3
「第二の試練も突破しましたね」
「──試練?」
フィーリの言葉に不穏な響きを認めて、私は思わず問い返す。
「そう、試練です」
旅具は断言して続ける。
「マリオンは覚えていないのですか? 地下都市ウェルダラムにたどりつくために迷宮に潜ったことを、空中都市ナタンシュラにたどりつくために北壁をのぼったことを──」
言われて、私は古代人の残した数々の試練を思い起こす。
「古代都市は、常に蛮族の侵入を拒んでいます。白霧の森も、古代人にのみ開く門も、おそらくはカルトゥルスへの侵入を拒む試練でありましょう。このような仕掛けは、まだまだ続くと思いますよ」
フィーリはそう結んで──私は待ち受ける試練に奮起するのであるが、ロレッタは、うへえ、と溜息をつく。
フィーリの言を受けて──さらなる試練が待ち構えているのならば、と私が先頭に立って、巨大な扉の隙間を抜ける。
扉の向こうには、先と同じく谷間の道が続いている。先と異なるのは、その道が途中から結構な傾斜の階段となっているところであろう。
「古代人なら一飛びでしょうねえ」
フィーリの言葉に、なるほど、と頷く。しかしながら、魔法の使えぬ蛮族の我が身としては、愚直にのぼるしかあるまい。
階段に足をかけたところで、後ろから情けない声があがる。
「うええ、のぼるのお」
「はよう行けい」
黒鉄は慣れたもので、いつものように渋るロレッタの尻を叩く。
階段はつづら折りに続いており、やはり先を見通すことはできない。どこまで続くやらわからぬ階段をのぼり続けるというのは、確かにつらいことかもしれないのであるが──こちとら北壁をのぼったこともあるのである。今さら階段程度に怖気づくこともない。
私は後続をはげましながら、後ろ向きに階段をのぼる。急な勾配ではあるが、私にとっては後ろ向きでも苦はない。
「──死ぬう」
しかし、どうやらロレッタにとってはそんなことはなかったようで──彼女は半神であるというのに、恥も外聞もなく、黒鉄に尻を押されながら階段をのぼる。
そうして、どれほどのぼった頃であろうか──階段は不意に終わりを告げて、私はたたらを踏む。前に向き直ると、その先には懐かしき平坦な道が続いており──私は、ふう、と息をつく。
「もうすぐ階段も終わるよ!」
後ろに声をかけて、肩で息をする皆を鼓舞する。
待つことしばし──皆も階段をのぼり終えて、一様にその場にへたり込む。ロレッタとルジェンは言わずもがな、黒鉄も階段をのぼるのは苦手なはずであるから、相当に苦労したようで──私は、フィーリから冷たい水を取り出して、皆を労う。
「ちょっと、先を見てくるね」
一息ついている皆を置いて、私は先の様子を偵察するべく、奥に足を向ける。しばらく進むと、道は右に折れて、窪地のような広い場所に出る。さて、次はどんな試練が待ち受けているのであろう、と私は不謹慎ながら、いくらか期待しながら先をのぞき込んで──慌てて首を引っ込める。
「──竜」
窪地の奥、その先に続く道をふさいでいる巨体は、まごうことなく──竜であった。
確かに、麓の村の長は、竜が住まうという噂もあったと話していたのであるからして、ここに竜がいても不思議はないのであるが──私の見た赤き竜は鎖につながれており、住まうというよりは、捕らえられているようにも見える。
私は踵を返して、足早に皆のところに戻る。
「みんな──この先に竜がいる」
私の言葉を聞いて──ようやく立ちあがりかけていたロレッタは心を折られたようで、再びその場にへたり込む。
「何でこんなにきつい試練ばかり続くの」
ロレッタは目を潤ませて、泣き言を繰り返すのであるが。
「ようやくまともな試練になってきたのう」
その一方で、先の階段に辟易していたと思しき黒鉄は、こういうものこそ試練であろう、と喜び勇んで戦いの準備を始める。
「ルジェン──」
私はルジェンの手を引いて、階段を少し下りて、彼女を踊り場に座らせる。
「ルジェンはここに隠れていて」
ここならば、仮に赤竜と戦いになったとしても、その影響が及ぶこともあるまい。
「もしものときのために、フィーリを貸して」
ルジェンは頷いて、言われたとおりに首飾りを外して、私の手に載せる。
「マリオン──大丈夫?」
「念のためだよ」
ルジェンの不安を払拭するように、私は努めて明るく返す。
私たちはルジェンを残して、窪地に向かう。おそらく、彼の赤竜は、私がのぞいていたことに、すでに気づいている。今さら隠れたとて、どうにもならぬであろうから、と私たちは堂々と窪地に身をさらす。
『ほう──久方ぶりの客は、蛮族の小娘か』
地の底から響くような赤竜の声を聞いて、私は自らの予感が──しかも、嫌な予感が的中していたことを悟る。
竜語など解するはずもないというのに、その意味するところが腑に落ちる。それは、つまるところ神代の言葉であり──目の前の竜は、神代より生きる古竜なのである。




