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「俺は、ちと上に行って、様子を見てくる」
魔神との戦いを終えて、息をつく間もなく、偉丈夫は告げる。
私は、限界を超えて五つ目の分身をつくり出したこともあって、めずらしく息を切らしているのであるが、あれほどの大立ち回りを見せた偉丈夫の方は、まったく疲れた様子もないのであるからして──いくら相手が人間ならざる長命種であるとはいえ、私はその明らかなる彼我の力量の差に愕然とする。
「嬢ちゃんは、仲間とやらが追いついてくるのを待った方がいい」
偉丈夫の言葉に、私は素直に頷く──というよりも、頷くよりほかはなかった。魔神は、異神ほどではないにしても、十二分に強かった。私の攻撃は牽制にしかなりえず、偉丈夫がいなければ魔神に致命傷を与えることなどできなかったであろう、と思う。旅神の弓のない私では、魔神に勝つことなどできはしない。仲間がのぼってくるのを待った方がよいというのは、まっとうな助言であり──だからこそ、私は神妙に頷いたのである。
「じゃあ、行ってくる」
私たちに見送られて、偉丈夫はちょっとそのあたりまで散歩に出かけるような気楽さでもって、転移門に消える。理知は、別れ際に古代語で何やら彼に語りかけて──それは単なる別れの言葉なのであろうと思うのであるが、どうにもその響きに聞き覚えがあるような気がして、私は理知に尋ねる。
「理知──今、何て言ったの?」
「友よ、気をつけろ、言った」
「いや、訳じゃなくて──古代語で何て言ったの?」
理知は、なぜそのようなことを聞くのかわからないという顔をしながらも、律儀に先の言葉を繰り返してくれる。
『──』
やはり。巨人ゆえであろうか、声にこもりがあり、聞き取りづらいのであるが、それはどこかで聞いたことのある響きである。いつ、どこで、誰に聞いたのであったか、と思いをめぐらせる私をよそに、理知は続ける。
「我、友の本当の名、知らない」
それはそうであろう。何せ、当の本人が自らの名を知らぬと言っていたのであるから。
「でも、別の名、知ってる」
「──別の名?」
思わず問い返す私に、理知は頷きながら続ける。
「ルテリス・ウンド・ブルム」
ゆっくりと、その発音を私の耳にも届けようと苦心する理知の言葉に、私は絶句する。
「──嘘でしょ」
かろうじて、しぼり出すようにつぶやいて、偉丈夫の消えた転移門を呆然とみつめる。それは、いつぞやフィーリの口にした、赤毛の勇者の名ではなかったか。
「それ、意味──異世界の、赤」
「異世界の、赤?」
呆然と、ただ繰り返す私に。
「そう」
理知は大きく頷いて──こう続ける。
『異世界の赤』
「北壁」完/次話「浮島」




