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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第23話 浮島

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7

『──執政官!?』

 護民官が驚きの声をあげた、その瞬間──執政官は消え失せる。


 そして、私は突如として背後に現れた強大な気配に振り向く。そこには、執政官──であったものであろう、蛇のごとき異形が顕現している。それは、蛇人間とでも言えばよいのであろうか、不気味な長い尾を持つ蟒蛇(うわばみ)のごとき悪魔であった。奴は、先までの威厳が嘘のように思えるほどの軽薄さで、口を開く。


『全員集めてから殺す──効率を考えると、こうするのが一番だろうに、低位の奴らはそんなこともわからんのかねえ』

 それは神代の言葉である。魔神──私は瞬時にそう判断して、旅神の弓を構えるのであるが、神代の言葉を聞き慣れていないであろう政務官たちの反応は鈍い。それならば──私がやるしかあるまい。


 決断とともに、私は神速の一射を放つ。矢はあやまたず蟒蛇の魔神の心臓を貫かんとし──次の瞬間、奴は煙のように消え失せる。

『いきなり殺そうとするなんて、野蛮な奴だなあ。まわりからそう言われない?』

 背後から、からかうような声がして。

「──言われるよ!」

 返しながら、私は振り向きざまに三射を放つ。蟒蛇の、その避ける先までを見越しての三射は、しかし奴には当たらない。間違いない。奴は信じられぬほどの速度で避けている──のではない。呪文も、予備動作もなく、()()しているのである、と悟る。


『やっぱり野蛮だよねえ。そう思わない?』

 蟒蛇は、いつのまにやら生き残りの群衆の中に立っている。隣の女性の肩を馴れなれしく抱きながら、その耳もとでささやくように告げて──次いで、息を吸うようにして、女性を呑み込む。比喩ではない。女性は、まるで空気のように、奴に吸い込まれて消えたのである。


『うん──やはり人間は美味だねえ』

『──あああああ!』

 蟒蛇のおくびを聞くに至って──ようやくその脅威を理解したものか、生き残りの群衆は狂乱の声をあげて逃げまどう。

『ルジェン! その子の手を握って、私の後ろから離れないで!』

 私はルジェンに呼びかけて、蟒蛇から守るように──といっても、奴の転移の前では、意味をなさないのかもしれないが──彼女らの前に立つ。


『落ち着けい!』

 逃げまどう群衆に向けて、老爺が大音声をあげる。次いで、呪文を唱えて、彼らの前に魔法の障壁を張ってみせたのは誰あろう、法務官であった。

『──法務官!』

 すぐに護民官も駆け寄って、二人で二重の障壁を張る。障壁は群衆を覆うように展開されて──その障壁の庇護を受けて、群衆はいくらか落ち着きを取り戻す。

『まさか──執政官まで偽物であったとはな』

 法務官は苦々しくつぶやく。


 確かに、まさか、である。ルジェンの叔父と違って、執政官には何らおかしなところはなかったというのに──魔神ともなれば、人間の擬態も完璧なのであろうか、と私は疑心暗鬼になりながら、周囲の生き残りを見まわす。


()()の障壁かあ。それはちょっと困るなあ』

 蟒蛇は、魔法の障壁を眺めながら、溜息をつく。どうやら、奴の転移をもってしても、障壁を通り抜けることはできぬようで──さすがは偉大なる魔法使いであるなあ、と私は感心する。


『でも──術師を消せば、問題はない』

 蟒蛇がそうつぶやいた──次の瞬間、奴は法務官の隣に立っている。

『な──!?』

 法務官は慌てて飛びのいて──しかし、蟒蛇はさらにその先に転移して、法務官を優しく抱きとめる。

『逃げちゃだめだよう』

 言って、蟒蛇は法務官の頬をなでる。

『法務官! 自分の前にも障壁を張って!』

 法務官の障壁は、群衆を守るために展開されている。それではだめなのだ。自らをも守るように障壁を展開しなければ、蟒蛇の転移を防ぐことはできないのである。


 再三の呼びかけに、しかし法務官が応えることはなかった。

『爺さんは、まずいなあ』

『法務官!』

 護民官の叫びも空しく、法務官は先の女性のごとく蟒蛇に呑み込まれて──群衆を守る障壁の半分が消える。


『あは』

 蟒蛇は歓喜の声をあげて、無防備となった群衆に襲いかかる。奴が手を触れて、息を吸うたびに、人は空気のように呑み込まれていく。

『やはり、女と子どもが美味』

 いや、呑み込むというのは、正確な表現ではあるまい。蟒蛇は人を味わっている──()()()()()のである。奴は再びおくびを出して、腹をなでながら、にんまりと笑う。


 許すまじ外道!


