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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第29話 湖畔

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2

 絶影──武侠と呼ばれる一族の当代たる彼は、教団の依頼を受けて私の命を狙った暗殺者でもある。その折に彼よりくらった透しの一撃を思い起こして、私は思わず腹を押さえる。


「若いの、何か用かの?」

 言って、黒鉄がずいと間に割って入る。黒鉄にしてはめずらしく怒りをあらわにしており、もれ出した武威が周囲の客を脅えさせる。しかし、当の絶影はどこ吹く風、黒鉄の武威をさらりと受け流して、飄々としている。


「黒鉄の旦那──だっけ? まあ、落ち着いてくれ。俺はもうあんたらに手を出すつもりはないんだよ」

 言って、絶影は降参するように両手をあげる。以前に騙されたことを思うと、その言葉を素直に信じることはできないのであるが──。


「──座りなよ」

 とはいえ、街中でいきなり襲いかかってくることもあるまいから、と私は向かいの席に座るよううながす。

「恩に着るぜ」

 絶影は気安げに言って、私の向かいに腰をおろして、給仕にエールを頼む。


 エールの到着を待つ間、私も黒鉄も──ロレッタは別である──油断なく絶影に相対しているというのに、当の絶影ときたら、まるで隙だらけに身をさらしており、そのうち私も毒気を抜かれてしまう。


 やがて、給仕がエールと追加の料理をテーブルに置いて。

「──出会いに」

 言って、絶影は酒杯を掲げるのであるが──私たちは誰一人応じることはない。


「何だよ、つれないなあ」

 絶影はふくれながら料理に手を伸ばして──私は慌てて皿を引く。私たちの料理に手を出そうとは、まったく油断も隙もあったものではない。


「仕返しが目的じゃないっていうのなら、私たちに何の用があるの?」

 やむなく追加の料理を注文する絶影に、私は問いかける。

「そもそものところに勘違いがあるようだな」

 絶影はエールを味わいながら答える。


「俺は、別にあんたらを訪ねて東方くんだりまで出向いたわけじゃねえ。ただ、近くにあんたらがいるってわかったから、顔くらい見せとこうと思っただけさ」

 別に目的があり、私たちの方がついで──にわかには信じられぬが、たとえそれが事実であるとしても、それでも疑問は残る。


「どうして私たちがこの街にいるってわかったの?」

 尋ねる私に、絶影は思わずといった様子で、酒を吹き出す。


「あんたら、自分たちで思ってるよりも、ずっと目立ってるからな」

「え、そうなの?」

 絶影の言葉に、ロレッタは喜びの顔を返すのであるが。

「別に、姐さんの美貌のせいってわけじゃねえから」

 絶影はロレッタの人となりを心得ているようで、見事にその勘違いを訂正してみせる。やるものである。


 絶影の語るところによると、狩人、ドワーフ、ハーフエルフの三人組というのは、まず見ることのない組み合わせであるという。それ自体は、以前にアルグスからも指摘されたことがあるので、それほど驚くことではないのであるが──さらには、その三人組は、酒場に立ち寄るたびに、己らの冒険譚を吹聴しているというのであるからして、その動向から手の内までを探ることも非常に容易であったというわけである。反省。


「あたしたちが目当てじゃないのなら──じゃあ、いったい何だって東方くんだりまで出向いてきたの?」

 いくらか不満げに尋ねるロレッタに──先の美貌のくだりを根に持っているのであろう──絶影は、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに、勢いよく酒杯をテーブルに打ちつける。


「嬢ちゃんに負けちまって、親父には絶縁されるわ、教団からは破門されるわ、もう散々な目にあってよ」

 絶影は、(ふん)まんやる方なし、と吠えるのであるが──そんなもん、自業自得であろう、と思う。


「ま、しくじったのは事実だしな。一応、詫びを入れにいこうと思ってよ」

 そう結んで、絶影は深い溜息をつく。なるほど、絶影は依頼を果たせなかったことを教団に詫びにいこうというのであろう。意外に義理堅い男である。


「ってことは──教団って、このあたりにあるの?」

 疑問に思って、私は声をあげる。


 ウルスラより教団のことを聞いて、彼の暗殺組織が東方に存在することは知っていたものの、旅の道中そのような噂を聞くこともなく──あれほど物騒な組織であれば、人々の口にのぼってもおかしくないように思うのであるが。


「知らねえのか? 火吹山の麓にあるだろ」

「もしかして、教団とは──拝死教団のことなのですか?」

 絶影の言葉に思いあたる節があったようで、フィーリが声をあげる。

「何だ、知ってるじゃねえか」

 絶影はフィーリの声に驚くこともなく返す。旅具のことまでとっくにご存知とは、おそれ入る。


 それにしても──あの教団が、フィーリの語った拝死教団のことであったとは思ってもおらず、私は少なからず驚く。しかし──よくよく考えてみれば、冥神を信仰するからこそ、死者を望み、暗殺をも請け負うのであろうから、頷ける話ではある。


 そんなことを考えていたときであった。

「へえ、じゃあ()()()()()()なんだ」

 ロレッタが止める間もなく口にして──私と黒鉄は無言で彼女を責めるのであるが、もう遅い。


「あんたらも火吹山に用があるのか?」

 絶影は耳ざとく聞きつけて、にんまりと笑う。


「だったらよ──俺も一緒に連れてってくれよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] おお、ウッカリロレッタまで久々の登場ですか…
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