表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第32話 傾国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

217/311

5

 そして、夜──盛大な晩餐会が開かれるということは、王城の警備もそちらに集中しているということ。となれば、その隙に居館の手薄なところを調べるというのが良策なのであろうが──盛大な、と謳われると、いったいどれほどのものであろう、と私にも興味がわく。


 少しのぞくくらいであれば支障はなかろう、と独断して──私は、先に村で倒した近衛騎士のうち、絶影の透しで倒れたものの鎧をフィーリから取り出して着込み──黒鉄とエンリにやられたものの鎧はひしゃげており、使いものにならないのである──城内を警備する近衛騎士にまぎれて、晩餐会の開かれるであろう大広間に向かう。


 わりに体格の近いものの鎧を選んでいるとはいえ、慣れぬ鎧ではいささか歩きづらく、足音を消しづらいのも気に障る。大広間の近くまでたどりついたところで、私は警備のものから離れて、誰にも見られぬように窓から中庭に出て──ここまでくれば、もう必要なかろう、と暗がりで鎧を脱いで、フィーリの中に戻す。


 私は、そのまま中庭をぐるりとまわり、大広間の外壁に手をついて、上を見あげる。外壁の高所に見えるのは、採光のための窓であろうか。あそこからであれば、中の様子をうかがえるやもしれぬ──と、私は外壁に手をかけて、するりと上までのぼる。


「通り抜けられそうですか?」

 そうしてたどりついた窓の隙間は、思いのほか狭く──フィーリは不安そうな声をあげる。

「失礼な」

 黒鉄じゃあるまいし、と返しながら、私はその細い窓に身体を入れて──途中でつかえる。これは、断じて腹がつかえているのではない。これは、そう──胸がつかえているのである、と自らを鼓舞しながら、私は何とか隙間を通り抜けて──窓の端から、そっと顔を出す。


「あれが、オレントス王と──イヴァ妃」

 私は晩餐の主賓の席を見下ろして、思わずつぶやく。


 二人とも、その顔まではよく見えぬのであるが──オレントス王は、かつて武王と謳われた猛者とは思えぬほどに覇気がなく、目の前に並んだ料理を食すこともなく、力なくうなだれている。その一方で──イヴァ妃は、随所に宝石を散りばめた、まばゆいばかりのドレスに身を包んでおり、傍らの王を差し置いて、まるで自らが晩餐会の主役であるかのように、尊大に振るまっている。


「魔法使いは──いないのかな」

 晩餐の席には、王と王妃と──それ以外は、貴族しかいない。見た目には、魔法使い然としたものはおらず、貴族のうちの誰かがそうなのやもしれぬ、と様子をうかがうのであるが、気配からは何も読み取ることはできない。


「いいえ──魔法使いはいます」

 しかし、フィーリは断言する。

「あの()()こそが、魔法使いです」

 旅具の意外な指摘に、私はイヴァ妃に目をやり──そして、その顔をしかと見る。


 その美貌と献身とで、傷心のオレントス王を落とした、とは口さがない酔客の言であるが──確かに、目を奪われるほどに美しい。


「今も魔法を使っています。おそらく──()()()()()を」

 フィーリに言われて、私は慌ててイヴァ妃から目をそらす──が、私の意に反して、まるで吸い寄せられるように、視線は再び王妃に向く。


 イヴァ妃は美しい。王妃が、晩餐の席の貴族に戯れのように笑いかけるたびに、相手の心までをとろかしているであろうことが、その表情から見て取れるほどなのである。もしかすると、すでに私も魅了されていて、心までからめとられているのではないか、と疑い始めたところで。

「マリオンは魅了されてはいませんよ」

 念のため、とフィーリが指摘して、安堵の胸をなでおろす


「──どうやら始まるようですよ」

 フィーリの言葉に、我に返る。


 見れば、ちょうどグリンデルの出番のようで──相棒の楽士が音を奏でると、小人はそれにあわせて踊り始める。それは、酒場で目にしたものとはまた異なり、小人ならではの滑稽味のある踊りで、観るものの笑いを誘う。


