5
「生き残りっているのかな?」
問いかけたつもりだったが、グラムから返事はない。そうでしょうよ。
道中で、すでに四人の犠牲者を屠っていた。
最初の少女と同様に、襲いくる犠牲者をグラムが崩し、私が杭を投げ、グラムが止めを刺す。時折、牽制の矢を放って、グラムが打ち込みやすい間合いを整えることもある。特に文句を言うでもないので、役に立っていないわけでもないのだろう。
行方不明者は五人。うち四人が吸血鬼の犠牲となり、残る一人の安否も危ぶまれる。さらわれた女性を助けようと勇んで古城まで出向いたというのに、誰も助からないでは気も滅入る。
城主の居室があるとすれば上であろうと当たりをつけて、上階に向かう。
階段をのぼりきると、建築様式が異なるためだろうか、がらりと印象が変わる。調度は、繊細で精巧なつくりから、自然の造形美を眺めているような素朴で生命力のあふれるつくりへと姿を変えており、なるほど時代を越えて旅をするような心持ちになるというのも頷ける。晴れた日の午後にでも、人命救助と関わりなく訪れていればの話ではあるが。
いくつかの扉を通り過ぎながら、廊下を進む──と、一つの扉の前で、フィーリが声をあげる。
「書斎です」
言われて、足を止める。
「書斎からも、城主の居室につながっているはずです」
以前はそうでした、と続ける。
「グラム、こっち」
行き過ぎようとしていたグラムを呼びとめて、書斎に入る。
「ここまでくると書庫というのが正しいね」
書斎は思っていたよりも広かった。数部屋を一つにしたような大部屋に、見渡すかぎりの書架が並んでいる。それどころか、二階分はありそうな吹き抜けの壁面までもが書架になっていて、上から下まで、隙間なく本で埋まっている。壁面書架には、ところどころに梯子が立てかけられているものの、最上部にある本には、それでも届きそうにない。ところせましと本が並ぶ様は、まるで本の海のようで壮観だった。
「マリオンは、本が好きなのですか?」
「言ってなかったっけ?」
よほど目を輝かせていたのだろうか。フィーリに問われて、気恥ずかしく返す。
意外に思われることもあるが、私は本が好きだった。
初めて手に取ったのは、行商の売り物に混じっていた一冊の本だった。祖父から読み書きを教わっていた私は、今からすれば何ということのない寓話集を、行商にみつかって取りあげられるまで、むさぼるように読んだ。
行商──リュカの先代──曰く、本は辺境の領主から買い取って王都まで運んでいる途中で、本来は貴族の子女向けのものであるとのこと。売り物ではあるものの、とても高価で買えるはずもなく、また祖父にねだるのもよしとしなかった私は、村長の家にも何冊かあるぞ、という先代の甘美なささやきによって、言葉巧みにロビンを篭絡した。狩りに出ない日は村長宅に入り浸り、数冊しかない本を、表紙が擦り切れるほどに繰り返し読んだ。擦り切れた表紙については、知らぬうちにロビンのしわざということになっており、村長から怒られたのは彼であったが。
お気に入りは、何と言っても、勇者某の冒険譚だった。名前も伝わっていない勇者の燃えるような赤毛の描写を共通点として、いくつかの逸話を彼の功績としてまとめたもので、心躍る冒険にあふれていた。思えば、あの頃から私は冒険に憧れていて──フィーリと旅立つことになったのも、必然だったのかもしれない。
本の背を眺めながら、書斎を進む。とはいえ、ほとんどは古代語で書かれた本のようで、書名を読むことさえできない。それでも、まるで本の海を泳いでいるようで、心が弾む。時折、公用語で書かれた書名をみつけて、足を止める。物語、旅行記、歴史書、さらには難解そうな学術書のような書名まで並んでいて──『存在論的倹約の要求』なんて誰が読むというのだろう──書斎の主の興味は多岐にわたるようで、人物像を想像するのが難しい。
「あ」
間抜けな声をあげる。
公用語の本の並びに、見覚えのある書名をみつける。見間違おうはずもない、赤毛の勇者の冒険譚。しかも、同じ書名がずらりと並んでいる。
「ということは……」
続きが読める! 十巻以上も!
同好の士であれば、愛してやまない本の続きが読めるという望外の喜びを理解してもらえるだろうか。胸を躍らせながら、二巻を手に取る──のだが。
「お前は、本を読みにきたのか?」
グラムに見とがめられて、渋々本を書架に戻す。腹立たしいが、今回ばかりはグラムが正しい。腹立たしいが。
後ろ髪を引かれる思いで、本を書架に戻す。
本よ、私は必ず戻ってくる。




