5
やがて、私の予想どおりに、黒騎士どもの痕跡は、木々に埋もれた遺跡にたどりつく。遺跡は、見たところ砦の跡のようであるが、その塁壁は崩れかけており──なるほど、行商の言うとおり、砦としての用はなしていないようである、と納得する。
「フィーリ」
呼びかけながら首飾りをかざして、フィーリに砦跡の様子を見せる。
「このあたりは、以前は森ではなかったはずです。森に呑まれる前は、蛮族の砦があったはずで──ずいぶんと朽ち果てているので確証はありませんが、おそらくその砦跡ではないかと思います」
フィーリの答えに、やはり、と頷く。蛮族の砦であれば、古代人のそれのように、何らかの仕掛けが施されているということもあるまい。となれば、警戒すべきは、黒騎士どものみ。
砦跡からは、聞き耳をたてるまでもなく、黒騎士どもの騒ぐ声が響く。行商を襲撃した仲間たちが、戦利品を持ち帰るのを、酒盛りでもしながら待っているのであろうが──それが貴様らの最後の酒となる。
黒騎士どもは、自らが襲撃されようとは夢にも思っていないようで、塁壁に張り出した櫓に見張りの姿はない。櫓の中に気配があるところからするに、見張りも中に引っ込んで酒盛りをしているのであろう。私たちにとっては好都合である。
「私が先に中に入って、近場の奴らを片づけてくる」
言って、私は足を踏み出すのであるが。
「おいおい、そんなことをする必要はないだろう」
絶影が私の肩をつかんで、その足を止める。
私は振り返り、首を傾げる。見張りに出ていないとはいえ、櫓には人の気配がある。先に片づけておかなければ、砦門を抜ける際に気づかれるやもしれぬのは道理であろうに。
「マリオン──お前、透しのことを、硬い装甲を打ち抜く技とでも思ってるだろ」
絶影はそう言って笑う。今この状況で、透しに何の関係があろうか、と私はさらに首を傾げるのであるが。
「そうじゃねえ。もっと柔軟に考えるんだよ」
「──あ!」
絶影の導くような言葉に、私はようやく気づく。なるほど、透しとは、本来そういう使い方をするものなのであろう。思い至ってみると、当然のことである。
私は気配を殺して見張りの櫓に近づき、その塁壁に手を触れる。
壁の向こうには、酒盛りをする見張りがいる。
私は疾風のごとく、大地を踏み込む。大地を穿つほどの衝撃を、身体をねじりながら手のひらにまで伝えて──衝撃は塁壁を抜けて、その向こうの見張りに透る。私はそのまま右にずれながら、二度、三度と透しを放ち──そのたびに、中の見張りが吹き飛び、櫓の内で壁に叩きつけられる音が響く。
「お見事」
絶影は私の透しを見届けて、小さく拍手をする。
透しとは、衝撃を透す技──すなわち、壁の向こうの敵をも攻撃できる技なのである。私は、そこのところの理解が及んでおらず、透しの使い方が一辺倒だったのであるが、絶影の一言のおかげで、さらなる強さを手に入れたというわけである。
「ありがと!」
絶影に礼を述べて──私と絶影は、小さく手を打ちあわせる。
私たちは、見張りのいない砦門を抜けて、奥に進む。砦は、どうやらそれほど大きなものではないようで、崩れかけの塁壁に囲まれた内郭には、小さな主塔があるばかり。開け放たれた窓からもれる灯りと喧噪からするに、残りの黒騎士どもは、あの主塔に集っているのであろう、と思う。
「私は上から行く。黒鉄と絶影は正面から、ロレッタはお爺ちゃんと一緒に砦門まで下がって待ってて」
言って、私は返事を待たず、主塔の外壁に手をかけて、するりとのぼる。上階の窓から、中に飛び込んだところで──階下で黒鉄たちが扉を蹴破る音が響く。
「何だ、貴様ら!」
怒号が飛んで、乱戦が始まる。おそらく、黒鉄が広間に飛び込み、絶影が扉をふさいでいるのであろうから──黒騎士どもの逃げる先は階上しかない。
「何だ、あの化物どもは!?」
しばらくすると、私の予想どおりに、黒鉄と絶影におそれをなした黒騎士どもが、階段をのぼって逃げてくる。
