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隠し通路を抜けると──そこは暖炉の中であった。
どうやら、通路は久しく使われていなかったようで、暖炉はその正しい用途により、灰であふれている。私たちは灰にまみれながら、暖炉から這い出る。そこは応接のためと思しき一室であり──私たちは、暖炉に向けて槍を構えた衛兵に囲まれている。ま、いくら地下とはいえ、あれだけ盛大に暴れれば、気づかれるのも無理からぬことであろう、と思う。
「不届きな賊どもめ、そこに直れ」
衛兵の長と思しき男が、槍の穂先を突きつける。私は抵抗の意思がないことを示すため両手をあげて──引きずってきた老魔法使いをその場に転がして──さて、どうやってこの場を切り抜けたものか、と思案する。
「──下がれ」
と──不意に応接室の入口から声が飛んで、衛兵たちは波が引くように壁際まで下がる。
「よう」
衛兵の間を抜けて、ようようと現れたのは誰あろう、偽王である。その隣には高官と思しき老臣を連れている。
老臣は偽王の傍らから歩み出たかと思うと、私たちにうやうやしく辞儀をする。
「先ほどは失礼いたしました」
「──先ほど?」
訳もわからず問い返す私に、老臣は言葉を重ねる。
「城門であなた方を追い返したのは、私の命なのです」
老臣の言に、何故、と目で問う──と。
「今、王に辞められては困りますので」
彼は悪びれることなく、からからと笑う。
「儂は偽物の王である、と何度も言っておろうに──」
「いいえ、あなた様は王です」
溜息をつく偽王に、老臣は断言して。
「彼のものこそ──偽りの王」
そして、おもむろに床に転がった老魔法使いを見やって、冷たく告げる。
「このお爺ちゃんのこと、知ってるの?」
「彼のものは──覇王の腹心の一人であったと聞き及んでおります」
私の問いに、老臣はそう返して──そして、代々の宰相に引き継がれるという口伝を語り始める。
老臣によると、かつて覇王は十二人の腹心を従えていたのだという。王と腹心とは盟約を結び、その固い誓いのもと、破竹のごとく東方を統一したのである。
その腹心の一人であった男──カルヴェロは、類稀なる魔法の使い手であった。彼はその魔法の力で王を支え、王の覇業を助けたという。
しかし、東方諸国の統一より数年──腹心のうちの幾人かは、その盟約ゆえに、王より離反する。カルヴェロは裏切りものの一人となり、逆賊は卑劣な手段で王を討ち──東方は再びわかたれたのである。
「覇王は、死の間際、自らを裏切った腹心たちを呪ったのだそうです」
老臣はそう結ぶのであるが、老魔法使い──カルヴェロがいまだ生きているところを見るに、覇王の呪いとやらの効力はあやしいものであろう、と思う。
「ありもせぬ覇王の呪いをおそれて、自らの身代わりをたて、その報いから逃れんとするような輩を、どうして王と呼ぶことができましょう」
老臣はカルヴェロに冷たい一瞥をくれて──次いで、期待に満ちた表情で偽王を見やる。
「だからってなあ、儂は乞食だぞ」
「何をおっしゃいますやら。私たちは皆、あなた様を王と認めているのです」
苦言を呈する偽王に、老臣はうやうやしく跪いて──それに続くように、衛兵たちも跪き、頭を垂れる。
偽王は──いや、今や真なる王は、大きな溜息をつきながら肩を落として──やがて、おもむろに口を開く。
「儂が乞食に戻りたくなったら、戻してくれるのであろうな?」
「ご冗談を。あなた様の善政により、今や国に乞食はおりませぬ」
老臣は返して、にんまりと笑う。
かくして、偽王は再び地下に封じられた。彼のものは、覇王の呪いから逃れるため、自ら身を隠していると思い込んだまま、死を迎えるその日まで、地下に生きるのであろう。
後年、民に「乞食王」として親しまれた王は、王位を別のもの──彼と同じく市井のものに譲り、その望みどおり、のんびりと余生を過ごしたという。以来、カルヴェロでは様々な立場のものが王となり、かつての自らと同じ立場のものを思いやることで、その治世は長く続いたと伝えられている。
「偽王」完/次話「妖女」