 私は旅神の弓を構えて、蟒蛇に狙いをさだめる。しかし──奴が先のように転移すれば、矢は群衆を貫いてしまうであろう。そう考えると、私は矢を放つことができない。蟒蛇は、そんな私の葛藤を見抜いているのであろう、私に向けて笑顔で手を振ってみせる。


「マリオン! どうすればいい!?」

 ロレッタもまた赤剣を構えたまま動けず、私に問いかける。見れば、黒鉄も同様、巨人の斧を構えたまま、苦々しい顔をしており──二人とも、やはり群衆の存在ゆえに、蟒蛇に手を出せないでいるのである。この魔神──思ったよりも喧嘩がうまい。


 このまま、みすみす蟒蛇に食われてしまうくらいならば、犠牲を覚悟してでも矢を放った方がよいのではないか──理屈としては理解できるというのに、私はどうしても、無辜の民に向けて、矢を放つことができないでいる。

 逡巡するうちに、蟒蛇の気配──いや、存在感とでも言うべきものが、徐々に増していることに気づく。まさか、こやつ、人を食うことで、強くなっているというのか。


『護民官! 障壁を!』

 蟒蛇に人を食わせてはならない。もはや、一刻の猶予もない。決断して、声をあげる。

『こちらはこちらで、手一杯じゃあ!』

『そうじゃなくて──』

 と、私は護民官に駆け寄って耳打ちする。

 護民官の障壁を、蟒蛇は「背理」の障壁と呼んでいた。奴は障壁を通り抜けて転移することはできない──となれば、まだ戦いようはある。

『──心得た!』

 私の意図を理解して、護民官は頷く。


 私は疾風のごとく駆けて、蟒蛇に迫る。矢を放つことができないのであれば──拳で打つまで!

『──おお!』

 蟒蛇は、私の突進に、歓喜の声をあげる。私が葛藤の末に、破れかぶれで突進したとでも思ったのであろう。その侮りを後悔させてやろうではないか。


 私は四つ身に分身して、蟒蛇に襲いかかる。奴は、ほう、と感心するようにつぶやきながらも、当然のように私の本体に狙いをさだめる。そうであろう。先の三つ首と同様、魔神には四つ身の分身は通用しないのであろう。しかし──私はそれを知っている。

 蟒蛇が四つ目の分身の本体をとらえると同時に、限界を超える動きでもって五つ目の分身をつくり出した私は、奴の背後にまわり込む。魔神は、その強大な力ゆえに、人間ごときの創意工夫を警戒しない。つまるところ──隙だらけなのである。

 私は疾風のごとく床石を踏み込む。床石を穿つほどの衝撃を、身体をねじりながら手のひらにまで伝えて、蟒蛇の背にそっと触れるような掌打を放つ。蟒蛇は驚愕に目を見開きながら吹き飛んで、そのまま広間の壁に叩きつけられ──はしない。その寸前に転移する。


 しかし──私は、それをこそ待っていたのである。


 私は瞬時に振り向いて。

『貫け!』

 私の死角となっていたその一角をめがけて、旅神の矢を放つ。放たれた矢は光りをまとって、さながら彗星のように飛ぶ。


 本来であれば、蟒蛇の転移する先など、予測できようはずもない。私の死角は一つではないのだから、蟒蛇がそのどこに転移するのかは、奴でなければわからないことである。しかし──私の死角が、()()()()()()()()()()()とすれば、どうであろう。


 護民官は、私の指示のとおりに障壁の位置をずらして、私の死角の一部をつぶしていたのである。旅神の矢の放たれた先に、転移した蟒蛇が現れて──奴は驚愕の声をあげる間もなく、彗星に貫かれる。旅神の矢は、どうやら蟒蛇の心臓をかすめていたようで、奴は緩やかに霧と化して、散り始める。勝った──そう確信した、瞬間だった。


『離れてはだめ!』

 不意にルジェンが叫んで、何事かと見やれば──何ということか、彼女が庇護していたはずの少年が、蟒蛇の方に向かって歩いているのである。私が気づくと同時に、蟒蛇もその事実に気づいたようで、奴はにんまりと笑う。蟒蛇は、少年を食って傷を癒すつもりなのだ、と悟って、私は慌てて駆け出す──が、奴の方が少年に近い。間に合わないのならば、と旅神の弓を構える。


『老いたりといえども、まだまだ貴様らに後れはとらんよ──』

 と、蟒蛇の前に立ちはだかったのは──護民官であった。護民官は、少年を守るように、背理の障壁を展開して──障壁に遮られて、なすすべもなく、蟒蛇はその場に倒れる。

『そいつは──どうかな?』

 蟒蛇は霧のように散りながらも、最期に嘲るように嗤う。それは、単なる奴の捨て台詞であろう、と楽観していたのであるが──護民官の立ち姿に違和感を覚えて、私は声をあげる。

『──護民官!』


 護民官の胸から、腕が生えている。


 いや、そうではない。護民官の背にかばわれた少年──その腕が、背後から護民官の胸を貫いているのである。

『き、貴様──』

 護民官は少年の腕をつかんで、何とか押し戻そうとするのであるが──少年の手に自らの心臓が握られているのを見るや、最後の力も失ったようで、そのまま事切れる。


 少年は腕を一振りして──それだけで、護民官の身体は部屋の隅まで飛んでいく。それは、とても少年の細腕でなせる(わざ)ではない──ないからこそ、見た目どおりの少年ではないのだろう。


 私たちが動くこともできずに立ち尽くす中、少年はその血に濡れた手で風の大魔石に触れて──邪悪に、にたり、と笑う。

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