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魔神王は霧散して消える。
しかし──と、私は下唇を噛む。ナタンシュラの民は、草むらで眠るルジェンのみを残して、死に絶えてしまった。ナタンシュラは滅びたのである。
私たちは死力を尽くした。だから、やむをえない結果であるということは理解している──つもりなのであるが、それでも、虫を噛み潰したような、後味のわるい苦味が口内に残る。
「気を落とすな」
言って、黒鉄が私の背を優しく叩く。まったく、心優しいドワーフこそが、もっとも気を落としているであろうに──そんなことをされたら、元気を出さないわけにはいかないではないか。
「うん」
努めて朗らかに返して、私は上を向く。
「おっと──」
と──足もとがぐらりと揺れて、私は違和感を覚える。身体に感じる──わずかながらの、浮遊感。
「──墜ちてる?」
誰にともなくつぶやいて。
「そりゃあ、墜ちるさ。風の大魔石は、もうないんだからな」
ブルムはあたりまえのように返して、ふん、と鼻を鳴らす。
「何でそんなに平然としてるの! 墜ちたら死んじゃうんだよ!」
「心配するな。死ぬほど痛いとは思うが、お前はたぶん死なない」
ブルムは、恐怖に震えるロレッタを励ますように告げる。なるほど、ロレッタは半神である。神は死なぬというから、もしかするとロレッタも死なぬのであろう。
「マリオンは!? 黒鉄は!?」
ロレッタはブルムを問い詰めるのであるが。
「さすがになあ、死ぬと思うよ」
ブルムは淡々と答える。
ふん。いくら神であろうとも、私の運命を勝手に決めないでいただきたい。
「いいや──私はこんなところで死んでなんかあげない」
言って、私はブルムに向けて舌を出す。そして、黒鉄とロレッタを見やって──目で合図をして、互いに頷きあう。
「二人とも──飛ぶよ!」
言って、私は意識のないルジェンを背負って、崖に向けて駆け出す。
「おう!」
と、黒鉄が私に続いて。
「え、嫌だ」
と、ロレッタがかぶりを振る。
「──何だって?」
思わぬロレッタの言葉に、私は足を止めて、振り返る。
「嫌だよう、飛び降りるの怖いもん」
「私たちに死んでほしくないんでしょ?」
にっこりと笑って、私はロレッタの手を取る。
「嫌だあああああ!!」
叫んで、駄々をこねるロレッタの腹を、おもむろに黒鉄が打つ。黒鉄は、気を失った彼女の身体を、そのまま肩にかついで──私と黒鉄は、顔を見あわせて、うむ、と頷きあう。まったく、お前は死なぬのであろうに、手間をとらせおって。
「幸運を祈る」
自らは死なぬからであろう、ブルムはその場から動くつもりもないようで、私たちに向けて、別れの手を振る。小憎らしいその顔に、再び舌を出して──私たちは浮島から飛びおりた。
「浮島」完/次話「砂漠」
Nujabes「Sea of Cloud」を聴きながら。




