表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第29話 湖畔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

199/311

6

 私たちは魚人から逃れて──別の出口を探して、最大限に警戒しながら洞窟を進む。洞窟は光苔に照らされて明るく、足場も平坦に続いており、ひとまずの道行に不安はない。


「うえ、何だこりゃあ」

 洞窟の壁に手をついた絶影が、気色わるそうに声をあげる。見れば、壁には()()のようなものが付着しており、絶影の手に触れたそれは、ぬらぬらと妖しく光りながら、糸を引いている。


「マリオン、足もとにお気をつけください」

 絶影に気を取られていた私に、フィーリの声が飛ぶ。慌てて足を止めると、はたして旅具の指摘のとおり、半歩先の地面にも粘液が付着しており、危ないところであった、と安堵する。あんな気色のわるいもの、踏まずに済むのならば、それに越したことはない。


「毒ではなさそうですが、自然のものとも思えませんね」

 フィーリはそう告げて──私は屈み込んで、粘液をつぶさに観察する。粘液は、凝視しなければわからぬほどに、ほんのわずかに蠢いている。その様は、まるで生きているようにも思えて、私は吐き気を催す。


「警戒を怠るなよ」

 粘液に気づかず壁に手をついた癖に、絶影が偉そうに言って。

「絶影こそね」

 私は苦笑しながら返す。


 私たちは、粘液を避けながら、洞窟の奥に進む。洞窟は次第に大きく、広くなり──それにつれて、洞窟内に付着する粘液の量も増えていく。しまいには、洞窟のほとんどが粘液に覆われてしまうほどで──ぬらぬらと光る粘液に囲まれると、まるで得体の知れない何かの体内にでもいるような気がして、底知れぬ怖気のようなものを感じる。


 やがて、洞窟は広大な空間となり──そして、ついに私たちはその粘液の正体を知る。


 眼前にそびえる、ぬらぬらとした威容──それは、わずかずつではあるが、確かに這いずっており、おぞましくも()()()()()ことが知れる。それが蠢いた後には、どろりとした粘液が付着しており──粘液は、それの一部だったのであると気づいて、私はこらえきれずに嘔吐する。


 それは、私たちを認めて、奇声を発する。


『──!』


 それの声を聞いて、私は戦慄する。それは()()()()()であった。聞くものが誰であっても、その意味するところを理解できるという神々の言語──その誰にでも理解できるはずの言語を用いて、それは誰にも理解できないであろう「()()」を叫んでいるのである。そんなもの──()()()()()ではないか!


 目の前の化物が、海神に等しい存在であると悟って、私は震える手でフィーリを叩く──と、旅具は魔法を唱えて、私たちの身体を薄く光る膜が覆って、それとともに肌に感じる怖気が減じる。私は奮起して、そのおぞましい化物を見あげる。


 それは、信じられないほどに巨大な──蛞蝓(なめくじ)であった。


 その顔と思しき部分から伸びる触手の先には三つの目があり、確かな意思をもって、私たちを睥睨している。さらには、奴の背から伸びる触手までもが、私たちを狙うようにもぞもぞと蠢いていて──私はフィーリの加護があるにもかかわらず、生理的な嫌悪感から再び吐き気をもよおして──こみあげるものを何とかこらえる。


「あの触手にお気をつけください!」

 フィーリは警戒の声をあげる。

「おそらく──あの触手の先端にある棘に刺されると、()()()()()()()ことになります」

 フィーリの言に、先の魚人の姿を思い起こして──もしかすると、あれは蛞蝓に刺された人間のなれの果てなのではないか、と思い至り、自らの想像に怖気を震う。


『──!』

 蛞蝓は何やら発して、私たちに襲いかかる──のであるが、蛞蝓なだけあって、動きは鈍重である。


 私たちは脱兎のごとく駆け出して、奴の視線から逃れるように、岩陰に身をひそめる。

「マリオン、何か手はあるのか?」

 絶影は蛞蝓を警戒しながら、私に問いかける。普通であれば、発狂するなり逃げ出すなりするであろうに、いくらフィーリの加護があるとはいえ、あの海神と等しいほどの存在を前にして、なお戦意を失わぬとは、何たる胆力であろうか。敵にまわすと厄介な男であったが、仲間になるとこれほど頼もしいものもおるまい。


「私の弓なら、奴を一時的に動けなくすることはできると思うけど──」

 旅神の弓の一撃は、蛞蝓と等しい存在たる海神をも退けたのである。蛞蝓にも効果があるのは、道理であろう。

「ただ──この洞窟は崩れるだろうから、生き埋めになっちゃうかも」

 洞窟が崩れて、そこに湖の水が流れ込むであろうことを思うと、無事に脱出できる可能性の方が少ないように思える。


「じゃあ、マリオンの弓を最後の手段にするとして──俺の方にも考えがある」

 言って、絶影はその考えとやらを語り出す。



 私と絶影は、岩陰から飛び出して、蛞蝓を迎え撃つ。

「いいか──同時にだぞ」

 絶影が確認するように言って、私は頷いて返す。


 蛞蝓は、その動き自体は鈍重なのであるが、背から伸びる触手だけは、俊敏に私たちに迫る。その先端の棘に刺されたならば、あのおぞましい蛞蝓に支配されてしまう。それだけは何としても避けたいという思いからであろう、私も絶影も、普段であれば紙一重で見切ることのできる触手を、余裕をもってかわす。


 絶影の提案を実行するには、私と絶影とで、蛞蝓を両側から挟み込まなければならない。私たちは触手をかわしながらも、互いに目配せをして、少しずつ位置を変える。蛞蝓には触手をかわしているようにしか見えぬであろうが、私たちは少しずつ、しかし確実に、奴を挟み込まんと動いているのである。


 私たちが位置を変えるにつれて、蛞蝓にとっては的が分散することにもなり、触手をかわすのもいくらかたやすくなる。


「今だ!」

 絶影の声を合図に、私は疾風のごとく、大地を踏み込む。大地を穿つほどの衝撃を、身体をねじりながら手のひらにまで伝えて、蛞蝓にそっと触れるような掌打を放つ。それと同時に、蛞蝓を挟んだ向かい側で、絶影も透しを放っている──はずである。


 私の透しと絶影の透し──相対する衝撃が真っ向からぶつかり、蛞蝓の体内で()()()


 透しによる内部破壊──本来は、相手を両手で挟み込み、関節を用いる透しを両側から放つことで実現する、武侠の奥義であるという。

 しかし、蛞蝓はこれほどの巨体である。一人ではその身体を挟み込むことはできず、私と絶影の二人がかりで透しを放ったのであるが──効果は絶大であった。


『──!』


 蛞蝓は内側から爆ぜるように粘液を撒き散らし、怨嗟の声をあげる。さしもの神代の化物も、身体の内側から破壊されたことはないようで、未知の痛みにのたうちまわり、そのたびに周囲に粘液が飛び散る。


「うえ」

「おい、退くぞ!」

 飛び散った粘液の一部を浴びて顔をしかめる私に、絶影が呼びかけて──気持ちわるがっている場合ではない、と思い直して、駆け出す。私たちは苦悶する蛞蝓の横をすり抜けて、その奥の通路に逃げ込む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

以下の外部ランキングに参加しています。
リンクをクリックしてもらえるとやる気が出ます。


小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[一言] おおお!カッコいい!! 異形の強敵を撃破して、次回、いよいよ…!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