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荷台から降りると、あたりから剣戟の音がやんでいる。
私とロレッタは、行商の老爺を後ろに守りながら草むらを抜けて、街道に戻る──と、むっとむせかえるような血と臓物の臭いの中、燃え盛る荷馬車の炎に照らされて、長大な斧を持ったドワーフの影が浮かびあがる。
「黒鉄、絶影!」
私は名を呼んで、二人に駆け寄る。黒鉄と絶影がやられるなどということは、万が一にもありえないとは思っていたのであるが、いざ無事な様子を目にすると、やはり安心する。
「黒鉄の旦那が斧を振るっただけで、いくらか森の方に逃げ出しちまったよ」
絶影はつまらなさそうに、そう告げる。
「そりゃあ──そうだろうねえ」
私は、黒鉄の斧の一振りで両断されたと思しき死体を眺めながら、そうつぶやく。
しかしながら、絶影のその言葉も、謙遜が過ぎるといえよう。見れば、絶影の透しをまともにくらったと思しき黒騎士が数名、遠くに転がっており、奴らは皆ありえない方向に身体を曲げて──透しの衝撃で背骨が折れたのであろう──絶命しているのである。
「やはり、正規の訓練を受けておる騎士であろうのう」
黒鉄は、巨人の斧についた血や臓物を振るい落としながら、つぶやく。
黒鉄曰く、行商を襲撃した黒騎士どもは、補給の物資をほとんど持っておらず、どこか近隣から出張ってきたものであろうとのこと。近くに奴らの根城があり、かつ行商の襲撃にこれだけの人数を割けるとすると、その総数はかなりの数にのぼるであろうことから、もはや単なる護衛程度では撃退できぬほどの勢力となっていることがうかがえる。
「軍を動かせればよいのであろうが、戦時では難しいであろうからのう」
黒鉄はそう続けて、ふん、と鼻を鳴らす。
戦端は北部に開かれており、それゆえにこのあたりが手薄になっているからこそ、黒騎士どもが跋扈しているわけである。黒騎士討伐のために軍を動かせというのは、本末転倒であり──かなわぬ陳情となろう。それでは、エストラもオスティムも救われぬ。
「じゃあ──ついでに何とかしていこうか」
私は決意して、皆に告げる。
「儂はかまわん」
「俺も」
黒鉄と絶影は、どうやら暴れ足りなかったものとみえて、すぐに首肯する。
「あたしは──後ろで見学してるから」
ロレッタは、しばし逡巡して、ついてくることには否やはない、と返す。
「お、おい! 何でわざわざそんなことを! 先を急いではくれんのか!?」
行商は驚きの声をあげる。それも、致し方のないことであろう、と思う。何せ、新しい護衛は、自らを守るどころか、黒騎士討伐に出向こうというのであるからして、先に襲撃の憂き目にあった老爺としては、反対の声もあげたくなろうというもの。
「その爺さんが、唯一の生き残りかあ」
絶影は行商を見下ろして、わざとらしくつぶやく。
その言葉に、行商は慌ててあたりを見まわして──そして、絶句する。あれほどいたはずの護衛も従者も、皆死に絶えており、もはや自らを守るものは、私たち以外にはいないのである。行くも戻るも、私たちに頼るしかないことを悟って、行商の声は尻すぼみになる。
「先を急いでもいいんだけど──あんなやつらがのさばってたら、今後の行商もままならないでしょ」
「それは、そうだが──」
私の説得に、行商は逡巡の色を見せる。
「そんなに心配しないで。あの二人が黒騎士どもを追い払ったの、見たでしょ」
「いや、見てはいないのだが──」
行商は渋るのであるが、私は何とか老爺を説き伏せて──私たちは森に逃げたという黒騎士どもの後を追う。
私たちは森の中に入り、逃げた黒騎士どもの足跡をたどる。足跡は、草木をかきわけるように森を進み、やがて獣道に合流して、さらに奥へと続いている。
「森の中に何かあるの?」
私は振り向いて、脅えた様子であたりを見まわす行商に尋ねる。
「古代の遺跡があるとは聞いたことがある。ただ、本当に木々に埋もれた何の用もなさぬ遺跡というぞ」
行商は、そんなことを聞いてどうする、と不思議そうな顔をするのであるが──何も用をなさぬ遺跡であるからこそ、黒騎士どもにとっては都合がよかろうから、奴らの根城はそこであろう、と当たりをつける。
「それよりも、本当に大丈夫なのか?」
行商は、やはり落ち着かぬ様子であたりを見まわしながら、私に尋ねる。
「私と絶影が警戒をして、殿に黒鉄がいるんだよ。絶対に大丈夫」
言って、私はどんと胸を叩くのであるが、行商の目に信頼の色は薄い。
「そのエルフは?」
行商は、藁にもすがるというように、ロレッタに顔を向ける。
「飾り──かなあ」
ロレッタは、行商のその不安を知ってか知らでか、自らを卑下してつぶやくのであるが──爺さんよ、安心せい、そやつは半神であるぞ。
そうして、しばらくの間、くだらぬ話をしながら、緊張感なく歩いていたのであるが──次第に足跡が新しくなるにつれて、私は口数を減らす。
「──静かに」
言って、私は皆を手で制しながら、フィーリから旅神の弓を取り出す。
「灯りを消して」
私の命に従って、フィーリが灯りを消す。
生い茂る木々に遮られて、月明りも届かぬ夜の森──私は無言のまま矢をつがえて、目の前の闇に向かって放つ。続けて、目にも留まらぬ早業で数射を放ち──闇の向こうから、何かの倒れる音が届く。
「もう大丈夫」
言って、私たちは再び歩みを進める。
その先には、はたして黒騎士どもの死体が転がっている。
「先の生き残りであろうの」
足先で死体を転がしながら、その顔を確認して、黒鉄がつぶやく。
「ここで片づけられてよかったな」
絶影がそうつぶやいて──私も同意するように頷く。
そう──根城で待つ黒騎士どもは、仲間の襲撃が失敗に終わったことを知らない。失敗を伝えるべく逃げ出した生き残りも、もういないのであるからして、もはや奴らにはそれを知る術すらないのである。
「これで不意を打てる」
私はつぶやいて──そして、黒騎士どもの痕跡を探しながら、さらなる先を目指す。




