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「おお! あれが巨人の里か!」
里を目にするなり黒鉄が声をあげて──黒鉄とロレッタは、いてもたってもいられないという様子で駆け出して、私はその背中を微笑ましく追いかける。
巨人の里は、初めて訪れたものにとっては、さぞ目新しく映るであろう、と思う。建ち並ぶ家々も、珍奇な客人たる私たちを物めずらしそうに眺める巨人も、すべてが見あげるほどに巨大で、見るものを圧倒するからである。
「マリオン──」
遠巻きに眺める巨人たちの中から、見覚えのある顔が歩み出る。
「──おかえり」
「理知! ただいま!」
仲間を連れ帰った私を、理知がわざわざ出迎えてくれる。黒鉄とロレッタは、公用語を操る巨人の登場に、目を丸くして──それが、なぜだか我が事のようにうれしい。
「理知とやら、儂はマリオンの仲間、黒鉄と申す。よろしく頼む」
黒鉄は、理知を武人と見て取ったようで、武張った挨拶をする。
「あ、あたしは、ロレッタ──」
よろしく、と消え入りそうな声でロレッタが続ける。彼女には、巨人のその威容がおそろしく思えるようで──黒鉄の背中に隠れるようにして、ちらり、またちらり、と理知の姿をのぞいている。
「ロレッタは、ブルムの娘だよ」
「おお!」
私の紹介を受けて、理知は驚きの声をあげる。怖がるロレッタに、ずいと顔を近づけて、理知は彼女を存分に眺めて──やがて、うむ、と納得するように頷く。
「ロレッタ、ブルム、面影、ある」
「──やっぱり父親似なんだあ」
うれしくない、とつぶやいて、ロレッタは黒鉄の背中にもたれる。
巨人の里への道すがら、黒鉄とロレッタには、魔神との一戦についても話していた。当然、今や浮島が悪魔の巣食う危険なところやもしれぬことも伝えていたのであるが──それでも、私たちは浮島を目指すと決めている。悪魔の脅威よりも、浮島を見てみたいという欲求の方が勝ったわけである。それに──もしも、浮島の古代人がまだ生き残っているとしたら、彼らを助けることさえもできるかもしれぬのであるから、やはり人情としても浮島を訪れるべきであろう、と思う。
とはいえ、北壁をのぼり終えた黒鉄とロレッタの疲労もあるから──と、私たちは、すぐには浮島に向かわず、二人の疲れが癒えるまで待つことを選ぶ。何となれば、もしも悪魔と遭遇した際に、疲労で万全の力を発揮できずに私たちが倒れるとなれば、古代人の救出など望むべくもなく──本末転倒となるからである。
浮島に出立するのは、少なくとも明日以降でよかろう──と、決めるや否や、黒鉄とロレッタは巨人の里を見てまわりたいと願い出て──私たちは理知に案内されて里をめぐる。先に里を訪れていた私も、結局のところ理知の家しか知らぬから、見るものすべてが目新しいのは同じである。
理知の語るところによると、里はそもそも浮島を守るために築かれたのだという。巨人は古代人に隷属──というと言いすぎになるかもしれないが、主と仰いで仕えていたのは間違いないようで、浮島を守るために、彼らは険しくなる以前の北壁をのぼり、頂上に里を築いたということらしい。
「かつて、巨人は重宝されていましたから」
と、フィーリが私にしか聞こえないようにつぶやく。
旅具によると、巨人は力仕事をさせるのに便利であるから、と古代人から奴隷のように扱われていたことも少なくないのだという。
とはいえ、理知の語りに耳を傾けると、この北壁では、長い間、脅威らしい脅威はなく、もっぱら浮島の古代人に求められたもの──獣の肉や、果物や木の実といったものを献上しているだけだというから、それほど横暴な主ということもないようで、私はいくらか安心する。
「理知よ、この里には、巨人の武具は置いてあるのかのう」
ある程度、里を見てまわったところで、黒鉄がおもむろに尋ねる。その目は期待に満ちており──まったく、ドワーフというやつは、どこに行っても頭から鍛冶の離れぬものなのだなあ、と私はその生態への見識を深める。
「武具、装身具、ある」
「それは重畳」
