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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第5話 王都

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2

「リュカは使いに出ていてな。戻りは遅くなるかもしれん」

 爺が相手ですまんな、と先代が快活に笑う。


 二階にある客間に通されて、先代手ずから淹れた茶を口にする。

 商店は、一階は店舗、二階はレーム家の居室、三階は──といっても屋根裏ではあるが──使用人の部屋になっているとのことで、広々としている。豪商とまではいかないにしても、中程度の商人として成功しているようで、いろいろと手広くやっているのだろうなと感心する。

「店舗もあったんですね。行商だけなんだと思ってました」

「もとは行商一本だったらしい」

 自ら淹れた茶を口にして、あっちい、と慌てて吹き冷ましながら、先代が続ける。

「行商で成功して、王都に店を出すことが決まって、店舗のみでやっていこうという声もあったみたいなんだがな。行商で成りあがったのに、辺境の民を見捨てるようなことをしてはならん、と初代が家訓を遺したのさ」

 傑物だね、と先代は他人事のように言う。

「そんなわけで、レーム家では、家を継ぐ前に行商に出ることが義務づけられているというわけだ」

 ありがたや。その初代とやらのおかげで、辺境の民も、いくらか豊かに暮らせるようになったというわけである。辺境を代表して、レーム家の祖に感謝を捧げる。


「あれ?」

 先代の言に、はて、と思い至って尋ねる。

「ということは、リュカさんは、まだ家を継いでない?」

「リュカなんて、まだまだひよっこよ」

 私の疑問を、先代は笑い飛ばす。

「つまり、儂は行商としては先代だが、店舗の方では当代というわけだな。あ、いい。言い直さなくていいぞ。マリオンに先代って呼ばれるの好きだから」

 言って、先代は照れくさそうに笑う。私、爺さん連中には、なぜか好かれるのである。


「祖父さん──リンクスのこと、リュカから聞いたよ」

 惜しいやつを亡くしたもんだ、と先代がつぶやく。

「ありがとうございます」

 先代の弔意に礼を述べる。生前に親交の深かった先代に弔ってもらえて、祖父も浮かばれることだろう。

 しんみりとした沈黙が訪れて、しばし二人でそれに浸る。やがて、静寂を破ったのは──主の意思に従わぬ、私の腹の音だった。先代が盛大に吹き出す。

「使用人に食事を用意させよう」

 笑いをこらえながら、先代が続ける。

「王都までの道のりは大変だったろう。食べたら寝てしまうといい。道中の話は明日ゆっくり聞かせもらうとするよ」


 先代は仕事に戻り、私は客間に用意された食事を、ぺろりとたいらげる。料理は、当世風というやつだろうか、繊細に盛りつけられており、見た目に美しいものであったのだが、私の腹を満たすには頼りない量でもあった。淑女として、料理の追加を要求するのもためらわれて──明日は王都の食べ歩きに出ることにしよう、と固く決意する。

 使用人に案内された寝室は、客用のものとのことだったが、私にとってみれば家の主の部屋とも思えるほどに豪勢で、やはり手堅く稼いでいるのだなあ、とレーム家の商才に感心する。

 着ていた服を脱いで、壁の突起にかけて、肌着でベッドに潜り込む。伯爵の城のベッドには及ばないとしても、やわらかいベッドで眠るのは久しぶりで──私はとけるように眠りに落ちた。



 深夜。


 草木も眠るような静寂に混じる、かすかな響き──家鳴りではない、かすかに家のきしむ音で目が覚める。

 寝ぼけまなこで気配を探ると、誰かが家に入ってきたのがわかる。侵入というわけではない。別の誰かが──おそらく先代が招き入れたもので、人目を避けるような足取りが感じられる。

 こんな夜更けに訪問者とは。気にならない方がどうかしている。みつからなければ問題ないだろう、と肌着の上に真祖の外套をはおって、そろり、と階下に下りる。


 店舗の奥──執務室だろうか、扉の隙間から灯りがもれている。扉のそばまで近づいて、中の物音に耳を澄ます──と。

「誰だ?」

 誰何の声があがる。

 それほど気を張っていたわけではないとはいえ、気配を悟られて驚く。客は、よほどの手練れとみえる。

 部屋には先代もいる。取って食われるわけでもあるまい、と覚悟を決めて名乗る。

「マリオンです」

「──どうぞ」

 しばしの間があって、先代の(いら)えがあり、扉を開く。

 執務室には、応接のためだろうか、部屋の手前に長椅子が向かいあわせに並んでいて──先代と、その向かいに厳めしい老爺が座っている。

「さ、こっちに座って」

 うながされるまま先代の隣に腰をおろすと、向かいの老爺と目があう。

 老爺──はたして「老爺」と呼んでよいものであろうか。衣服の上からもわかるほどに厚みのある筋肉は、黒鉄を彷彿とさせるほどで、明らかに戦うことを生業としていることがうかがえる。

