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「──どう思う?」
「本当──のように思えたがのう」
私の問いに、黒鉄は酒杯を飲みほしながら答える。
私たちはいったん男を解放して、貧民街──であったところの酒場で夕食をとっている。酒場は、ご多分にもれず新築であり、小ぎれいな店内は、店よりはいくらか小汚い客であふれている。客のほとんどは、もとは貧民なのであろう。しかし、彼らは粗野ではあるものの、そこに卑しさはなく、かつて貧民であったとは思えぬほどに朗らかに笑っていて──よい酒場であるな、と思う。
給仕に、何か名物を、と頼んだところ、焼いた鶏肉を牛の乳で煮込んだものが出てきたのであるが──この料理が格別においしい。なめらかでやわらかな舌触りとともに襲いくる暴力的なまでの大蒜の香りは、何とも言えず癖になる味わいで──幾日か後を引きそうなほどの香りの強さであるというのに、私たちは──何とルジェンまでもが!──物も言わずに、ぺろりと料理をたいらげる。
そうして、腹ごなしに酒を飲むという何とも不思議なドワーフの生態につきあいながら──冒頭のやりとりにつながるわけである。
「あやつも王でないとすると、いったいどういうことになっておるんじゃろうのう」
給仕から手渡された酒杯の──もはや頼まずともおかわりが供されるのである──その半ばまでを一息で飲みほして、黒鉄が誰にともなくつぶやく。
確かに──黒鉄の言うとおり、男の言葉に嘘はないように思えた。しかし、それほどころころと王が変わって、家臣がそれに気づかないなどということがありうるのであろうか、と疑問に思う。
「もう一度、偽王に会おう」
意を決して、私は皆に告げる。偽王の協力を得て、事情を知るものを探さねば、この奇妙な謎が解けることはないのであろうから。
日をあらためて、私たちは城門を訪れる。
「リムステッラの巡察使、マリオンと申します。王にお目通り願いたく──」
「申し訳ございませんが、お通しすることはできません」
私の名乗りにかぶせるようにして、衛兵が行く手を遮る。
「昨日は王のお呼びで、お目通りいただいたのですが──」
「お通しすることはできません」
食い下がる私に、衛兵はやはりすげなく返して、取りつく島もない。
衛兵は、明らかに誰かしらの命を受けて、私たちの行く手を阻んでいる。しかし、私たちは偽王の命で動いているのであるからして、それは偽王ではありえない。それでは、いったい誰が私たちの──ひいては偽王の思惑を邪魔しようというのであろうか。
「──面白くなってきたのう」
黒鉄がわるい顔でつぶやいて、私は同意を示すように頷く。誰だか知らぬが、その正体を見きわめるまで、決してあきらめてやるまいぞ、と決意して──正攻法で無理ならば忍び込むまで、と私は城壁の粗を探し始める。
「お待ちください」
と──そんな私を諫めるように、フィーリが声をあげる。
「私に考えがあります。ひとまず──先王のところへ」
私たちは、再び旧貧民街の、元乞食の住まいを訪れる。昨日と変わらず開け放たれた窓から作業場をのぞき込み、やはり昨日と変わらず家具をつくる男に呼びかける。
「ねえ、王様」
「俺は王じゃないって言ってるだろ」
「じゃあ──偽王様」
呼びかけながら、まったくどいつもこいつも偽王ではないか、と私は苦笑する。
私の呼びかけに、今度は男も作業の手を止めて、振り返る。
「俺が王じゃないって納得してんのなら──いったい何の用だってんだ?」
「かつて王であったあなたなら──城の抜け道も知ってるよね?」
そう問いかけて──知らないとは言わせない、と私はにっこりと笑う。
私たちは旧貧民街の水路に降り立つ。どうやら水路は排水の用をなしているようで──貧民街の再建により、いくらかはましになったのであろうが、すえたような匂いが鼻を刺す。
入り組んだ水路を行き、橋桁の下に潜る。そこには、水の流れ出る横穴があり──行く手を阻むように鉄の格子がはめ込まれている。
「──これかな」