 グリンデルの踊りは、どうやら物語になっている。故郷を飛び出した小人が、好奇心のおもむくまま、あちらこちらと旅を続けて、あるとき神の啓示を受ける──という仕立てになっているようで、途中からは曲調も変わり、まるで教会音楽のような神々しさを帯びる。


 イヴァ妃も、グリンデルの踊りには夢中のようで、その目を輝かせて、小人の一挙手一投足に見入っている。どうやら、グリンデルは踊りという名の魅了の魔法が使えるのであろう、と感心の溜息をついた──そのときであった。


「──!?」

 踊るグリンデルと目があったような気がして、私は息をのんで──まさか、そんなはずはない、と思いつつも、慌てて顔を引っ込める。


 気配は確かに消している。しかも、万が一にも私の毛髪や体臭が届かぬように──ま、体臭などあろうはずもなかろうが──風まで操っているというのに、いったい何をどうしたら私の存在に気づけるというのであろうか。


 私は身じろぎもせずに息を殺す。今にもグリンデルから侵入者の存在を告げる声があがるのではないか、と身をこわばらせて──そうして、どれほどの時間が経ったであろうか、小人から声があがることはなく、私はほっと息をつく。


 先の視線の交錯は、偶然そう思える瞬間があったというだけのことであろう、と自らに言い聞かせて──再び窓の端から顔を出す。


 グリンデルは、ちょうど踊りを終えるところで──結局、物語の結末はわからずじまいなのであるが、その踊りが見事なものであったことは疑いようのない事実であろうから、私は誰にも聞こえぬように、小さな拍手を送る。


 続いては、楽団の登場である。ずいぶんと身なりがよいところを見るに、おそらく宮廷楽団であろう、と思う。

 彼らはおもむろに演奏を始める。それは、先のグリンデルの踊りのような、聞くことを強いる演奏ではなく、食事に花を添えるがごとき、緩やかな旋律である。


 晩餐に招かれた貴族は、和やかに歓談しながら、料理に舌鼓を打つ。私は腹が鳴らぬよう、フィーリから取り出した水を飲みながら、その様をうらやましく眺める。


「村の人たちをさらったのは──イヴァ妃なのかな?」

 私は、空腹をまぎらわせるように、フィーリに尋ねる。

「そうですね──あれほどの魅了の魔法であれば、周囲のものを意のままに操っていても、不思議はありません」

 私の問いに、旅具は肯定で答える。


 まさかフィーリにそこまで言わせるほどの魔法の使い手とは思っておらず、私は驚きをもって、再びイヴァ妃を見やって──そして、ちょうどその顔が醜く歪むところを目にする。


 見れば、楽団のうちの一人──擦弦楽器を手にした奏者が、青ざめた顔で震えており──私がフィーリとの会話に気をとられているうちに、演奏を誤るような粗相でもしたのであろう、と思う。


「興がそがれたわ」

 イヴァ妃は冷たく言い放って。

「この無礼者の首を刎ねよ」

 脇に控える近衛騎士に命ずる。


 まさか、演奏を誤っただけで、斬首を命じるなど、そんな横暴まかりとおろうはずもない──と、思いつつ、なりゆきを見守っていたのであるが、近衛騎士はためらうそぶりも見せずに剣を抜いて、命乞いをする奏者に無慈悲に振りおろす。


 近衛騎士は、それなりの手練れなのであろう、奏者の首は見事に両断されて、ごろりとイヴァ妃の前に転がる。王妃は、それをつまらなさそうに一瞥して、足蹴にする。


「晩餐はもうよい」

 言って、イヴァ妃は口もとを布でぬぐって──その布を足もとの首に落とす。

「どちらに参りましょう」

 イヴァ妃の傍らの闇にとけるように控えていた黒髪の侍女が声をあげて、王妃は短く答える。


「──塔に」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

以下の外部ランキングに参加しています。
リンクをクリックしてもらえるとやる気が出ます。


小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[一言] 盆で一気読みでした 核心に迫りつつありますかね いつもより少し長いとのことですし、楽しみです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