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「ここが──星の中?」
フィーリの推測に、私は思わず問い返す。
「はい、おそらくは」
フィーリは先よりも確信をもって返して──私はぐるりとあたりを見まわす。古に墜ちた星の中ともなれば、もっと神秘に包まれていてほしいものであるが──意に反して、洞窟はごつごつとした岩肌を見せるのみである。
「何でそう思う?」
絶影は起きあがり、神妙な面持ちでフィーリに顔を近づける。近い。そこは私の胸であるぞ。一応。
「先の海神の眷属と思しき存在です」
私と絶影は、フィーリの言葉に耳を傾ける。
「異神たる海神は、勇者ブルムによって、海底神殿に封じられたはず。その封印が完全ではないとはいえ、さすがに東方に眷属を放つことまではできないでしょう」
フィーリはそう語るのであるが──しかし、厳然として、海神の眷属と思しきものは、確かにこの湖に存在している。
「海神は、異神として召喚された折、天空より現れたと聞きます。その際に、眷属の一つが群れからはぐれて墜ちたとすると──」
と、途中で言葉を切るフィーリの後を継いで、私は続ける。
「ということは──ここは、海神の眷属の巣ってこと?」
「そう考えると、辻褄はあいます」
私の問いに、フィーリが肯定で返して──私はその事実に、ぞわり、と震える。
「禁域ってのは、神聖ゆえのものではなく──単に危険だからってことか」
絶影の言に、おそらくそのとおりであろう、と頷く。テオリテ湖の中心に近づいて、あの異形に襲われでもすれば、渡し船などひとたまりもないであろう。
「すぐにでもここから出た方がいいのかな」
「いや──この横穴は、さっきの異形どもに見張られているだろう。出るんなら、別の出口からの方が望ましいが──はたして、別の出口なんてもんがあるかどうか、だな」
私の提案に、絶影は思案するように返して──そして、不意に視線を移して、水辺を凝視する。
「おい、マリオン! 後ろ!」
私は絶影の声と同時に飛び退り、水辺から離れる。
水辺から顔を出して、今まさに岸にあがらんとしているのは、先の異形──半人半魚の化物である。私たちを追ってこんなところまでこようとは、しつこいにもほどがあるが──何よりも、そのえらは飾りか、と問いたくなる。
魚人は岸にあがると、腕をだらりと垂れ下げて、左右にだらしなくゆらゆらと揺れながら、私たちに近寄る。
「これは──おそらく、何か上位の存在によって、操られています」
フィーリのその言は、おそらく正しかろう、と思う。魚人は、その視線を宙にさまよわせており、私たちを目視しているとも思えぬのに、しかし確実に近づいてくるのである。
「ここは俺に任せておけい」
言って、絶影が前に出る。
「仲間になったからには、腕前を披露せねばなるまい」
そして、魚人に相対して構えながら、殊勝なことを言うのであるが──仲間にした覚えはない。
どうやら魚人は水中でこそ本領を発揮するようで、先とは打って変わって、緩慢な動作で絶影に迫る。絶影は、魚人の伸ばした手をかわし様に、その横腹に掌打を放って──魚人は吹き飛び、再び水辺に落ちる。
それは確かに透しである──が、先の水中と同様、絶影は踏み込みもなしに透しを放っており、私は目を輝かせながら彼に駆け寄る。
「今の──どうやったの?」
「教えねえ──と、言いたいところだが、どうせ勝手に真似するんだろうからなあ」
私の問いに、絶影は不満げに返しながら、聞えよがしに関節を鳴らす。
「──関節を使うんだよ」
絶影の語るところによると、身体の関節の連動を意識して、その一つひとつを動かすことにより、見た目には小さな動きであっても、大きな力を生むことができるのだという。つまり、強い踏み込みがなくとも、透しに必要となる衝撃を生むことはできるのである。なるほど、先に水中で透しを放ったのも、同じ術理によるものであろう、と納得する。
「あとは、その衝撃を拳にまで伝えればいいってわけよ」
絶影はそう簡単に結ぶのであるが、関節の動きだけであれほどの衝撃を生もうとは、絶技と呼ぶにふさわしい技であろう、と驚嘆する。術理を理解したとて、血の滲むような修練をともなわなければ、体得することは難しかろう。さすがの私も、一朝一夕に真似できる気はしない。
私は素直に賛辞の拍手を送り、絶影もまんざらでもない様子で鼻を鳴らして──そして、瞬時に水辺に向き直って、構えをとる。
「おい、次が来るぞ!」
絶影の言葉のとおり、新たな魚人どもが次々と水辺に顔を出して──私たちは、これではきりがない、と洞窟の奥に駆け出す。




