこで狩猟を楽しむために、そばに離宮が建てられたのであろう、と思う。しかし、王がイヴァ妃にうつつを抜かして腑抜けて以来、狩猟を目当てに訪れるものも少ないようで──離宮は見るものにどこか寂れた印象を与える。


 私たちは、離宮と森の間に建つ物見の櫓──狩猟のためのものであろう──まできたところで、道をそれて森に身をひそめる。

「ちょっと様子を見てくる」

 言って、私は皆を残して、物見の櫓にのぼる。櫓には見張りもおらず、私は一呼吸の間に上までのぼり詰めて、高所から離宮を見やる。


 離宮は、外観の印象のとおり寂れており、警備も手薄──というよりも、ほとんどおらず、最低限の兵しか詰めていないように見える。警戒すべきは、侍女とともに離宮を訪れている近衛騎士くらいであろう、と判断して──私は、そのわずかな警備の位置を頭に入れて、櫓を下りて、皆のところに戻る。


「まず、私が中に入る」

 私は、皆の顔を見まわしながら、そう告げる。誰からも否やはない。


「私だけで何とかなりそうなら、そうする。でも、皆の助けが必要になりそうなら、合図を送る。合図を送ったら、ロレッタが結界を斬って、皆で中に入って」

 ロレッタの赤剣であれば、斬れぬものなどない。たとえ、イヴァ妃が傾国の魔女であり、その稀代の魔女が結界を張ったのだとしても、赤剣の前には紙切れ同然であろう。


「合図って、どんな?」

「あれを──」

 ロレッタの問いに、私は物見の櫓に向き直り。

「──()()

 と、櫓の上部にはためくオレントスの国旗を指す。


 物見の櫓から離宮が見えるということは、離宮からも櫓が見えるのは道理──であれば、離宮から櫓の旗を射抜くこともできよう。平時であれば不敬にもなろうが、今は射る場所を選んでいる場合ではない。私が射やすく、皆がみつけやすいところとなれば、あの旗がもっとも適しているであろう。



 私は皆に見送られて、離宮を目指す。先に櫓から見たかぎり、警備の兵は、城門と見張り塔に一人ずつ配置されるのみ──であれば、特に策を弄することもない。


 私は木陰を歩きながら、真っすぐに離宮に向かう。特に身を隠すこともない。城門の警備がこちらに気づくと、ことさらに手を振ってみせて、警戒に値しないことを示す。


「お前は──狩人か?」

 警備兵は、私の身なりを見て、詰問する。

「旅の狩人です。見事な森だなあって眺めてたら、こんなところまできてしまって──」

「この森は王領だぞ。何も獲ってはおらんだろうな」

 警備兵は、もしも狩りでもしていようものならただではおかんぞ、と詰め寄るのであるが。

「何も獲ってませんよ。お調べいただいてもかまいませんよ」

 言って、両手を広げてみせると──警備兵はいくらか鼻の下を伸ばす。


「よく見せてみろ」

 警備兵は鼻息も荒く、私の腰のあたりに手を伸ばして──私はよろける振りをしてその手をかわしながら、警備兵の鎧に手をついて──そして、大地を踏み込む。それは、大地を穿つほどの踏み込みではない──が、私はその衝撃を、関節を連動させることで増幅して、身体をねじりながら手のひらにまで伝えて──警備兵の鎧にそっと触れるような掌打を放つ。


 警備兵は吹き飛び──はしない。私は、警備兵が吹き飛ぶ寸前にその手を取っており、投げ技の要領で力の向きを変えて、そのまま地面に転がす。壁に叩きつけられるよりは、音もしていないはずである。


 私は警備兵が意識を失っていることを確認して──見張り塔の警備兵がよそを向いている隙に、城壁を乗り越える。そのまま居館のそばに降り立ち、見張り塔からは死角になる回廊を行く。離宮には警備の巡回をする兵もいないようであるから、堂々と歩けばよい。


「あれ──お嬢ちゃん?」

 と、堂々と歩いているところを呼びとめられて──その聞き覚えのある声に、私の身体は硬直する。


「本当に妙なところで会うもんだねえ」

 言いながら、小人の踊り子グリンデルは、いつぞやのように無垢な笑顔で近づいてくる。


「こんなところで何してるの? 離宮は近衛が警備しているから、兵として駆り出されたってわけじゃなさそうだし──」

 しかし、私は知っている。その笑顔の裏にひそむ、したたかな性根を。

「大丈夫──おいら、口が堅いのが取り柄だからさ」

 グリンデルの満面の笑みに、私は舌打ちで返す。


「あなたこそ、こんなところで何をしてるの?」

 私は懐から財布を出しながら、小憎らしい小人に尋ねる。

「おいらは、お妃様に気に入られちゃってね」

 すごいだろう、と誇らしげに語るグリンデルは、たいそうかわいらしい。


「お妃様、今晩は離宮で過ごすから、こっちで踊りを披露しろって」

 グリンデルのその言葉に、銀貨を探す手が止まる。

「イヴァ妃は──すでに離宮にいる?」

「いやあ、まだ王城じゃないかなあ。夜までに準備を済ませておけって言われたし──」

「ありがと!」

 グリンデルからの情報に礼を述べて──私は懐から取り出した貨幣を、小人に握らせる。


「わお」

 それが金貨であることに気づいたのであろう、グリンデルは歓喜の声をあげて──何やらよくわからぬ律動で踊り始める。

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[一言] 神出鬼没だなぁ… 思わぬところで裏切りそう… 彼?とは裏も表もないですが、 何か信用できない感じが出てますね
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