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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第24話 砂漠

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163/311

5

 ロレッタの糸をたどって、私たちはかつて宮殿であった瓦礫の陰に立つ。私は瓦礫からそっと顔を出して、先の様子をうかがう。そこには、盗賊と思しき風体の男が一人、せっせと遺物をあさっている姿がある。周囲に男以外の気配はなく、奴が件の盗賊団の一員だとするならば、本隊はすでに引きあげており──手際のよいことである──欲をかいた男だけが残っているということになろう。


 やがて、男は瓦礫から掘り出した翠玉を掲げて、歓喜の声をあげる。私はその鮮やかな緑に息をのむ。あれは、ただの翠玉ではない。ナタンシュラの至宝たる風の魔石である。

「ちゃんと取り返してあげるからね」

 私は振り向いて、ルジェンに告げる。彼女にしてみれば、自らの故郷が盗賊に荒らされているのである。やりきれないであろうから、と私はせめて盗品の奪還を彼女に誓う。


 男は翠玉の発見に満足したものか、足取りも軽くその場を立ち去る。私たちは顔を見あわせて頷いて、男の後をつける。

 男は墜ちた都市の郊外につないであった駱駝に乗って、北に進む。隠れるところのない砂漠である。近づけば、さすがに気づかれるであろうから、と私たちは男の視界に入らぬ距離をたもちながら、後ろに続く。ロレッタの糸さえあれば、どれだけ離れていようとも、奴を見失うことなどない。


 やがて、岩石が多くなり、隠れることのできる岩陰が増えたあたりで、私たちは男との距離を詰める。

 男は巨大な一枚岩の前で立ち止まり、あたりを見まわしてから、おもむろに何やら唱える──と、魔法のように岩が動き、その後ろから薄暗い洞窟が姿を現す。


「驚きました。古代人の遺跡です」

 フィーリは、その言葉とは裏腹に、一切の驚きを感じさせぬ声音で、淡々と続ける。

「おそらく、蛮族との戦いに用いられたものだと思います。古代人の隠し砦のようなものでしょうか」

 旅具の語る間に、男はするりと洞窟に潜り込み──岩の扉は音をたてて閉じる。


 私たちは岩の扉の前に立つ。

「黒鉄」

 私は岩を指しながら、黒鉄に呼びかける。黒鉄は、心得た、と岩を剛力で押すのであるが、扉に開く気配はない。アルグスが手を貸しても、なお開かぬところを見るに、力では開かぬ魔法の扉なのであろう、と当たりをつけて。

「開けられる?」

「蛮族に開けられるものが、私に開けられないわけがないでしょう」

 尋ねる私に、フィーリは侮られたとでも思ったものか、いくらかむっとしながら返す。


『──』

 フィーリが何やら唱えると、はたして岩の扉が開く。再び現れた薄暗い洞窟からは、ひやりとした空気が流れ出て、私たちの肌をなでる。

 洞窟は思ったよりも広いようで──古代人の隠し砦というフィーリの言も、あながち間違いではないかもしれない──どこからか盗賊たちの騒ぐ声が聞こえるのであるが、音は複雑に反響しており、その出どころを探るのは容易ではない。


「ロレッタ、お願い」

「あいよう」

 私の声に応えて、ロレッタは魔法の糸を紡ぎ出す。不可視の糸は洞窟に張りめぐらされて──やがて、ロレッタが声をあげる。

「フィーリ先生の言うとおり、砦みたいなつくりだね」

 魔法の糸を精妙に操っているのであろう、ロレッタは指先を躍らせる。

「洞窟の奥に広間のようなところがあって、みんなそこに集まってるみたい」

 酒盛りでもしてるのかな、とロレッタが続ける。


 私たちはロレッタに案内されて、その広間を目指して洞窟を行き、盗賊たちの喧騒が近づいたところで足を止める。

「ようし、ここまででいいぜ」

 言って、アルグスは私たちを制するように両手を広げる。

「手伝わなくていいの?」

「いやあ、ここからは──俺の仕事さ」

 私の問いに、アルグスは不敵に笑う。

「ラディ」

 アルグスの呼び声に応えて、ラディはその身を剣となす。アルグスはその白銀の剣を手にして、肩にかつぐようにして構える。

「おお、アルグスも本気じゃのう」

 黒鉄は、アルグスが剣を振るうところを見られるとあって、喜びの声をあげる。

「じゃあ、そんなこともないとは思うけど──取りこぼしがあれば、私たちが手伝うよ」

「よろしく頼む」

 私の言葉に短く答えて、アルグスは悠然と歩き出す。


 私たちはアルグスの討ちもらしに備えて、広間の入口に陣取る。薄暗い広間では、どうやら数十人からの盗賊たちが、ナタンシュラの遺物を肴に酒盛りに興じているようで──奴らの下卑た会話を聞くルジェンの心持ちに、私は下唇を噛む。


「よう」

 アルグスは、ちょっと酒場に顔を出したとでもいうように、無造作に広間に足を踏み入れる。

「──何だ」

 手前に座っていた男が振り向いて、アルグスの姿に首を傾げた──瞬間であった。その首は見事に両断されて、ごろり、と地に転がる。転がった首は、何か話そうと口を動かしているのであるが、もはや声にはならない。首のその様からするに、もしかすると奴は斬られたことにさえ気づいていないのやもしれぬ、と想像して、私は、ぶるり、と震える。凄まじいまでの剣の腕である。剣聖エヴァリエルとどちらが上であろうか、と思案したところで──そも、剣聖とくらべるに値するというだけでも比類なき腕前の証左であろう、と思い直す。


 そこから先は一方的な殺戮であった。アルグスは踊るように剣を振るって──銀光が走るたびに、盗賊の首が飛ぶ。


「これで──」

 と、アルグスは最後の一人の首を落として。

「しめて、三十九人ってところか」

 言って、血振るいをして、剣を肩にかつぐ。その身には返り血の一つも浴びておらず、息の一つも切らしてはいない。討ちもらしなど、あろうはずもなかったな、と私は苦笑する。


 私たちは屍を避けながら、広間に足を踏み入れる。

「何かさ、全員下っ端みたいじゃない?」

 ロレッタは顔をしかめながら屍の検分をして、ぽつりとこぼす。

「ロレッタの癖に、よく気づいたのう」

 同じく屍を検分していた黒鉄が、褒めているのやら貶しているのやらわからぬことを言って、髭をもてあそびながら続ける。

「おそらく──頭目がおらん」

 黒鉄は広間を見渡して、おもむろにつぶやく


「アルグスほどの男の不意打ちじゃ。大した抵抗もできずに討たれるのは仕方がなかろうよ。しかし──それにしても、統率がまったくとれておらんというのは、不自然がすぎる」

 言われてみると、確かに──アルグスの討ち入りに際して、立ち向かわんとするもの、逃げようとするもので、広間は入り乱れており、盗賊たちの反応はまったくもって一様ではなかった。黒鉄の言うとおり、頭目がいなかったとすると、奴らの慌てぶりにも説明がつこうというもの。

「頭目がおらんとなると、真実の鐘もここにはないかもしれんのう」

 広間の奥──山と積まれた財宝を眺めながら、黒鉄は悔しそうにつぶやく。


 しかし──そのとき、私はまったく別のことを考えていた。盗賊団の手際のよさ、頭目の不在──それらのことに思いをめぐらせているうちに、はたとひらめいたのである。


「私──()()()()()()()()

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