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私と絶影は、逃げ込んだ通路の奥に水辺をみつける。水があるからには、湖に通じているに違いない。短慮と言うならば言え。私は駆ける勢いのまま水に飛び込んで──こんなときではあるが、身体にまとわりついた粘液が洗い流されるのは心地よい──そのまま洞窟を泳ぐ。
フィーリの灯りに照らされた洞窟は、うねるように伸びており、やがて湖へと抜ける。
「──」
と、絶影が身振りで、ロレッタの糸に引かれていることを知らせる。なるほど、糸の先を目指せということであろう、と見当をつけて、私たちは湖面を目指す。
私たちの頭上を回遊していた魚人どもは、あの蛞蝓に一撃くらわせたことで、一時的にせよその支配から逃れたものか、私たちに見向きもせず、優雅に泳いでいる。先ほどはあれほどおぞましく思えた異形も、ただ泳いでいるだけならば、そこまで忌避するものでもないな、と魚人の群れをすり抜けて──私たちは、ロレッタの糸に導かれて、湖面に顔を出す。
『羽のごとくあれ!』
湖面で待ち構えていたロレッタが唱えて、私たちは水面に転がる。久しぶりの陽光に、生きて戻れたことを実感する。
「へえ、こいつはいい」
絶影は、ロレッタの魔法に感嘆の声をあげて、水面に立ちあがる。
「でしょう」
言って、ロレッタは、ふふん、と胸を張るのであるが、これまでの経験上、彼女が調子に乗るとろくなことはない。絶影には、私たちに同行する気があるのならば、ロレッタを褒めすぎてはならない、と教えてやらねばなるまい。
「おお! 無事じゃったか!」
湖面を歩いて陸に戻ると、やきもきして待っていたであろう黒鉄が駆け寄って──はこない。黒鉄は、意地でも近寄ってなるものか、と水辺から離れたところで、両手を広げて待ち構えている。
私は苦笑しながらも、その胸に飛び込んで──黒鉄の剛力で抱きしめられる。苦しいけど、嫌な気分ではない。
「無事と信じてはおったがのう──それでも、心配じゃったぞ」
「ありがと」
私を解放して素直にそう告げる黒鉄に、照れくさく返す。
「おいおい──助けに潜った俺にも何かあってしかるべきだろう」
そこに割って入ったのは、私に遅れて陸に戻った絶影であった。拗ねるように声をあげる様には、意外にもかわいげがある。
「おお、絶影も──」
と、黒鉄は再び両手を広げて──さすがに絶影がその胸に飛び込むことはなく、私たちは顔を見あわせて大笑いする。
そういえば、と思い出して。
「はい、これ」
私はフィーリから取り出した鉱石を、黒鉄に手渡す。
「何じゃ、これは?」
「お土産」
黒鉄の問いに短く答えて、後はフィーリに任せる。
「墜ちた星の一部です」
「湖底の洞窟に転がってたの。フィーリがめずらしいものだって言うから、黒鉄なら喜ぶかなと思って──」
思いのほか短いフィーリの説明に、結局私が補足する。
「隕鉄──ということかの?」
「それも正しくはありますが──異界より召喚された星の一部ですから、この世の理から外れた鉱物ということになりますね」
黒鉄の問いに、フィーリはよどみなく答える。
「それはそれは──何よりの土産じゃのう」
黒鉄は手にした鉱石をかざして──石は陽光に黒くきらめいて、黒鉄はその様に満足するように、にんまりと笑う。
そうして、しばし再会を喜びあった私たちは、先延ばしになっていた昼食を終えて──湖で獲れたものを食べる気になれず、フィーリから取り出した干し肉で済ませたのである──できるかぎり水辺から離れて歩き出す。
「やはり、水辺に近寄らぬという儂の判断は、間違っておらんかったというわけじゃのう」
黒鉄は勝ち誇るように言って、高らかに笑う。
その言に、反論の一つも返してやりたかったのであるが──当分、水辺に近寄りたくないのは、まぎれもない事実である。
私は大きな溜息をついて──湖から目をそらしながら、先を目指すのであった。
「湖畔」完/次話「手紙」




