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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第26話 妖女

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2

「──大丈夫?」

 トレントの樹液を浴びて、何ともおどろおどろしい姿となった黒鉄に代わって、私が少女に手を差し伸べる。


「──ありがとうございます」

 答えて、少女は私の手を取って──私はそのまま少女の身体を引き起こして、その軽すぎる手応えに眉をひそめる。見れば、少女の頬はこけており、まともに食事もとっていないであろうことが見てとれる。


「お腹、すいてない?」

 尋ねる私に、少女は腹の音で応えて──彼女は恥じるようにうつむくのであるが、それが何ともかわいらしい。

「あいにく、今晩のスープは、料理の苦手なドワーフがつくったものなんだけど、きっとあったまるよ」

「余計なことは言わんでよい」

 私の説明に不平をもらす黒鉄をよそに、ロレッタがスープを碗によそう。スープには、ドワーフが乱雑に切った野菜がごろごろと入っており、食いでがあることだけは確かである。


「私は、シレーナと申します」

 少女──シレーナは、スープの注がれた碗を受け取ると、そのあたたかさにいくらか安心したものか、とつとつと身の上を語り出す。


 シレーナの語るところによると、彼女は森に住む薬師のもとに奉公しているのだという。薬師は腕がよく、その薬は貴族も買い求めるほどであることから、薬師に奉公できるのは誉である、と家族から送り出されたというのであるが──実のところ、それは単なる口減らしであり、彼女には戻る家はないという。


「その薬師は、何でこんな森なんかに住んでるの?」

 シレーナの話に割って入るように、ロレッタが口を開く。確かに、トレントに襲われるような物騒な森に、好き好んで住むものがいるとも思えない。

「この森は、近隣では妖樹の森と呼ばれています。ご主人様の薬には、妖樹の樹液を用いているため、この森を拠点としているのです」

 言って、シレーナは黒鉄に両断されたトレントの死骸を見やる。

「妖樹の樹液を用いた薬は、万病を癒すとも言われているんですよ」

「──そうなの?」

 万病を癒すとは、まるで命の水のようではないか、と私はルジェンの首もとのフィーリに尋ねる。

「万病を癒すというのは、やや大げさにすぎるかもしれませんが、トレントの樹液に癒しの力があるのは事実です。特に皮膚を再生する効能があることから、美容目的で珍重されていると聞きます」

「そのとおりです──よくご存知なんですね」

 シレーナは、その説明がルジェンによるものと勘違いしたのであろう、彼女を尊敬の眼差しでみつめる。



「助けていただいた上に、こんなにあたたかいスープまでごちそうになってしまって──本当にありがとうございました」

 スープを食して人心地ついたようで、シレーナは礼を述べて──そして、おもむろに立ちあがる。その様からすると、すぐにでも薬師のもとに戻ろうというのであろうが、それはさすがに無謀が過ぎるであろう、と思う。


「もう夜も遅いし、朝になってから戻ればいいんじゃない?」

「いいえ、すぐに戻らなければ、ご主人様に折檻(せっかん)されてしまいますから」

 私はシレーナを引き留めんと言葉を重ねるのであるが、彼女はあたりまえのようにそう返して──それが、私にはたまらなく痛ましく思える。


「じゃあ、送っていくよ」

 せめてそれくらいは、と申し出る私に、皆も同意を示すように頷いてみせる。シレーナも、本当のところは心細く思っていたのであろう、張り詰めていた糸が切れるように、ほう、と息をついて。

「──ありがとうございます。助かります」

 瞳を潤ませながら、感謝を告げる。



「道はわかるの?」

「森のことなら、お任せください」

 私の問いに、シレーナは誇らしげに答える。


 私は、幼い少女に森歩きなどできるのであろうか、といくらか不安に思っていたのであるが──任せろというだけのことはあって、シレーナは森を熟知していた。彼女は私の隣に並んで、夜の森を危なげなく歩く。振り返ってみると、ロレッタとルジェンの方が遅れているくらいで──殿をつとめる黒鉄が、早く進まんかい、とぼやいている。


 私たちはシレーナの案内で森を行き──やがて、開けた場所に出る。そこは、深い森の中であるというのに、不自然なほどに開けていて──おそらく、件の薬師とやらが切り拓いた土地なのであろう、と思う。

「無事に帰ることができました。ありがとうございました」

 シレーナが足を止めて、私たちに礼を述べる──と同時に、雲の切れ間から夫婦月がのぞいて、森の奥深くには似つかわしくない壮麗な館が、月明りに浮かびあがる。

「わあ! ここが薬師の館なの?」

「──はい」

 感嘆の声をもらしながら尋ねるロレッタに、シレーナはなぜかうつむいて答える。


「じゃあ──私たちはこれで」

 シレーナを無事に送り届けて、役目をはたした私たちは、彼女に別れを告げて──踵を返そうとしたところで、シレーナが私の外套を強く握りしめていることに気づく。彼女の瞳に脅えの色を見て、私はその手を握る。どうしたの、と問いかけようとした──まさにそのとき、私の問いを封じるように、勢いよく館の扉が開く。


「おやおや、帰りが遅いと思ったら、まさかお客様を連れて帰るとは──」

 そうぼやきながら扉から現れたのは、老婆──ではなかった。その口調から、年老いた老婆であろうと思い込んでいた私は、彼女の容姿を目にして、あっけにとられる。


「ようこそ、お客人」

 そこに立っていたのは、絶世の──しかも、()()()()()()だったのである。

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