理知の答えに、黒鉄はにんまりと笑う。
「フィーリよ」
呼びかけて、黒鉄はフィーリから巨人の斧──百腕の巨人の斧を取り出す。
「この斧よりも優れた武具はあるかのう」
「──それ、みせる!」
尋ねる黒鉄に、理知はめずらしく興奮気味に声を荒げる。そして、黒鉄から手渡された巨人の斧を、食い入るようにみつめて──次いで、私たちを遠巻きに眺めていた他の巨人たちもぞろぞろと集まり、ああでもない、こうでもない、と──古代語はわからないので想像である──その斧について議論を始める。
「この斧、古の斧」
やがて、皆を代表して、理知が口を開く。
「我ら、この斧、つくれない」
理知はゆっくりとかぶりを振りながら。
「それ、失われし、技術」
まるで宝物でも扱うように丁重に、巨人の斧を黒鉄に返す。
「さすがは百腕の巨人の斧というところかのう」
つぶやいて、黒鉄は溜息をつく。
黒鉄曰く、頑丈さはともかくも、もう少し切れ味のよい武器があれば、神ごときものとも渡りあえるようになるのではないか、とのことで──まったく、どこまで強くなりたいのであろうか、と私はドワーフのあくなき貪欲さにあきれてしまう。
「ねえ、装身具もあるって言ってなかった?」
ようやく巨人の威容にも慣れてきたようで、今度はロレッタが、先よりもいくらか気安く理知に問いかける。
「ある」
理知は頷いて、右手を掲げる。そこには、巨大な指輪が輝いている。
「これ、里に伝わる、指輪」
言って、理知は自らの右手に着けていた指輪を外す。彼が指輪と呼ぶそれは、さすがに巨人のものだけあって、私たちからすると腕輪のように大きい。
「これ、守護の指輪」
理知は、指輪を指先でつまんで、私たちの前に寄せる。その石座には、紅玉であろうか、血のごとく紅き宝石が輝いている。
「指輪、持ち主、守る」
理知のたどたどしい公用語での説明を要約すると、どうやら指輪は、主を襲う衝撃をやわらげるような効力を持つらしい。なるほど、理知が三つ首に吹き飛ばされても無事であったのは、この指輪の効力であったのか、と私は今さらながらに納得する。
「指輪、いる?」
理知は驚くほど気軽に、その指輪を差し出す。それは魔神の襲来から理知の命を守った指輪であり、里に伝わるものなのであるからして、そんなに簡単に譲ってよいものではないと思うのであるが。
「いいの?」
尋ねる私に、理知は深く頷く。
理知がよいというのであれば、よいのであろう。とはいえ、巨人の里に伝わる魔法の装身具を譲ってもらうともなれば、それなりの対価を差し出さねばなるまい。
「巨人の里でも、金貨は使えるのかな?」
私はフィーリからウェルダラムの金貨の詰まった革袋を取り出しながら、理知に尋ねる。
「我ら、金、欲さない」
理知は首を振りながら答えて──それでは、いったい何を対価に差し出せばよいのであろうか、と私は思案する。
「でも──マリオン、恩人」
悩み顔の私に、理知は朗らかに語りかける。
「我、指輪、贈る」
「──いいの?」
尋ねる私に、理知は当然であると頷いて──私の手のひらに指輪をのせる。
「ありがと! うれしい!」
贈られた指輪は、ずしりと重たい。指輪の効力からすると、私ではなく、ロレッタに使ってもらうのがよいかもしれない、と考えたところで──私への贈り物を、他のものに使わせるというのは、やはり失礼にあたるであろうか、と思案して──ええい、わからないならば聞いてしまえ、と私は理知にあけすけに尋ねる。
「私じゃなくて──ロレッタに使ってもらってもいい?」
「指輪、マリオンのもの、好きにする」
理知は私の気遣いを笑い飛ばす。
「ありがと!」
理知に再び礼を述べて、私はロレッタに指輪を手渡す。
「いいの?」
「いいの。私には真祖の外套があるし、黒鉄には魔鋼の鎧があるんだから」
いいのかな、と逡巡しながらも、ロレッタはその細い腕に指輪を通す。巨人の指輪は、あつらえたように彼女の腕を飾って──理知は満足そうに頷く。
「あ、あと、私、巨人のお茶もほしいんだけど──」
ずうずうしくも願い出る私に、理知は豪放に笑いながら、再び大きく頷く。




