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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第4話 古城

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7

「お久しぶりです、真祖様」

 旅具は慇懃に返す。普段から丁寧なフィーリが、さらに敬意を払っているようで、目の前の存在は何ものであろうか、と思いをめぐらす。

『息災であったか』

 真祖とやらの言に、お前が災いだよ、と口をついて出そうになった暴言を、かろうじて呑み込む。私にだって、その程度の分別はある。はずだ。

「長い間、眠り呆けておりました」

 面目ない、とフィーリが返す。


 気づけば、先ほどまで真祖から放たれていた、震えあがるような威圧は消えている。意図して抑えてくれているのであれば、大変ありがたい。

「知り合い?」

「そうです」

 尋ねる私に、ちょっと黙っていてください、と旅具はぞんざいに返す。主にずいぶんな扱いである──主だよね、たぶん。


『ときに、フィーリよ。あのときの茶葉はまだあるか?』

 見守る私をよそに、二人は会話を続ける。

「もちろんございます」

 答えるフィーリが、私の手に袋をのせる。袋の口から、異国を思わせる茶葉が香る。

『さすがは旅具よな』

 言って、真祖が指を鳴らすと、どこからともなく老齢の執事が現れる。

『この茶葉で茶を淹れよ。四人……いや、三人分でよい。余と、フィーリの主と、書斎の少女と──』

 真祖は指折り数え──先ほどまでの真祖の気配にあてられたものか、扉の向こうで泣きじゃくる少女をも数えて──最後に壁際に倒れているグラムを見やる。

『そのものは、茶など飲めぬであろうからな』

「グラム!」

 そういえば、と思い出して、慌ててグラムに駆け寄る。

 グラムに意識はない。吸血鬼に殴られた腹は、拳の形に陥没しており、骨が折れているどころか、内臓まで傷ついているのではないかと危ぶまれる。

『治してやれ』

 真祖の命を受けて、老執事はグラムを軽々と抱える。お姫様を抱えるように。ああ、グラムに意識がないことが悔やまれる。



 即席の茶会は、城の中庭で催された。


 いつのまにか雨はあがっており、見あげる空には深い夜が広がっている。四方を城に囲まれて切り取られた夜は、何らかの魔法の力だろうか、星々のきらめきを普段よりも精緻に映し出しているようで、さながら一枚の絵画のように美しい。


 中庭のテーブルには、すっかり茶会の準備が整っている。

 真祖の向かいに私と少女が座り、テーブルの端の席に、茶会に参加する気など毛頭ないといった様子で、グラムが顔をそむけて座っている。

 グラムには、見てわかる範囲では傷痕は残っていない。時折、顔をしかめているところを見ると、完全に傷が癒えたというわけでもないのだろうが、死に至るような深手だったことを考えれば、老執事の治療の異様なまでの業前がうかがえる。


 私と少女の前には、見たこともないような鮮やかな朱で彩られた繊細な器が並ぶ。湯を注がれた器はあたたかく──老執事によると、茶を淹れる前に湯であたためておくものらしい──触れてみると、つるりとなめらかで、私の知る陶器とは質感がまったく異なる。

 テーブルの中ほどには、菓子も並んでいる。塔のように段を重ねた皿に、あふれんばかりの──しかも見たこともないような菓子ばかりが盛られている。中には、菓子というよりも、芸術品という方がふさわしいような精緻なつくりのものもあって、食べてしまうのがためらわれる。


 老執事は、ガラスの器に茶葉を入れて、勢いよく湯を注ぎ、蓋をして──茶を蒸らす必要があるとのことで、時間を計り始める。

 待っている間に、と胸もとのフィーリを、こつこつ、と叩いて尋ねる。

「ね、真祖の言葉って、何で私にも理解できるの?」

 真祖様です、と訂正が入る。

「あれは神代の言葉です。言葉が様々にわかたれる以前の言葉で、神々の言葉とでも思っておけばよいかと思います」

 神に言葉が通じないなんて思わないでしょう、と続ける。確かに、神に出会って言葉が通じないなんてことになれば興ざめだとは思うのだが──それよりも、目の前の存在が神ごとき存在であると言われたようで、肝が冷える。


 やがて、蒸らし終えた茶が目の前の器に注がれて、繊細な香りがふわりと広がる。

『好きに食すがよい』

 真祖の許しが出ると、少女は物怖じせず、菓子に手を伸ばす。小さな焼き菓子を手に取り、よほど腹がすいていたものとみえて、次から次に口に放り込む。頬がふくれるほど口に詰め込んでいるというのに、さらに新たな菓子に手を伸ばす様は、まるで栗鼠のようで微笑ましい。

 私も負けじと菓子を手に取る。棒状の塊を薄く切りわけた焼き菓子は、口にすると、しっとりとしていて、程よく甘い。焼き菓子には、干した果物が入っているようで、噛みしめると果肉の味わいと──酒だろうか、いつか飲んだ糖蜜酒のような甘さが、かすかな酒精とともに口内に広がる。幼い少女には食べさせられない、大人の菓子である。よって、やむなく独り占めせんと同じ菓子を皿に盛る。


『まずは、余の不備を詫びよう』

 食が進んだところで、真祖は尊大に告げる。詫びとは思えぬ態度ではあるが、真祖くらいの存在ともなると、詫びる意思のあること自体が詫びなのかもしれない。

『エルディナが逝き、友たちとも疎遠になり、どうにも侘しくなってしまってな。久しぶりに数百年ほど眠ることにしたのだ』

 続けて、不備とやらの詳細を語り始める。

『留守は余の騎士に任せようと思っておったのだが、麓の村の出の新参が、村のことを知る自分ならば、村のためになるように留守を預かることができる、と名乗り出たのだ』

 あやつの熱意にほだされてな、と悔いるように続ける。

『血族に加わったばかりの頃は、よい男だったのだ。たった数百年で、あそこまで傲慢になってしまうとは。余の見込み違いであった。許せ』

 真祖は少女に向けて、やはり尊大に詫びる。しかし、少女はなぜ謝られたのかも理解できていないようで、目をぱちくりとさせており──代わりにフィーリが答える。

「もったいないお言葉です」


『少女よ』

 声をかけられて、少女は食べかけの菓子を慌てて飲み込む。

『麓の村のものであろう。余の過ちで迷惑をかけた。これから数年、余の配下の騎士を遣わす。困ったことがあれば、何でも頼るがよい』

 フィーリによると、真祖が直属の騎士を遣わすというのは、破格の計らいであるらしい。真祖に助けを求めれば、飢饉や疫病でさえ、難なく乗り越えられるだろうとのこと。死んだ女たちは戻らないとはいえ、大旦那あたりは、庇護者の帰還を喜ぶのかもしれない。

『菓子が気に入ったのであれば、またいつでも遊びにくるがよい』

「はい!」

 心をとろかすような真祖の微笑に、少女は頬を赤らめて答える。幼くても女、ということだろうか。少女は再び古城にやってくるに違いない。

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