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小高い丘にのぼると、彼方に、そびえたつような外壁に囲まれた王都が見える。人間の手によるものとは思えぬほどに高く積みあげられた外壁は、街道と同じく、古代につくられたものを流用しているのだという。
「驚きました。ウォルステラの都が、そのまま残っているとは」
遠目に見える王都を眺めて、フィーリがつぶやく。
「ウォルステラ?」
「魔法王国ウォルステラです」
フィーリによると、ウォルステラは過去にこのあたりを治めていた小国で、魔法の力を道具に込めるという技術で栄えていたのだという。
「どういう経緯で、ウォルステラがリムステッラとなったのでしょう。リムステッラの建国の物語など、伝わってはいないのですか?」
問われて、村の大人から聞いたことのある昔語りを思い起こす。
「確か──」
と、記憶をたどりながら続ける。
「建国王リムスは、神の啓示を受けて、奴隷として虐げられていた人々を率いて、圧政を敷いていた暴君を打倒したとか何とか、そんな感じの物語だった気がする」
様々な口承が混ざりあっていて、本当のところはさだかではない。
「リムステッラの初代の王は、リムスというのですか」
名前からして蛮族のようですね、と続ける。
「蛮族が数に任せて、ウォルステラの王位を簒奪したのでしょう」
よほどうまくやったのでしょうね、とリムステッラの王族にはとても聞かせられないようなことを言う。
歴史談議に花を咲かせながら進むと、やがて街道は荷馬車で混み合い始めて、私は道の端に追いやられる。
王都に近づくにつれて、見あげる外壁は、その威容をあらわにする。壁は、彼方から眺めるよりもずっと高く感じられて、古代の──フィーリの言が正しいのであれば、ウォルステラの建築技術の高さに感嘆する。
外壁に近づいてみると、王都の外──外壁のまわりにも、街が形成されていることに気づく。正規の街というわけではない。今にも崩れそうなあばら家が建ち並ぶ、難民街である。
難民は、戦乱の絶えない東の地から、リムステッラに救いを求めて、命を捨てる覚悟で山脈を越えてくるのだという。とはいえ、ようやくリムステッラにたどりついても、彼らが救われるわけではない。ほとんどの難民は王都に入ることさえできず、かといって他に行き場があるわけでもなく、やむなく王都の外周に難民街を築いているというわけである。
彼らを王都に迎え入れるべきだという声もある。しかしながら、彼らを際限なく受け入れるほどの余裕があるわけでもない。結果として、難民街の存在を目こぼしされている、というのが実情のようである。ま、全部リュカの受け売りなんだけど。ちなみに、彼らの不幸を望むわけではないけれども、どうすることもできない、とはリュカの言。
王都の門は、厳重に警備されていた。
王都を訪れたことがあるというダラムの村長に聞いていたかぎりでは、気軽に往来できるような印象を抱いていたのだが、現状は過剰とも思えるほどの衛兵が行き交っており──やはり事前にリュカに聞いていたとおり、最近の王都は、どこかきなくさいらしい。
王都に入らんとする人々の行列に並び、順番を待つ。
やがて、衛兵から声がかかり、聞いていたよりも多くの通行料を要求され──ウェルダラムでの臨時収入がなければ足りなかったかもしれない──聞いていなかったことに来意の詳細までを詰問される。
「レーム家の客人です」
答えると、衛兵の一人が確認に出たようで、門の端で待たされる。
暇つぶしに往来を眺めていると、どうやら旅人の半分くらいは王都に入ることができず、追い返されているようだった。値上がりしたと思しき通行料が払えないもの、私からすると正当な理由のように思えても来意が認められないものなど、理由は様々であるが、審査が厳しくなっているのは確かなことらしい。
「通れ」
やがて、レーム家に確認が取れたものか、王都に入る許可が出る。王都を訪ねるならば、レーム家の名を出すといい、と助言してくれたリュカの先見に感謝する。持つべきものは、王都に住む商人の知り合いである。
それにしても、これほどまでに厳しい審査を受けるとは、思ってもいなかった。この様子では、黒鉄は王都に入ることができず、通り過ぎて北に向かってしまったかもしれない、と寂しく思う。
門をくぐると、目抜き通りだろうか、石畳の通りが真っすぐに伸びている。
大通りは、人の海だった。道幅のある通りだというのに、目まぐるしく行き交う人々でごった返していて──見たこともないほどの大勢の往来に圧倒されてしまう。
歩く隙間などないようにも思える人混みを、王都の住人だろうか、小ぎれいな装いの人々が泳ぐように歩いていく。見れば、立ちすくんでいる田舎ものは私くらいのもので、意を決して歩き出す。
人波をかきわけるようにして大通りを渡りきり、路地を抜けて一本裏の通りに出る。裏通りといっても、今までに立ち寄った街のどの通りよりも大きい。
「その柱に『グラン通り』と記載があります。たまたまですが、リュカに指定された通りに出られたようですね」
フィーリの言葉に、ほっと安堵の息をつく。もう一度通りを横切れと言われても、渡りきる自信はない。
左右に建ち並ぶ店をのぞきながら、通りを歩く。グラン通りは、どうやら商店の並ぶ通りのようで、どの店先をのぞいてみても心が躍る。
しばらく歩くと、やがて他よりも賑やかな商店に行きあたる。大店といって差し支えのない店構えに、国中から取り寄せたような品々が並んでおり、なるほど流行っているのも頷ける。
「おや」
見れば、看板には「レーム商店」とある。行商だけでなく、店舗でも商売しているとは──しかも、これほど繁盛しているとは、思いもよらなかった。手堅く稼いでいるのだなあ、とレーム家の商才に感心する。
「あの──」
店先で、ダラムからの客人である、と来意を告げる。応対した店員は、私の来訪があることを知らされていたようで、心得た様子で店内に走る。
しばし待てば、リュカに出迎えられる──と思っていたのだが。
「おう、マリオン! よく来たな!」
店先で私を出迎えたのは、リュカではなく、先代──ハンス・レームだった。