つぶやいて、私は右端の格子をまわす──と、先王に教わったとおり、格子はたやすく外れて、人の通れそうなほどの隙間ができる。私たちは、するりと隙間を抜けて──黒鉄だけは、するりとはいかなかったのであるが──暗い通路に足を踏み入れる。
通路を流れる水は、汚水というほどではないものの、やはりいくらかは異臭を放っていて──そういうものに慣れていないからであろう、ルジェンはたまらず顔をしかめる。
「みんな、平気なの?」
「ま、慣れかな」
尋ねるルジェンに、私は見栄を張って答える。まったく気にならないと言えば嘘になるのであるが、そこは百戦錬磨の冒険者、このような悪臭程度で怯むことはないのである──と思ったら、ロレッタもルジェンと同様に鼻をつまんで顔をしかめているのであるからして、私は心の中で前言を撤回する。
「それにしても、どんな城にも抜け道ってあるんだねえ」
フィーリの灯りに照らされた通路を眺めながら、私はぽつりとつぶやく。
「戦乱の時代であれば特に──いつ寝首をかかれるやらわかりませんからね」
ルジェンの胸もとで、フィーリが答える。城には抜け道があり、先王であればそれを知っているはず、というフィーリの読みは正しかったのである。
私は先頭に立って、通路の先を見やる。行く先は闇に包まれて、私にも奥を見通すことはできぬのであるが、かすかに届く風を頬で感じるからには、どこかに出口があるのであろう、と思う。
「じゃあ、あたしの出番だね」
言って、ロレッタが私の隣に並び、いつものように魔法の糸を紡ぎ出す。無数の糸は──どうやら今回は糸の隠蔽はしていないようで──まるで、それぞれが個別の生き物であるかのように、縦横無尽に通路に広がって──しばしの探索の後、ロレッタはおもむろに口を開く。
「たぶん、出口をみつけたと思うんだけど……」
ロレッタの言葉は、いやに歯切れがわるい。
「どうしたの?」
「行き止まりをすべて除外して、正解の通路はこれだろうというところまでしぼり込んだんだけど──その通路の先に、糸を阻む障壁みたいなものがあるんだよね」
私の問いに、ロレッタは首を傾げながら答える。
その障壁とやらが何であるのか、さだかではないのであるが、現状はとにかく進むしかないのであるからして、ひとまずそこまで行ってみよう、と私たちはロレッタの案内に従って、薄汚い通路の奥を目指す。
「──結界です」
ロレッタの言う障壁とやらの近くまできたところで、フィーリが声をあげる。その声の重さに驚き、思わず立ち止まったのであるが、通路の先には何も見えない。
「結界って──魔法使いが張る、あの結界のこと?」
「マリオンの知るその結界は、感知の結界のこと──これは、侵入者を阻む結界ですね」
尋ねる私に、フィーリはまるで子弟にでも教え諭すように返す。
「──やめた方がよいですよ」
何も見えぬこの先に、本当に行く手を阻む結界などあるのであろうか、と手を伸ばそうとしたところを、フィーリに見とがめられて。
「じゃあ──どうすればいいの?」
私は慌てて手を引っ込めながら、フィーリに尋ねる。
「ロレッタ、赤剣を」
「あいよう」
フィーリは答える代わりに、ロレッタに呼びかける。なるほど──確かに、ロレッタの赤剣であれば、斬れぬものなどないであろうから、たとえ魔法の障壁であっても、一刀両断であろう、と納得する。
はたして、赤剣の一振りで、結界は打ち砕かれて──私たちはその奥へと歩みを進める。結界の向こうは、先までの通路のように薄汚れてはいない──どころか、清浄かつ静謐であり、もしかすると私たちは、すでに城内に足を踏み入れたのやもしれぬ、と思う。
「──待って、誰かいる」
結界を越えて、魔法の糸での探索を再開していたロレッタが、警告の声をあげる。黒鉄はルジェンをかばうように前に出て、私は弓を構える。
すると──通路の先から、杖をついた老爺が現れる。老爺は、侵入者たる私たちを見て脅えるでもなく、ほう、と髭をもてあそびながらつぶやいて、おもむろに口を開く。
「──客人とはめずらしい」




