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昨日の曇天が嘘のように晴れ渡っている。
茶会を終えて客室に通された私たちは、何やら得体の知れぬ薬湯を飲まされて、泥のように眠った。朝、起きてみると、昨晩は痛みの残っているようだったグラムが、日課の鍛錬とやらに励んでいたので、相当に効果があったのだろう。あのおどろおどろしい赤黒い薬湯が真祖の秘薬ということであれば納得もいく。
城門から出て、空を見あげる。雲一つない青空を、純黒の尖塔が貫く。伯爵の力によるものか、清新な佇まいを取り戻した古城は、思ったとおり青と黒の対照が映える。青天のもとで見るそれは、もはや「呪われた城」などではない。
「お姉ちゃん!」
村に帰ろう、と急かすように私の脚にしがみつく少女の頭をなでる。
「ちょっと待ってね」
ダラムの村にも、妹のように私に懐いていた少女がいたことを思い出す。いつも私の後をついてきたあの少女は、今頃なにをしているのだろうか。古城を眺めながら、めずらしく郷愁を覚える。
感慨深く古城を眺めていた私とは裏腹に、グラムは感慨に浸ることもなく、荷物をまとめている。
「もう行くの?」
グラムの背中に問う。
「ああ、ずいぶん遠まわりしちまった」
振り向きもせずに返す。
「報酬、受けとらなくていいの?」
「先払いだ」
言って、グラムは、吸血鬼退治にかぎり、という金額を口にする。彼ほどの狩人を雇うにしては、安すぎるように思える。
「吸血鬼なんて、金払ってでも殺したいんだ。金もらって殺せるなら、実費のみで十分だ」
疑問を察したものか、言葉を重ねる。
やがて、荷物をまとめ終えたグラムが、少女を見やる。
「その娘は、お前が送り届けてくれ」
少女は、呼びかけられただけで脅えたようで、隠れるように私の背後にまわる。子どもに嫌われることには慣れているものか、グラムは、ふん、と鼻を鳴らして、荷物を背負う。
「じゃあな」
一声かけて。たったそれだけで。戦いを終えたばかりだというのに、休むそぶりも見せずに、次の戦場に向けて歩き出す。
「あ、そうだ」
不意に声をあげて、グラムは忘れ物でも思い出したかのように足を止めて、振り返る。
「おい、マリオン」
乱暴な呼びかけに、思わず威嚇で返そうとして──初めて名前で呼ばれたことに気づく。
「お前な、いい狩人だったぜ」
照れくさそうに、少年のように笑って。
今度こそ、グラムは振り返ることなく去っていった。
グラムの後ろ姿を見送って、私も少女を連れて古城を後にする。
幾千の夜を越える彼の孤独な旅路において、その屈託のない笑顔を浮かばせたのが自分であることを、私は心から誇りに思った。
「古城」完/次話「王都」




