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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第31話 魔犬

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207/311

1

 王都イオステラに近づくにつれて、街道沿いの治安は目に見えてよくなる。王の膝元とあって、騎士団の巡回も多いからであろう、さすがに野盗が跋扈するようなこともなく、街道の往来は多い。


「今度こそ、うまい酒が飲めそうじゃのう」

 黒鉄は、ようやく見え始めたイオステラの外壁に、期待に満ちた声をあげる。それもそのはず、その外壁はリムステッラを彷彿とさせるほどに高くそびえており──あれほどの都市であれば、酒場の質に期待してしまうのも無理からぬことであろう、と思う。


「テオリテ以来、そうでもなかったもんねえ」

 ロレッタが同意の声をあげて、黒鉄が重々しく頷く。


 確かに──湖岸都市テオリテでは、その湖で獲れた鱒料理に舌鼓を打ったものであるが、そこから先のいくつかの街では、そもそもの食材が豊富ではなかったようで、満足のいく飲食をしていないというのも事実である──事実ではあるが。


「二人とも、本来の目的、忘れてないでしょうね」

 私は二人の食い気に、思わず苦言を呈する。


「どうせ旅をするんなら、楽しまなくちゃ。ねえ、フィーリ先生もそう思うよね」

 ロレッタは私の小言をするりとかわして、フィーリを味方につけん、と私の胸もとの旅具をのぞき込んで。

「ロレッタの言うとおり──旅の目的に固執しすぎると、旅そのものを楽しむことを忘れがちです。視野を広く持つのは大事なことですよ」

 旅具はまんまと乗せられて、私の不見識を諭すように告げる。


「フィーリ──あんた、いったいどっちの味方なの?」

「私は常に旅人の味方です」

 私は胸もとのフィーリを指で弾いて──旅具は、何を当然のことを、と返す。そうでしょうよ。



 王都の門には、長蛇の列ができている。見れば、その列に並ぶのは、傭兵や冒険者の類がほとんどのようで、何とも物々しい。


「この人たち、みんな戦に行くのかな?」

「──で、あろうの」

 ロレッタの問いに、黒鉄が短く答える。


「戦働きをして、武勲をたてれば、騎士となれるやもしれぬからのう。いつの世も、立身のために戦に行くものはおろう」

「死んだら立身も何もないのにねえ」

 そう続ける黒鉄に、ロレッタは何気なく返したのであろうが──前を行く厳めしい傭兵に聞きとがめられて、彼女はすばやく絶影の背中に隠れる。


 長蛇の列は、その長さの割に、進みは早い。それは、とりもなおさず、衛兵の審査がおざなりであるということであり──もしかすると、前線の兵が足りていないのやもしれぬな、と思う。


 とはいえ、いくら進みが早くとも、その列が信じられぬほどに長いこともまた事実であり──私たちが王都に入る頃には、日はすっかり暮れている。


「もう──とりあえず、そこでよいじゃろ」

 腹をすかせた黒鉄が、もはや一刻の猶予もない、と言わんばかりの形相で、門の近くの酒場を指す。黒鉄だけでなく、ロレッタも──いや、皆が等しく腹をすかせているとみえて、誰からも否やはない。



 私たちは酒場の扉を開いて──そして、陽気な音楽に出迎えられる。見れば、音楽にあわせて踊るのは旅の踊り子のようで、その見事な舞に皆──店の給仕でさえも──目を奪われており、私たちを出迎える声もない。


 私たちは、踊り子を横目に眺めながら店に入り、奥の席に腰をおろす。すぐにでも給仕を呼んで注文を、と皆が思っていたであろうに──誰からも一向に声はあがらない。

「──わあ!」

 代わりにあがったのは、ロレッタの感嘆の声である。それもそのはず──私たちは皆、空腹も忘れて、その踊りに見惚れているのである。


 踊り子は子どもである──子どもであるというのに、その踊りは熟練の域に達している。それどころか、表情も豊かに──艶やかに踊るものだから、どこか見てはいけないものを見ているような、えも言われぬ背徳をも感じて、不思議と目が離せないのである。


「ほう、()()の踊り子とはのう」

 普段、歌や躍りに関心を示すことのない黒鉄が、めずらしく感嘆の色を滲ませる。


「──小人? 子どもじゃなくて?」

 黒鉄の独言に、私は思わず疑問の声をあげる。酒場を飛び跳ねる踊り子は、私よりも──ひょっとすると黒鉄よりも小さいくらいで、その顔立ちも幼く、どう見ても子どもとしか思えないのであるが。


「そう思うのも無理はなかろうが──あれは木漏日谷(こもれびだに)の小人じゃろうよ」


 黒鉄の語るところによると、木漏日谷の小人とは、その名のとおり穏やかで暮らしやすい谷間に住まう小人のことであるという。彼らは、その温厚で平穏をよしとする性質からか、彼の地より外に出ることは滅多になく──ゆえに、小人を見かけることもほとんどないという。


「儂も、前に一度、小人の一人と同道したことがあるだけでの、そやつ以外の小人は初めて見る」

 言って、黒鉄は懐かしそうに目を細める。

「前に出会った小人は好奇心の旺盛なやつでの、自分のような小人はめずらしいと言うておったが──あの踊り子もそういうたちなのやもしれぬのう」


 黒鉄の語りを聞くうちに、小人は踊りを終えて──客はやんやの喝采を送る。小人はそれに応えるように大仰に腰を折って。

「心づけはこちらに!」

 よくとおる声で言って、先まで踊りのための音楽を奏でていた楽士の、その前に置かれた旅人帽を指す。


 見れば、帽子にはすでにいくらかの小銭が入っており──よいものを見せてもらったから、と私は奮発して銀貨を放る。


「ありがとう! お嬢ちゃん!」

 私の放った銀貨は、あやまたず帽子の中に入り──小人は、銀貨を投げるところを見ていたものか、私に礼を述べて、満面の笑顔を向ける。


「踊り子──グリンデルをご贔屓(ひいき)に!」

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