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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第30話 手紙

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201/311

1

「じゃあ、夜に酒場で!」

 言って、私は仲間と別れる。


 私たちは、テオリテ湖を越えて、東方北部と呼ばれる一帯に足を踏み入れている。東方北部は三国が鼎立(ていりつ)しており、戦が絶えぬというから、東方における()()()()という印象は、この北部によるものといえよう。とはいえ、その南端たるエストラの街までは戦火も及んでおらず、私たちはそれぞれに街を楽しむべく、別行動と相なったわけである。


 黒鉄はすぐに酒場に向かうと言い、ロレッタは知り合いに会うと言い、絶影は秘密と言い残して消えたのであるが──ま、どうせ大した用事ではあるまい。


 エストラは、街と呼ぶにはいささか小さく、しかしながら村と呼ぶには大きいという、半端な街である。ロレッタによると、東方中部との交易で栄えていることから市場だけは活気があるというので、どんな珍品と出会えるものか、と期待して出かけたのであるが。


「これは──ちょっと期待外れかもなあ」

 市場を一瞥して、そうつぶやく。


 エストラの市場は、前評判とは裏腹に、閑散としている。露店はほとんど出ておらず、わずかに商いをしている店も、その品数は少なく、どこかで見たことのあるものばかり。先に訪れた湖岸都市テオリテの栄え様とは、雲泥の差である。


 市場をぶらりと歩いたところで、私は見切りをつける。散策を切りあげて、黒鉄の待つ酒場にでも向かおう──と、決めた矢先のことであった。


「もしかして──君がマリオンかい?」

 と、不意に声をかけられて、振り向く。


「私はマリオンだけど──あなたは?」

 声の主は、まだ幼さの残る青年である。その人当たりのよさそうな笑顔には好感を抱くのであるが──とはいえ、まったくもって見覚えはない。


「僕はラテル。マリオンを見込んで、お願いしたいことがあって──」

 言いながら、青年──ラテルは懐から何やら取り出す。

「──この手紙を、オスティムの街まで届けてもらえないかな?」

 それは、ずいぶんとよれよれになった封書である。


 旅の傍ら、手紙を預かるというのは、ままある。とはいえ、たいていは縁があって預かるのであり、街中で名指しされるというのは初めてのことである。


「どうせ通る道だから、かまわないけど──」

「よかった!」

 まあ、別に減るものでなし、と首肯すると、ラテルは思わずといった様子で私の手を取り、歓喜の声をあげる。ずいぶんと冷たい手である。


「あ、ごめん」

 ラテルは頬を朱に染めて、慌てて手を放す。


「手紙は、オスティムの食堂──二羽の(かささぎ)亭の女将に渡してほしい。たぶん、字が読めないって突き返されるだろうから、この手紙は読めるはずだって伝えて」

 照れ隠しのように言って、ラテルはいくらか強引に封書を手渡す。


 押しつけられた封書を見ると、封蝋には、鵲であろうか、不格好な鳥の印が押されている。届け先の食堂も鵲亭ということであるから、ラテルはその縁者なのやもしれぬな、と思う。


「でも、どうして私に?」

 受け取った手紙を懐に入れながら、ラテルに尋ねる。

「君なら、必ず届けてくれるって、知り合いに聞いてね」

「知り合い?」

 共通の知人でもいるのであろうか、と重ねて尋ねると。

「とびっきりの()()()さ」

 言って、ラテルはいたずらっぽく笑う。


「おい、マリオン!」

 と、呼びかけられて、私はそちらに振り向く。見れば、絶影が手を振りながら近づいてくるところで──どうやら、秘密の用件とやらは終わったのであろう、と思う。


「何してんだ?」

「何って、手紙を預かって──」

 と、ラテルの方を振り向く──と、そこには誰もおらず、青年の姿は煙のように消え失せていたのである。



 それぞれの用事を終えた私たちは、黒鉄の居座る酒場で合流する。

「おう、遅かったのう!」

 黒鉄は、最後に到着したロレッタを、酒杯を掲げて出迎える。

「あたしが最後かあ」

 言いながら、ロレッタは空いている席に腰をおろして、給仕に蜂蜜酒を注文する。


「絶影よりは早く戻れると思ってたのになあ」

 ロレッタは蜂蜜酒の到着を待たず、テーブルの大皿から肉をつまみながら、そうこぼす。

「そういえば──絶影はどこに行ってたの?」

 ロレッタの言い様を聞いて──先に合流していたのに聞きそびれていたな、と私は疑問の声をあげる。すると、ロレッタは笑いを噛み殺し、絶影はむっつりと押し黙る。

「大方、娼館にでも行っておったのだろうよ」

 配慮なくそう告げたのは、酒杯を空にした黒鉄である。


 なるほど、男ってやつは、どいつもこいつも──絶影ほどの達人であっても、そういうものなのであるなあ、と私は感じ入る。


「それで、市場はどうだったの?」

 思わぬところでさらしものとなった絶影にいたたまれなくなったものか、ロレッタが話題を変える。

「それがさ──」

 そうである。それをこそ話したかったのである、と私は先の市場での不可思議な出来事について語る。


「手紙なら、行商なんかに頼めばいいのにね」

 ようやく到着した蜂蜜酒を舐めながら、ロレッタが話の感想を述べる。いや、そういうことではなく、消えた青年の謎について語りたいのであるが。

「それが、どうもそういうわけにもいかんらしいぞ」

 黒鉄までもが私の意に反して、昼間から酒をかっくらって酒場の常連から聞いたというその事情について語り出す。


 黒鉄の話によると、この国──イオスティでは、エストラよりもさらに北で起こった戦に注力するあまり、南端の防備が手薄となっており、近頃は野盗の類の出没が増えているのだという。

 ロレッタの言うとおり、本来であれば、近隣のオスティムくらいまでなら、行商に頼んで手紙を届けてもらっていたようなのであるが、その野盗の出没により、そもそもの行商の数が減っており、手紙の配達もままならぬということのようである。


「それなら、護衛を雇えばいいんじゃないの?」

「まあ、護衛を雇う費用が割にあわんということもあるのかもしれんが──何より、その野盗というのが、それなりの手練れのようでのう。護衛のなり手も少ないらしい」

 ロレッタの疑問に、黒鉄が答えて──その段になって、私はようやく悟る。エストラの市場が閑散としていたのは、その手練れの野盗とやらの出没により、行商の出入りが少なくなっているからなのであろう。まったくもって迷惑な話である。


 私たちは、その後も腹が満ちるまであれこれとつまみながら、野盗のせいで景気のわるいエストラの街に長居は無用、早々にオスティムの街に向かうべし、と方針を決めて──酒場の二階の部屋を借りて、それぞれに眠りにつく。

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