6 (イラスト:マリオン)
「真の勇士に!」
「勇士に!」
野太い声が唱和して──屍が横たわるままの広場で、酒宴が始まる。
結局、倒壊した家屋の瓦礫から、絶影はみつからなかった。私の透しを受けて、それでもなお逃げおおせたということなのであろうが──私は自らが透しで負った深手を思い起こして、奴の信じられぬほどの頑強さに舌を巻く。
絶影は、再び私の前に現れるのであろうか。奴の言を信じるならば、奴自身は教団のものではないということであるから、それほどしつこくはないと信じたいところであるが──ともあれ、絶影を打ち倒した私の武勇をたたえて酒宴が始まり、私は次から次へと酒を勧めてくる輩に辟易して、隅の方で花の酒を舐めているというわけである。
「まさか、武侠の奴にそそのかされておったとはのう」
「ほんに、まんまと騙されてしまったのう」
言葉とは裏腹に、それをさほど気にした様子もなく、湾人たちは豪放に笑いながら酒を酌み交わす。
蓋を開けてみれば、何のことはない、干し草の値の折り合いはついていたというのである。ところが、両村の仲介を引き受けた武侠──いやさ、絶影の悪巧みにより、値の折り合いがつかなかったと騙されて、互いに戦までするはめにとなったというわけであり──その誤解が解けた今、もはや争う理由もなく、酒宴の運びとなったわけである。
絶影の狙いは、戦の混乱に乗じて、私を殺すことだったのであろうが──いやはや、今回のことを教訓として、まずは顔をあわせて話し合うことくらい覚えてほしいものであるなあ、と私は湾人の行末を案じる。
「ところで、嬢ちゃんよ──マリオンと言ったか」
宴もたけなわ、というところで、私の隣に座り、肩に手をまわしながら語りかけてきたのは誰あろう、鉄拳フェルナスであった。
「そうだよ」
答えながら、私はその腕から、するりと逃れる。
「うむ! 見事な身のこなしよな!」
しかし、フェルナスはそれに怒るどころか、感嘆の声をあげながら続ける。
「マリオンよ──うちの息子の嫁にこんか?」
「──はあ?」
あきれる私に、フェルナスはにんまりと笑って。
「何なら、俺の嫁でもよいぞ」
言って、再び肩に手をまわそうとして、私はまたもその腕から逃れる。
フェルナスのその厳めしい笑顔は、まさか精一杯の求婚の笑顔なのではなかろうか、と思い至り──私はその不器用な笑顔を、意外にも愛らしく感じて、思わず微笑んでしまう。よくよく考えてみると、面と向かってそんなことを言われたのは、初めてのことである。いざ口説かれてみると、たとえ相手が湾人であっても、いくらかは胸がときめくものであるなあ、と思う。
「おいおい、嬢ちゃんはうちの客人ぞ」
と、傍若無人な湾人の主張に異を唱えたのは、アイクであった。いくらかときめいたとはいえ、そもそも私に嫁ぐ気などない。いいぞ、もっと言ってやれ、と心の中で老爺を応援したのもつかの間。
「嫁にくるとしたら、うちらのところであろうに」
続くアイクの主張に、お前もか、とうなだれる。さすがに自らの嫁に、とまでは言わなかったものの、老爺も湾人と何ら変わりなく──まったく、人の意思を無視して嫁入り先を検討するのはやめていただきたいものである。
「まあ、まあ、落ち着いて。嫁に、と言うなら、ロレッタはどうだろう。私なんかより、よっぽどきれいだと思うけど」
私はロレッタを生贄に捧げて、何とか嫁入りから逃れようと試みるのであるが。
「──ありえん」
ロレッタを一瞥したフェルナスは、私の提案を一蹴する。
「エルフなんぞの血が混じってみい。戦士として弱くなるのは目に見えておろうが」
のう、と同意を求めるように言って、周囲の湾人は然りと何度も頷く。
ロレッタは、普段であれば自らの尻をなでてくるがごとき輩から、思わぬ否定の流れ矢をくらって──意外にも傷ついたようで、ふてくされたように肩を落とす。
「はっはぁ! 湾人にとっては、ロレッタの美しさよりも、マリオンの強さの方が勝っておるとみえる」
愉快愉快、と笑いながら、黒鉄は酒杯をあおるように飲みほして──その態度が気に入らなかったのであろう、ロレッタは黒鉄に食ってかかり、二人は聞くに堪えない言い争いを始める。
「うちの嫁じゃ」
「いや、うちのじゃ」
しかし、くだらない争いを始めたのは、二人だけではなかった。フェルナスとアイクまでもが言い争いを始めて、その争いは──湾人にとっては必然なのであろうが──やがて、殴り合いの喧嘩にまで発展する。
「どちらの嫁にもいきません!」
だから私のために争うのをやめて、といくらかの高揚感をともないながら宣言するのであるが、彼らは聞く耳を持たない。
酒宴は、嬉々として殴り合いに興じるものと、それを肴に酒を楽しむものとにわかれて──くだらない嫁取り合戦は、もうしばらくの間、続くのであった。
カンフーポーズをきめるマリオン(DALL·E 3生成画像)
「鉄拳」完/次話「北壁」
SHY from HEARTBEATS「カンニング・モンキー」を聴きながら。




