6
オスティムの街にたどりつくと、行商の老爺は高らかに角笛を吹き鳴らす。角笛の音は寂れた街並みに響き渡り──やがて、一人、また一人と家の扉を開いて、住人が顔を出す。
「──手紙?」
扉の陰から顔をのぞかせた住人が、行商の姿を認めて、ぽつりとつぶやく。
「行商だ! 手紙が届いたぞ!」
その声を契機として、住人たちは家を飛び出して、行商に群がる。
先の角笛の音は、手紙の到着を知らせるものだったのであろう。
「順番に配るから、そう押さんでくれ!」
言いながらも、行商は顔をほころばせており──それは、住人も同じである。あの黒騎士どもの暗躍で、行商が襲われ、交易の品も──そして、手紙も届かず、彼らはずっと待ちわびていたのであろう。あの笑顔の一助となることができたのなら、寄り道した甲斐があったというものである。
「酒場で待っていてくれ。儂は手紙を配り終えてから行く。必ず奢る」
行商は、すぐには手が離せないようで、私たちにそう告げて──黒鉄とロレッタが歓喜の声をあげる。
私たちはまず宿をとる。私は宿の前で皆と別れて──皆は酒が待ちきれなかったのである──二羽の鵲亭を探す。手紙に群がる住人の一人に、おおよその場所を確認したから、この通り沿いにあることは間違いない。
「ああ、ここか」
つぶやいて、私は足を止める。
二羽の鵲亭──店の軒先に突き出した看板に、封蝋にそっくりの拙い鵲の絵が描かれているところを見るに、間違いなかろう、と思う。
扉を開くと、大柄な女性──食堂の女将と思しき女性が、テーブルをふいている。
「ごめんよう、店は夜からなんだよ」
女将は、私のことを気の早い客だとでも思ったのであろう、振り返りもせずにあしらう。
「私は客じゃないの。この食堂に届け物を頼まれて──」
「──届け物?」
ようやく振り向いた女将に届け物を見せると、彼女はそれが手紙であると気づいて、怪訝な顔をする。
「あたしゃ、字が読めないんだよ。手紙なんて届くわけがないじゃないか」
言って、女将は手紙を突き返そうとするのであるが。
「この手紙は読めるはずだって言ってたよ」
ラテルの言ったとおりに伝えると、女将はなおもいぶかしげな顔のまま手紙を受け取り──その封蝋の印を見て、目を見開く。女将は、仕切りテーブルの上のナイフを手に取り、その先端を差し込んで封蝋を外して、封書の形に折られた紙を広げる。
「──!」
手紙を見て、女将は声にならぬ叫びをあげる。
「息子からの──ラテルからの手紙だよう」
言って、女将はその場に泣き崩れる。よほどうれしかったのであろう、とその手紙をのぞけば──紙には拙い鵲の絵が描かれており、落ちぬように折り込まれた紙の隅には、数枚の銀貨が入っている。
「あんた! いったいどこでこの手紙を預かったんだい!?」
「どこって──」
隣のエストラの街で──私はそう答えかけたのであるが。
「──ラテルは戦で死んじまったっていうのに」
思わぬ女将の言葉に息をのむ。
「ラテルが──死んでる?」
「そうさ。生きて帰ったもんが、ラテルの遺髪を持ち帰ってくれたんだ。間違いないよ」
言いながらも、女将はまるでその手紙が亡き息子自身であるかのように、愛おしそうにみつめる。
ラテルがすでに死んでいるというのが事実であれば、エストラの街で出会ったのは、おそらく──幽霊ということになろう。幽霊から手紙を受け取ることはできぬから、あの手紙はそもそもまやかしだったのであろう。ラテルの幽霊は、黒騎士どもに手紙を奪われたことが無念で、それを取り戻し、母のところに届けてほしくて、私に願いを託したということなのやもしれぬ──が、それならそうと最初から言ってくれればよいものを。私は一人納得して、ふん、と鼻を鳴らす。
「ラテル、ラテルよう、あたしは銀貨なんかより、あんたに帰ってきてほしかったよう」
女将は、手紙に描かれた二羽の鵲に頬をすり寄せて、むせび泣く。
二羽の鵲──それは、大きい方が女将で、小さい方がラテルなのであろう、と気づく。仲睦まじく寄り添う二羽は、二人で力をあわせて生き抜いてきた、その証なのである。
ラテルは、残された母を思い、少しでも足しになれば、とその封書にひそませた銀貨を届けたかったのであろうが──何のことはない、その拙い鵲の絵の方が、女将にとってはかけがえのないものなのであろう、と思う。
私は食堂から出て、後ろ手に扉を閉める。扉の建てつけはあまりよろしくないようで、その隙間からは女将の嗚咽がもれる。私はそれを背に聞きながら、天を見あげる。
「とびっきりの美丈夫か」
つぶやいて、微笑する。
私に幽霊の友人など、一人しかいない──ジャックのやつめ、あの世でも随一の伊達男などとうそぶいているとみえる。
私は鵲亭を後にして、宿に戻る。他の皆は酒場に繰り出しているから、いつものように帰りは遅くなるであろう。部屋には私一人きりである。
「みんな、どうしてるかなあ」
つぶやいて、ベッドに転がる。
「みんな、とは?」
「ダラムの村のみんな」
尋ねるフィーリに答えながら、天井を見あげる。
今まで、巡察使としての手紙は書いていたのであるが、故郷への手紙は書いていない。もしかすると、リュカが気を利かせて、巡察使としての手紙の内容を知らせてくれているかもしれないけれども、それでは足りない気持ちになって。
「フィーリ、紙はある?」
「もちろん」
私はベッドから飛び起きて、椅子に座り、フィーリから取り出した紙をテーブルに置く。
テーブルの紙を前に、目を閉じる。瞼の裏には、村長をはじめとするダラムの村の面々が、次々と浮かんでは消える。そして、不意に幼馴染のロビンの小憎らしい笑顔が浮かんで──ダラムの風が薫る。
私はおもむろに羽根ペンを手に取る。
「──元気ですか?」
書き出しは、そう始まる。
「手紙」完/次話「魔犬」
池田綾子「手紙」を聴きながら。




