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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第26話 妖女

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1

「何でそんなものを持ってきちゃうかなあ」

「いや、つい──」

 ロレッタの責めるような口調に、私は言葉を濁す。


 城郭都市カルヴェロから北に数日──私たちは、深い森の中で野営をしている。北に向かう街道は、森を避けるように迂回していたのであるが、遠まわりになるのを嫌って、私たちは森を抜ける方を選んだというわけである。

 森の夜は深く、焚火の爆ぜる音だけが、静寂に浸透する。私は焚火に薪をくべながら──木箱に収められた干からびた左腕を眺めている。それは、老魔法使いカルヴェロとの戦いの折に、黒鉄が拾った()()である。ロレッタに言わせれば、私が持ってきたということになるようであるが──とりあえず、とフィーリの中に放り込んでおいたところ、返すのを忘れていたというだけのことであり、決して私がわるいわけではない。と思いたい。


「何なんだろうね、それ」

 ロレッタは焚火に手をかざして、木箱の中身を見ぬよう目をそらしながら、そうつぶやく。

「私が教えてほしいよ」

 返して、私は木箱の蓋を閉めて──結局のところ、フィーリの中に放り込む。ルジェンは、自らの首もとの旅具に吸い込まれるように消えるそれを、心底嫌そうな顔で見送る。

「もう、マリオンったら、フィーリに変なもの入れないで」

 ルジェンは不満そうに唇を尖らせて、フィーリも同意を示すように、おっしゃるとおり、と続く。まったく、これでは誰が主やらわからないではないか、と私は苦笑する。


「そういえば──」

 と、旅人帽を脱いでくつろいでいるルジェンの、その美しい銀の髪を見て、私は思い出す。

「カルヴェロは、ルジェンの銀髪を見て、レクサールの亡霊って言ってたよね」

 そう──かの老魔法使いは、彼女の銀髪を目にした途端、豹変したのである。

「覇王レクサールって──もしかして、古代人だったのかな?」

 誰にともなくつぶやく私に、フィーリが答える。

「銀髪は、純血の古代人の証です。もしも、覇王とやらが銀髪であったのならば、きっと純血の古代人であったのでしょう」

「──ってことは、やっぱりいるんじゃない、古代人!」

 私はいくらか興奮しながら、ルジェンを励ますように声をあげる。


 フィーリの知見のみを頼りに訪れた東方──実際に旅具が訪れたのは数百年前であろうから、本当に古代人がみつかるやら不安に思っていたのであるが、何とかなるやもしれぬ、と私は前途に希望を抱く。


「ぬしら──おしゃべりはそこまでにせい」

 言って、今まで会話に参加せず酒を飲んでいた黒鉄が、傍らに置いた巨人の斧の柄を握って──遅ればせながら私も、何やら剣呑な気配が近づいていることに気づく。


「──助けて!」

 叫び声とともに、木々の間を抜けて現れたのは、森には似つかわしくない少女であった。年の頃は十をいくらか越えたくらいであろうか、まだ幼いと言ってよい年齢である。

 彼女の背後から、のそり、と現れたのは──歩く巨木である。その枝、その根を、まるで人の手足のように動かしながら少女に迫る。


「──トレントです!」

 フィーリが警戒の声をあげて。

「普段はおとなしいはずなのですが──」

 と、いぶかしげに続ける。それも無理からぬことであろう、と思う。少女に──ひいては私たちに迫るトレントは、普段はおとなしいなどという評が信じられぬほどに、猛り狂っているのである。


「あ──」

 少女は、そのトレントの暴威に気圧されたものか、つまずいて倒れる。私は少女をかばうように前に出て──黒鉄がさらにその前に出る。

「トレントは怪力です。枝にからめとられぬよう、お気をつけください」

 フィーリは注意をうながすのであるが、黒鉄にとっては、それは()()だったようで。

「──手を出すなよ」

 言って、巨人の斧を手にして、獰猛に笑う。



 黒鉄は、皆をかばうように、巨人の斧を水平に構える。トレントは、それを邪魔に思ったのであろう、黒鉄に狙いをさだめて襲いくる。

 トレントは、人の胴ほどもある太い枝を、まるで腕のように振るい、目障りな巨人の斧をからめとらんと、その柄に巻きつける。そして、斧を奪い取らんとして、ぐい、と斧を引いて──黒鉄もまた、ぐい、と引き返して、それに抗う。

「面白い、力くらべといこうではないか」


 黒鉄とトレント──両者の力は拮抗しているのであろうか、斧は微動だにせず──。

「おおお!」

 いや──黒鉄が吠える。顔を紅潮させて、その筋肉を隆起させて、渾身の力を込めるに至り、トレントの枝がじわりと曲がり始める。


「黒鉄! やれ! やっちまえ!」

 ロレッタは叫びながら、まるで自らがトレントを殴っているかのように、拳を繰り出す。まったく、荒事が苦手であるというのに、観戦しているときだけは威勢がよい。


「誰か! 黒鉄の勝敗に賭け──ないよね」

 ロレッタは振り向きながら賭けを提案して──まったく乗り気でない私とルジェンの顔を見て、うなだれる。あたりまえである。黒鉄のことを知らぬ酔客であふれるどこぞの酒場ならいざ知らず、ここには黒鉄の負けに賭けるものなどいないのであるからして、賭けなど成立しようはずもない。


 そして、どうやら実際の勝負の方も、賭けにはならないようで──黒鉄は、その剛力でトレントの枝をへし折り、怯む妖樹に頭突きをくらわす。


「まあまあ──というところじゃな」

 トレントは頭突きによろめいて──黒鉄は枝から解き放たれた巨人の斧を振りかぶる。妖樹も、その眼前に迫る濃密な死の気配を感じとったものか、再び斧をからめとらんと死にもの狂いで枝を伸ばすのであるが──。


「ぬうん!」

 一閃──黒鉄の咆哮とともに巨人の斧が振りおろされて、妖樹はその枝もろとも縦に両断されて、周囲に琥珀色の樹液を撒き散らす。

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