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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第30話 手紙

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202/311

2

「あれ、行商、いるじゃない」

 ロレッタの声に、彼女の視線を追う。


 朝──エストラの街を囲う、申し訳程度に設けられた柵の出口には、確かに数台の荷馬車が集っている。御者台に座り、従者にあれこれと指示を出しているものがいるので、おそらくあの老爺が雇い主の行商なのであろう、と思う。


「護衛をかき集めることができたんじゃろう」

 黒鉄の言のとおり、荷馬車のまわりには、十数人からなる護衛──冒険者と思しき集団がたむろしている。見たところ、それほどの精鋭というわけではないようであるが、人数としては十分であろう、と思う。


 行商の一行は、私たちがそう話している間に、慌ただしく出立して──私たちも、遅れじとそれに続く。遥か先に見える噴煙たなびく火吹山を目指して、街道を北東に行けば、やがて手紙の届け先であるオスティムの街にたどりつくのであるが。


「にらまれてるねえ」

 前を行く行商と、その護衛から、険しい目を向けられて、ロレッタは私の背に隠れる。

「護衛に便乗してるって思われてるんだろうね」

 私は、彼らの鋭い視線を鷹揚に受け流しながら、ロレッタに返す。


 野盗を警戒しながら進む行商の一行の足取りは遅く、後発の私たちが追いついてしまったがゆえに、そのような誤解が生じているというわけである。それならば、いっそ追い抜いてしまった方がよいのではないかとも思うのであるが、足を速めるという提案にはロレッタが渋るので、結局のところ冷ややかな視線にさらされながらの道中となる。



 やがて、日も暮れて──私たちは街道を外れて、森の中の開けたところで野営をする。

「何でこんなところで野営するの?」

「行商の護衛に難癖をつけられても嫌でしょ」

 返す私に、ロレッタは、なるほど、と神妙に頷く。


 さすがに慣れたもので、あっという間に野営の支度を整えて──皆の前には古竜肉の燻製が並ぶ。

「こいつは──うまいな」

「その肉はねえ──」

 舌鼓を打つ絶影の驚く顔が見たくて、私はその肉が古竜のものであることを嬉々として告げるのであるが。

「今さらあんたらが何をしていても驚かねえよ」

 しかし、絶影はわずかに眉をひそめるのみで、さして気にする様子もなく、ぺろりと燻製肉をたいらげる。エリスのような大仰な反応を期待していただけに、若干の物足りなさは否めない。豪胆にすぎるのも考えものである。


 私たちは食事を終えて、焚火を囲んで、しばし雑談にふける。絶影に乞われて、私たちの旅路について語り──その中で、強敵との出会いに触れるたびに、絶影がうずうずとしているのがわかる。


「マリオン、腹ごなしに手合わせでもしねえか?」

 絶影はおもむろに立ちあがり、私に手招きをする。


 ほう──奇遇である。私の方も、少しばかり身体を動かしたいと思っていたところである。私は絶影に誘われるまま立ちあがり、その正面に向きあう。


「おお、見世物にすれば、金がとれそうな一番じゃのう」

 言って、黒鉄は場所を空けて、距離をとり、ロレッタとともに倒木に腰をおろす。


「どっちに賭ける?」

「マリオン!」

 黒鉄の問いに、ロレッタが迷いなく答えて。

「賭けにならぬではないか」

 自らも私に賭けようと思っていたのであろう、黒鉄が不満の声をあげる。


「言っておくけど、絶影は強いよ」

 私は苦笑しながら告げる。二人の過大なる評価はありがたいのであるが、北方で一戦交えた折、私が勝てたのは、絶影の油断によるところが大きいであろう、と思う。



 私は絶影と相対して、構えをとる。弓でもなく、短剣でもない。手合わせというからには、素手である。対する絶影も、右を前に半身になり、右手を前に突き出すように構える。


 絶影は、目にも留まらぬ速さで間合いを詰めて、左の蹴りを放つ。私は、側頭部に放たれた蹴りを、上半身の動きのみでかわそうと試みるのであるが、蹴りは中空で軌道を変じて、右膝めがけて打ちおろされる。


「ほう──初見でかわすか」

 しかし、私はその軌道の変化を見切って、余裕をもって蹴りをかわしている。

「初めてじゃない。()()()()()()()()()()()使()()()()()()

 そう返すと、絶影は何とも言えぬ、苦虫を噛み潰したな顔をして押し黙る。思うに、武侠と教団には浅からぬつながりがあるのであろうが──少なくとも、その技を同じくする程度には──絶影はそれを公にはしたくないのであろう。存外に顔に出る男である。


 私のその想像を裏づけるように、絶影は口を結んだまま、怒涛の猛攻に出る。絶影は私の顔めがけて左拳を放つ──が、これは牽制であろう。踏み込みが浅い。私はその左拳を右手でいなす──と、同時に、絶影は右の上段蹴りを放つ。私の側頭部を狙うその蹴りは、先の踏み込みの浅さゆえに、かろうじて足先が届く程度で、かわすのもたやすい。しかし──その上段蹴りを、最小限の動きでかわさせることこそが、絶影の()であった。


 私の鼻先を絶影の蹴り足がかすめた──次の瞬間、何をどうしたものか、さらに左の後ろ回し蹴りが襲いくる。見れば、絶影は宙で独楽のようにまわりながら蹴りを放っており──かわせぬ!と判断した私は、かろうじてその蹴り足に潜り込む。


 私の頭上を旋風のごとき回し蹴りが通り過ぎる。私はどっと冷や汗を吹き出しながら、着地する絶影の背後にまわる。さしもの絶影も、大技の後には隙ができる。


 私は、体勢を崩しながらも、大地を踏み込む。それは、大地を穿つほどの踏み込みではない──が、私はその衝撃を、関節を連動させることで増幅して、身体をねじりながら手のひらにまで伝えて──絶影の背にそっと触れるような掌打を放つ。


「おっ──と、さっそく真似るか」

 しかし、絶影の身体は、わずかに前に転がるばかり。

「だが、関節の使い方が、まだまだのようだな」

 絶影は、くるりとまわって起きあがり、私に向き直る。


 むう。関節を用いて衝撃を増幅するという武侠の奥義、暇さえあれば練習しているというのに、一向に極めるに至らぬ。


 私たちは再び相対して、じりじりと間合いを詰める。互いの間合いが近づいて、一足一刀の間──いや、無手であるから、一足一手の間となったところで。


「──待った!」

 私は手を前に突き出して、絶影を制して──街道の方に耳を澄ます。


「──悲鳴が聞こえる」

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