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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第32話 傾国

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215/311

3

「俺も義理堅い方だとは思うけどよ──あんたらも相当なもんだと思うぜ」

 私たちの奢りの酒を飲みながら、エンリは苦笑する。


 私たちは、さらわれたティエルを救うというエンリの手助けをするために、オレントスの王都──オレステラの酒場を訪れている。エンリが「月に吠える狼亭」という名を気に入ったからという理由だけで選んだ酒場ではあるが、酒も食事も上々で、黒鉄とロレッタの機嫌はよい。


 ロレッタは、いまだ茹で団子に飽きていないようで──私はいささか飽きがきている──食べくらべとばかりに注文して、それを突き匙で口に放る。


「獣人って──エンリ以外にもいるんだね」

 ロレッタは、酒場の客層を眺めながら、何気なくつぶやく。

「ああ、戦のある国では、そんなにめずらしいもんでもねえぞ」

 エンリは豪放に笑いながらそう返すのであるが──それはとりもなおさず、多くの獣人が戦奴となっているということであるからして、私としてはあまり笑う気にはなれない。


「気にすんなって!」

 そんな表情のかげりに気づいたものか、エンリは私の背を、どん、と叩く。痛い。加減を知らぬ獣人である。

「俺がこうして酒を飲んでても、ここでは奇異の目を向けるものもいねえ。俺らの目的からすると、そりゃあよいことであって、わるいことじゃねえんだからよう」

 そう言って、エンリは朗らかに笑う。信じられぬことに──そこには、恨みつらみなど、微塵もない。今まさに、ティエルを救うために、戦奴であるということが役立つのであれば、それでいいではないか、と笑っているのである。


「マリオンが代わりに悲しんでくれて、酒まで奢ってくれて──俺にはそれで十分よう」

 エンリは言い切って、私の背を再び、どん、と叩く。まったく気のよい獣人である。



「それで──エンリはこれからどうするつもりなの?」

 ひとしきり食事を終えたところで、私はエンリに尋ねる。

「ひとまず、街外れの兵舎に戻る。運がよければ、王城の防備にまわされるかもしれんからな」

 私の問いに、エンリはそう返すのであるが──それはいくらか楽観がすぎるように思える。


「そうは言っても、王城の防備にまわされなかったらどうするの。もともと戦奴なんだから、また前線に送られるかもしれないじゃない」

「それはそのとおりなんだが──俺は見てのとおり()()でな。それほど頭の出来はよろしくないから、そのくらいしか思いつかん」

 私の言葉に、エンリはからからと笑いながら返す。それは、もしかすると獣人に特有の冗談であったのやもしれぬが──悪趣味にすぎて笑えない。


「だから──あんたらを頼る。何かいい知恵を出してくれよ」

 エンリはどっしりと構えて──さあ、と私たちをうながす。これほどまでに素直に頼られると、いっそ清々しい。


「ロレッタの魔法なら、城を探るのも簡単なんじゃない?」

 私がロレッタに話しを振ると。

「それがねえ──」

 実はもうやってるんだけど、とロレッタは茹で団子を口に放りながら、首を傾げる。彼女の糸は、すでに酒場から伸びており、王城のあたりを探知しているというのである。


「──糸が弾かれて、城壁より先に入れないんだよねえ」

「それは──結界でしょうね」

 そうぼやくロレッタに、私の胸もとでフィーリが返す。


 フィーリによると、王城への人の出入りを阻害していないのであれば、魔法を弾く結界か、もしくは悪意を弾く結界ではないか、とのことで。

「何でそんなものがあるかねえ」

 活躍の機会を奪われたロレッタは、不満そうに唇を尖らせる。


「そりゃあ──戦のせいであろうのう」

 何をあたりまえのことを、と黒鉄が続ける。


 オレントスは、近隣の二国と戦をしている。しかも、その二国は同盟を結び、戦況はオレントスに不利なのである──となれば、その窮地から脱するために、大枚をはたいて魔法使いを雇い入れたとしても、何らおかしなことではなかろう。


 王城の結界は、敵の間者をあぶり出すためのものやもしれぬし──最悪の場合に備えて、王都陥落の折に敵の侵入を阻むためのものやもしれぬ。ともあれ、実際にロレッタの糸の侵入を阻んでいるのであるからして、その目的の一端は果たしているといえよう。


「外からでもわかることはないの? どんな人の出入りがあるとかさ」

 私がそう尋ねると、ロレッタは糸に集中するように目を閉じる。

「そうだねえ、騎士とか商人とか聖職者とか──あとは新兵とか、かなあ」

 指折り数えるロレッタの言葉に、ふと違和感を覚えて。

「──新兵?」

 繰り返す私に、エンリがはたと手を打つ。

「ああ、そういや、新兵の訓練は王城でやるって聞いたなあ」

 ()()である──それこそが、王城に入り込むための糸口となろう。


「オレントスは、今も兵の募集をしてるんだよね?」

「おう──酒場の壁にも、貼ってあるんじゃねえか?」

 私の問いに、エンリは壁の貼紙を探す。私はエンリよりも早くその貼紙をみつけて、壁からはがして、テーブルに載せる。


「新兵となり、王城で訓練を受けながら、中の様子を探る──というところかのう」

 私の意図を察した黒鉄がつぶやいて。

「なるほど! あんたら賢いなあ!」

 エンリが感心の声をあげる。


「あ、でもよう──俺はすでに軍に配属されてるから、新兵になるのは無理だぜ」

 エンリはすぐに気づいて、残念そうに返すのであるが──私は最初から彼を当てにしていない。

「エンリには無理だろうけど──私たちなら何とかなるかもしれないじゃない」

 言って、私は期待を込めて黒鉄を見やる。


「儂は兵にはなれるかもしれんが、調査なんぞできんぞ」

 黒鉄はかぶりを振って、そう答える。


 確かに──新兵と酒盛りをして、相手を酔いつぶして情報を得るくらいのことはできるかもしれぬが、身をひそめての調査となるとドワーフの身には荷が重かろう。最近、少しお腹が出ているような気もするし。


 それならば、と私は絶影に視線を送るのであるが。

「俺は武器の方はとんと扱わんからなあ。いくら素手で強くとも、兵に雇われることはないと思うぞ」

 絶影もかぶりを振って、そう答える。


 確かに──戦となれば、武器を扱わぬわけにはいかない。どのような武器であれ、それを同じくするものを、歩兵、騎兵、弓兵などのように編成して、その部隊ごとの特性を活かして運用するのである。いくら絶影が強くとも、武器が扱えぬとなれば、兵として雇われることはあるまい。


「黒鉄と絶影でも無理かあ──私とロレッタは女だしねえ」

 私は期待外れの結果にうなだれる。


 そう──兵の募集は、当然男にかぎられる。貴族の子女の警護ということであれば、女を求める向きもあるやもしれぬが──こと戦となれば、女を頼りにするものなどあろうはずもない。


「──ふうむ」

 と、絶影が意味ありげにつぶやきながら、私の顔をのぞき込む。


「いやあ、マリオンなら──()()()んじゃねえか?」

 言葉の意味はわからぬが──おそらく、とても失礼なことを口にしている。

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