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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第23話 浮島

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6

 ナタンシュラの中枢たる白の宮殿は、外観から想像するよりも、遥かに大きな印象を受ける──というのも、宮殿は、その外観からは、いくつかの階層をなしているように見えるのであるが、実際に足を踏み入れてみると、一層からなる空洞のような構造となっているからである。その空洞のごとき通路は、理知のような巨人でさえも歩けるのではないかと思えるほどに巨大で、まるで縮尺を間違えてしまった絵画の中にいるような、何とも不思議な心地がする。

 規則性をもって並べられた床石は、白と黒とで美しい模様を描いており、こんなときでなければ、歩くものの目を楽しませるのであろうな、と思う。しかしながら、その豪奢な意匠に比して、宮殿はがらんと寒々しい。ナタンシュラの民は宮殿に逃げのびているということであったが、これほど気配が希薄となると、生き残りは本当にわずかなのであろう、と私はいくらか悲観する。


『悪魔は、たいていは邪な願いから召喚されるもの──』

 何故ナタンシュラに悪魔が現れたのか──道すがらそう尋ねた私に、護民官は諭すように語りながら、宮殿を行く。

『しかし、此度の侵攻──彼奴ら、召喚に応じておるのではない。自らの意思で世界の壁を越えて、こちらの世界を侵略しておるのだ』

『──世界の、壁?』

 私は聞きなれぬ言葉を繰り返す。

『左様。この世界と、異なる世界との間には、世界を隔てる壁がある。それぞれの世界を覆う被膜のようなものよ』

 首を傾げる私に、護民官は苦笑しながら続ける。

『世界の被膜は、完全に閉じておるわけではなく、目の粗い網のようなものでな。神のごときものを通すことはないにしても、力なきものであれば通すこともある』

 護民官の言に、私は頭の中に網を思い描いて──そして、ある事実に気づく。

『ということは──さっきの悪魔は、力なきもの?』

『然り』

 護民官は頷いて──私は思案する。そういうことになると、先の三つ首の魔神さえも、世界の基準からすれば、力なきものとなるわけである。それでは──世界の壁を越えられぬほどに力あるものとは、いったいどれほどに強大な力を有するというのか──私には想像もつかない。


 思案にふける私をよそに、護民官は通路を曲がる。そこには、見あげるような巨大な扉があり、どうやら目的地──大樹の間とやらに到着したのであろう、と思う。

『彼奴らの狙いはわからぬ。しかし、この世界に潜り込み、わざわざ隔絶された浮島たるナタンシュラを侵攻するということは──このナタンシュラにこそ、彼奴らの欲するものがあるということ』

 言いながら、護民官は眼前の巨大な扉に向けて、何やら唱える。それだけで、巨人が押さねば開かぬような堅牢な扉は、音もなくするりと開く。

『ナタンシュラにしか存在せぬものなど、これくらいしか思いつかぬ』


 扉の向こうは、円形の広間であった。中央には、宮殿を貫くように大樹がそびえていて、その幹に埋め込まれるようにして、巨大な翠玉が輝いている。

『ナタンシュラの心臓──風の大魔石よ』

 風の大魔石──その巨大な翠玉には、フィーリに似た紋様が描かれており、まるで脈動する心臓のごとく、妖しく明滅を繰り返している。

「マリオン、見て」

 ロレッタの声に周囲を見れば、風の大魔石を囲むように、広間の壁にも小さな翠玉が埋め込まれているのが見てとれる。理屈はわからぬものの、何やら儀式的な意味合いを持つ特別な場所なのであろう、と私は物めずらしく広間を見まわす。


 広間には、政務官と思しき老爺と、生き残りと思しき民がいる。あわせても数十くらいというその数からすると、ナタンシュラはほとんど壊滅的な被害を受けているということになろう。

『護民官、どうであった?』

 と、私たちのもとに、一人の老爺が歩み寄る。護民官と同様、しわがれた老爺であるというのに、こちらはずいぶんと厳めしい印象で、そのあげる声からしてとげとげしい。


『法務官、逃げ遅れておった生き残りは──五人だけじゃった』

『──こやつらは?』

 護民官の報告を受けて、老爺──法務官は、私たちに刺すような視線を送る。

『折わるく迷い込んだ蛮族のようじゃ』

『──蛮族?』

 護民官の説明に、法務官は険しい声をあげて、私たちを睥睨する。

『貴様ら、悪魔が化けているのではあるまいな?』

 言って、法務官は手にした杖の先でもって、私の顎を、くいと持ちあげる。顔を見せろという意図なのであろうから、逆らうことまではしないが、あまりよい気分ではない。


『よせ──』

 広間の中央に座した別の老爺が、とがめるような声をあげる。その威厳ある居住まいからすると、護民官や法務官よりも高位の政務官であろうことがうかがえる。

『今はそのようなことをしている場合ではあるまい』

 老爺にとがめられて、法務官は小さく舌打ちをする。

『確かに──いくら悪魔とはいえ、このような間抜け面ではありますまいからな』

 法務官は捨て台詞のように言って、私の顎から杖を離す。誰が間抜け面か。まったくもって、腹立たしい爺である。


『護民官──生き残りは、これですべてなのだな?』

『執政官、残念ながら、そういうことになります』

 老爺──執政官の問いに、護民官は悔しそうに答える。

『そうか、では──』

 言って、執政官は立ちあがり──そして、重々しく告げる。


『皆、等しく──死んでもらうとしよう』

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