「いらっしゃい」
私は、階下から逃げてきたものたちを笑顔で出迎えて──先頭の黒騎士を、疾風のごとく蹴り飛ばす。その黒騎士に巻き込まれて、奴らは皆、階段から転げ落ちる。
「よう戻ったのう」
そうして──奴らの言うところの化物に出迎えられるというわけである。
「終わったぞう!」
階下から黒鉄の声が飛んで、私は戦いが終わったことを知る。
もう一度くらい階上に逃げてくるものがいるやも、と思って待ち構えていたのであるが、彼我の戦力の差は歴然だったようである。下は死屍累々であろうから──冥神もさぞお喜びであろうな、と思う。
私は階下に下りる前に、何とはなしにあたりを見まわして──そうして、初めてその部屋の異様さに気づく。
「ねえ! ちょっと上にあがってきて!」
階下にそう呼びかけると、まず黒鉄が──そして、ロレッタと行商を連れて、絶影があがってくる。
「──何これ?」
ロレッタがそうつぶやいたのもむべなるかな──部屋には手紙が山と散らばっているのである。
「こいつら──ただの野盗じゃない。手紙を盗んでいたんだ」
言って、私は足もとの手紙を拾いあげる。
騎士崩れの野盗どもが行商を襲い、その荷を奪うというのは理解できる。しかし、手紙など、金にも腹の足しにもならぬのであるから、そのまま捨て置けばよいものを、黒騎士どもはこうして奪って保管しているのである。そんなもの──ただの野盗であろうはずがない。
「──敵国の間者か」
絶影が、顎の無精髭をさすりながらつぶやく。
「手紙が届かなかったのは、こいつらのせいだったのか!」
行商は、よほど腹にすえかねたものとみえて、声を荒げる。
「それが──あなたの使命なの?」
私が尋ねると、行商は、もはや隠しておく必要もないと思ったものか、自らの使命について、とつとつと語り始める。
行商の語るところによると、老爺は隣国──シンケルスの王都で商店を営んでいるのだという。商店は、王城への出入りも許されており、王の覚えめでたく──今回の密命を帯びるに至ったのは、そういう理由からであろう、と行商は続ける。
「シンケルスは──この国と和平を結ぶ用意がある」
行商は、右手で懐を押さえながら、そう告げる。
「そこに密書があるんだね」
私の指摘に、行商は神妙に頷く。
両国の同盟がなれば、三国の鼎立は崩れる。行商が密書を届けることで、戦況を一変することができるわけである。しかし、だからこそ、残る一国──オレントスにとっては、それは何としても阻まねばならぬことであった。彼の国の間者が野盗に扮して行商を襲い、手紙を根こそぎ奪っていたとしても──頷けない話ではない。
「手紙を集めるのを手伝ってくれないか」
言って、行商は散らばった手紙をかき集め始める。
「──全部?」
私は屈み込んで、手紙を行商の方に寄せながら尋ねる。
これまでも密書を届けようとしたものはいたのであろうから、この手紙の山の中にも、以前に奪われた密書が含まれているやもしれぬ──ゆえに、それを探すものとばかり思っていたのであるが。
「ああ、全部だ──全部届ける」
行商は、そう言い切って、力強く頷く。
「──任せて!」
私は勢いよく答えて、一つも余すまいぞ、と手紙を集め始める。密書だけではない──手紙には、すべて受け取る人がいるのである。
私は、かき集めた手紙をフィーリの中に放り込み、新たな手紙の山に向き直る──と、そのときであった。
私は、目の前の手紙の山の中に、鵲の封蝋を認めて、おや、と思う。鳥を象った印はめずらしくなくとも、それが不格好な鵲となれば、偶然では片づけられまい。ラテルより預かった手紙と同じ封蝋であろうか、と懐に手を入れて──そこに手紙がないことに気づいて、私は慌てる。私ともあろうものが、まさか預かった手紙を落としたのであろうか、と手紙の山から鵲の封書を拾いあげる。それは、確かに見覚えのある、よれよれになった封書で──私は、危ないところであった、と安堵して、それを再び懐に戻す。




