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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第28話 墓守

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7

 私たちは、古竜の肉を食すという希少な腹ごしらえを終えて、ようやく腰をあげる。赤竜はカルトゥルスの門番だったのであろうから、目指すべきは彼の竜の守りし窪地の奥に続く道であろう、とそちらに足を向ける。

 解体した赤竜は跡形もなくフィーリの中に消えたのであるが、竜をつないでいた巨大な鎖は残っている。私たちは、その鎖の根元をたどるように、窪地の奥に進み──うねる谷間に足を踏み入れる。


 しばらく歩いて──ようやくたどりついた鎖の根元は、何やら複雑な紋様の描かれた魔法陣に吸い込まれるようにして消えている。見た目には、とても赤竜の力を抑え込めるようには思えない。よくはわからぬが、強大な魔法の力が働いているのであろう、と結論づけて──私たちは、横たわる鎖を越えて、その先に見える洞窟に向かう。


 山肌に穿たれた洞窟は相当に深いのであろう、暗く、先を見通すことはできない。

「フィーリ、灯りを」

 魔法の灯りに照らされた洞窟は、自然のものではなく、人の手によるものに見える。両の壁には、カルトゥルスの歴史であろうか、壁画が描かれており──その歴史は、連綿と洞窟の奥まで続いている。


「──何これ?」

 と、ある壁画の前で、ロレッタが顔をしかめながら声をあげる。それは、おぞましい怪物が人を殺めている様を描いた、凄惨な壁画である。よく見れば、怪物も人間も、それぞれに軍勢を率いており、戦争のようにも思える。気になるとすれば、まるで()()()()()()()()()()()()かのように描かれているところであるが──。


「──マリオン」

 不意に黒鉄が私を呼んで、我に返る。気づけば、私たちは洞窟の最奥にたどりついており、目の前には重厚な扉がそびえている。扉には、先の巨大な門と似た紋様が描かれており──誰に言われるでもなくルジェンが歩み出て、手を触れる。


 地鳴りのような音をたてて開いた扉の向こうは、高台であった。眼下には荘厳な都市が広がり──その光景は、いつぞやのウェルダラムを彷彿とさせる。しかし、彼の都市にくらべると空が近いからであろうか、ウェルダラムにはなかった開放感もあり──もしかしたら、ナタンシュラにも似ているのかもしれぬな、と思う。


 高台からは、都市に続く階段が伸びており、私たちは転げ落ちないように気をつけながら──特にロレッタが──ゆっくりと階段を下りる。

「これは──滅びておろうのう」

 階段を下りて、都市に近づくにつれて、そこにあるべきはずの人の気配がないことに気づいたのであろう、黒鉄が苦い顔で告げて──確かに、と私も頷く。私たちの感知できる範囲に人がいないだけ、という可能性もなくはないのであるが、そうと信じるほどに楽観的にはなれない。


「まあ、酒はあるやもしれん」

 まだ見ぬ古酒に思いを馳せる黒鉄に、ルジェンはあきれるような視線を送るのであるが、当の本人は気にするそぶりも見せない。


「どこかに移り住んだ痕跡があるかもしれないでしょう」

 酒以外も探してよ、と苦言を呈して──私たちは都市の探索を始める。



 黒鉄の強い要望により、私たちはまず酒場を探す。都市の大通りを行けば、酒場の一軒くらいはみつかるであろう、と歩いていると。

「あれじゃろうな」

 黒鉄が目ざとく看板をみつけて、声をあげる。見れば、その看板には酒杯を打ちあわせるような浮き彫りが細工されていて──こればかりは、古代も現代も、どこでも共通なのだなあ、と私は思わず苦笑する。


 黒鉄は酒場の扉を開いて、ずんずんと中に入り、仕切りテーブルの奥に並ぶ酒瓶の一つを手に取る。酒瓶の口を開けて、匂いをかいで──そして、おもむろに口をつける。

「そこまで()()()()のではないかのう」

 酒瓶に口をつけて、一口というには多すぎる量を飲みほした黒鉄がつぶやく。

「割と最近、都市を放棄したってこと?」

「儂の舌が正しければな」

 私の問いに、黒鉄は舌を見せて答える。こと酒に関しては、黒鉄の舌が間違っているとも思えないから、やはり都市の放棄は最近のことなのであろう、と思う。


 期待していた古酒はなさそうであるからか、黒鉄はいくらか気落ちした様子で酒の物色を続ける。酒瓶を手に取り、一口舐めて、気に入ったものを次々とフィーリに放り込んでいき──やはり、ルジェンに半眼でにらまれている。



 広い都市を皆で一緒に探索しても埒があかないであろうから、と私たちは手分けすることに決める。


「何かみつけたら、糸を引いてね。みんなに伝わるから」

 ロレッタが、私たちの指に魔法の糸を結びながら、そう告げて──私たちは、それぞれ思いおもいに探索を始める。


 私は、近場でもっとも高い建物に目をつけて、そちらに足を向ける。近づいてみると、それはどうやら冥神を祀った教会のようで、その壁には、先に見た彫像と同じく、鹿角の乙女の壁画が描かれている。私は冥神に祈りを捧げて、教会の鐘塔にのぼって、高所から周囲を見渡す。都市全体を見れば、古代人の生き残りがいるやもしれぬから、まずは動くものを探す。