 気の抜けない私をよそに、先代は楽し気に口を開く。

「聞いて驚くなよ。マリオンはな、リンクスの孫だ」

 いたずらっぽく老爺に告げる。

「リンクスに孫がいたのか!?」

「おい、自己紹介くらいしろよ」

 驚きのあまり身を乗り出す老爺を押しとどめて、先代がうながす。老爺は、これは失礼、とつぶやいて、わざとらしく咳払いをする。

「申し遅れた。俺は、リムステッラ騎士団長、グレン・ロヴェルと申すもの」

 真剣な面持ちで名乗りをあげたかと思うと、おどけるように人懐っこく笑う。

「団長!」

 騎士団長というのは、それはつまり騎士団の長ということで、やんごとなき身分のお方なのではないか、と思わず居住まいを正す。

「そうかしこまらんでもいい。役職としての聞こえはいいが、大した貴族じゃないんだ」

 老爺──団長は豪快に笑う。

「昔、辺境で暴れまわっていたオーガを討伐したことがあってな。その功績を先王に認められたことをきっかけに、武家として取り立てられたというわけだ。根っからの武人肌なもんで、文官連中からは、ずいぶんと煙たがられているよ」

 言って、団長は再び大口を開けて笑う。そうやって笑ってみせると、先ほどまでの厳めしい印象が嘘のように、何とも好々爺然として映る。


「しかし、リンクスに孫とはなあ」

 聞いてないぞ、と団長は不満げに先代を見やる。

「祖父とお知り合いなんですか?」

 祖父は、自らの若い頃のことなど、ほとんど話さなかったので、私も団長のことを知らず、その出会いから尋ねてみる。

「オーガ討伐の折に、リンクスとともに戦ったのよ。お前の祖父さんは凄腕の狩人でな。やつがいなければ、オーガは討伐できておるまいよ」

 そうでしょうとも。祖父の腕前を褒められると、我が事のようにうれしくなる。

「リンクスとは気があってなあ。若い時分には、家を飛び出して、ずいぶんと一緒に冒険したもんだよ。あの頃は楽しかったもんだ。とはいえ、俺があまりにも楽しそうに昔語りをするもんだから、末息子に至っては冒険者になっちまってな──」

「おい」

 とがめるような先代の声に、話がそれたな、と団長が詫びる。


「それで、こんな夜更けに、何を話してたんですか?」

「リュカが戻ってこんのだ」

 私の問いに、先代が深刻な顔で答える。

「リュカさんが?」

 なぜ、と問いを重ねようとする私を制して、団長が口を開く。

「マリオンは、リムステッラの政情について、どの程度知ってる?」

 突然の問いに、間の抜けた顔を返す。

「とっても幼い王様が即位したってことくらいは、村にも知らせが届いてます」

 それで十分、と頷きながら、団長が続ける。

「先王が身罷られて、現王が即位したのが昨年のこと。王が幼いうちは、摂政を置くことになっておってな」

「摂政って、誰かが王様を手伝うってことですか?」

「そうだ。そして、先王の奥方──王太后陛下が摂政となった。王太后陛下は、王妃であった頃から、慎ましく、民への慈愛にあふれており、摂政となることに誰からも──騎士団からも、反対の声などあがらなかった。何せ、摂政の候補と目されていた宰相でさえ、辞して王太后陛下を摂政に推したというのだから、その人となりがうかがえるというもの」

 団長の言葉の端々から、王太后への敬意が滲み出る。

「そんな方が摂政になったのなら、よいことのように思えますけど」

「──俺はな、王太后陛下のご乱心を疑っておるのだ」

 皆の眠る深夜、他には誰もいない部屋だというのに、団長は声をひそめる。

「王太后陛下が摂政となって以来、俺は──いや、俺だけでなく、騎士団員は登城を許されておらん。登城を願い出ても、王城の警備は近衛で足りているなどと抜かしおる」

 憤りからか、鼻息も荒く続ける。

「それだけではない。王太后陛下は、摂政としての責もはたしておらんと聞く。幼王を放って、古代の遺物蒐集に執心しているようで、遺物を探し出したものには褒美を与えると言ってはばかりない。とても以前の王太后陛下とは思えんのだ」

 言い切って、団長は眉根を寄せる。


「そんな折、リュカが古代の遺物と思しき傷薬を持ち帰ってな」

 と、先代が話を引き継ぐ。

「王城に使いを出して傷薬のことを知らせたところ、あっさりと登城を許されたものだから、可能であれば城内の様子を探ってこい、とリュカに指示したのだが……」

 いまだ戻ってこないというわけだ、と結ぶ。


 古代の遺物と思しき傷薬──それは、いつぞやのフィーリの傷薬ではないか。私が、何の考えもなく傷薬を渡したせいで、リュカがひどい目にあっているのではないか。考え始めると、責任を感じてしまって、いてもたってもいられなくなる。

「私が行きます! 私が王城に忍び込んで、リュカさんを助け出します!」

「リンクスならまだしも、マリオンでは無理だ!」

 先代は声を荒げて、私を押しとどめる。

「私、お祖父ちゃんよりも腕のいい狩人になりました! お祖父ちゃんにも、ちゃんと認められてます!」

 先代は、近年の私を知らない。私がどれほど強く、速く、鋭くなったのかを。

「しかしなあ──」

 渋る先代を、団長が手で制する。

「俺は、この場にリンクスがいたなら、迷わずやつにすべてを託しただろう。リンクスという狩人を、誰よりも信頼しているからな」

 言って、団長は探るような視線を私に向ける。

「お前は、そのリンクスよりも、優れた狩人だって言うんだな?」

 問うて、団長は、殺気──ではない、武威とでも言えばよいのだろうか、荒々しい威圧を放つ。私は、団長の値踏みを真っ向から受け止めて、深く頷く。

「リンクスが認めたんだな?」

 再度、試すように放たれた威圧を、やはり真っ向から受け止めて、頷く。その様に、団長は満足気な笑みを浮かべる。


「よし! それなら俺はお前の──いや、マリオンの腕を疑わない!」

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