「あれは──」

 と、銀髪が視界をかすめて、すわ古代人か、と目を凝らしたのであるが──すぐに、前を行く見慣れたドワーフの背中を認めて、その銀髪がルジェンのものであると気づく。


「何だ、ルジェンか」

 どうやらルジェンは黒鉄と行動をともにしているようで、その後ろにくっついて歩いている。黒鉄が酒場をみつけて中をのぞこうとするたびに、ルジェンがその手を引いて軌道を修正しており──ずいぶんとうちとけたものであるなあ、と微笑ましく眺める。


 黒鉄は、何だかんだと言っても面倒見のよいドワーフであるし、心優しくもあるから、若い娘には好かれるのだなあ、と考えたところで──知らず唇を尖らせている自分に気づいて、少なからず驚く。いやいや、決して嫉妬しているわけではない。断じて、ない。


 気を取り直して、再び周囲を見渡す──と、今度は見慣れた赤毛を認めて、どれ、と目を凝らす。見れば、ロレッタは先に別れた酒場から程近い噴水の縁に腰かけて、何をするでもなく、ぼう、と宙をみつめている。


 古代人の生き残りも、その痕跡も探すことなく怠けているのであるからして、普段であれば糸を引いて文句の一つも言ってやるところであるが──先の赤竜との戦いで疲れているのであろう、と見逃してやることにする。ま、私が探せばよいだけのことである。


 私は目を凝らすのをやめて、どこを見るでもなく、焦点をあわせず、ぼう、と都市全体を視界に入れる。動くものを探すのであれば、()()()()()()()()()()()()()()。視野の周辺部に意識を集中して、しばし待つ──と、視界の隅で、私たちの誰でもない何かが動いたような気がして、そちらに視線を向ける。


「──猫?」

 そのつぶやきが疑問形になったのも、いたしかたなかろう、と思う。なぜならば──その猫と思しき存在は、()()()()、しかも()()()()()()()()()のだから。



「本当にそんな猫がいたの?」

「私の目が信じられないっていうの?」

 いぶかしげなロレッタに、いくらかむっとして返す。

「マリオンの目じゃから、信じて、こうして向かっておる」

 他の誰が言っても信じとらんわい、と続ける黒鉄に、私はいくらか機嫌を直す。単純なものである。


 先に見た猫──正確には黒猫は、街の西側にある墓地に向かっていたように思う。その小さな手に、懸命に花束を抱えていたところからしても、墓に花を供えようとしていたのであろう、と見当をつけて──私たちも墓地に向かっているというわけである。


 やがて、墓地にたどりついて──私は皆に先立って墓地をのぞき、入口のそばの墓石に目をやる。そこには、手折ったばかりと思しき、一輪の花が供えられている。見れば、その花は次の墓石、そのまた次の墓石にも供えられており──花を順に目で追うと、その先には、はたして件の黒猫がいる。黒猫は、先に見たとおり、服を着て、直立しており、まるで人間のように哀悼の面持ちで花を供えている。その背は墓石よりも高く、明らかに猫にしては大きい。


「はあ──かわいい」

 つぶやいて、ロレッタはだらしなく頬を緩めて、黒猫に見惚れている。ま、それも無理はなかろう、と思うほどに、黒猫は相当に愛らしい。


 ともあれ──さすがにあの黒猫がカルトゥルスに住まう古代人ということはなかろうが、何か事情くらいは知っているであろう、と考えて、私たちは黒猫に近づく。私たちの足音で、黒猫もこちらに気づいたようで──抱えていた花束を取り落として、怒りの形相で私たちをにらみつける。


『──!』

 黒猫は私たちに詰め寄り──激昂しているのであろう、耳を立てて、何やら古代語でまくしたてる。いくらか古代語にも慣れてきたとはいえ、これほどの早口でまくしたてられると、何と言っているやら見当もつかぬ。


 首を傾げる私を見て、黒猫は事情を察したようで、蛮族語──もとい、公用語に切り替える。

「賊め! いかようにしてこの地に潜り込んだ!」

 黒猫は、その見た目からは想像もつかぬほどに、低く、落ち着いた声をあげる。その落差は、かえって黒猫の魅力を際立たせており、これにはさしもの私も頬を緩めてしまう。


 いや、見惚れている場合ではない。何とか誤解を解かねば──と、考えたところで、私は重大な事実に気づく。そもそも、私たちは間違いなく賊なのであるからして──なぜならば、()()()()()()()()()()──誤解の解きようなどないのである。はて、どうしたものか、と思案していると──黒猫はいつのまにやら呆けた顔をしている。その顔にすでに怒りはなく、喉を鳴らしながら尻尾を立てて──ルジェンを凝視しているのである。


 黒猫は、おずおずと彼女の前に歩み出て、騎士が主にそうするように跪き、おもむろに口を開く。


「おお──お待ちしておりました、我が主よ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 言われてみれば門番は打ち倒してるし、酒も盗んでるし、真っ当に賊ですね… からの、急展開。 はたして…?
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